※「2つのアプリコット・ブラック」を読んでからお読み下さい。
「へぇ、そんなことがあったんだぁ」
「そーなんだよ。いやほんと、あれには参ったね」
なんか出て行けるような雰囲気じゃなくてさ、と俺はほぼ溜め息で出来てるんじゃないかと思うくらいに呆れた口調でそう言って、「ほんと、寝たふりをするのも相当苦労したんだぜ」と続けた。すると隣で俺と同じようにマザーズヒル中腹の小さな丘に腰掛けた彼女から「そーなんだぁ」と軽い相槌が返ってくるのが聞こえた。
―そうそれはつい昨日のことだ。
クレアとクリフの結婚式が終わってから、小さな宿屋を舞台に永遠に続くんじゃないのかと思えるくらいに長い長い祝賀会が始まり、そこでアージュ・ワイナリーの強い山葡萄酒(デュークさんに勧められたような気がする)をがぶ飲みしていた俺は案の定泥酔して途中から記憶を無くしていた。
そして気付けば二階のいつもの部屋で寝ていたのだ。
そしてそこであの場面に出くわすことになる。
「いやでも、ランがまさかクリフのこと好きだったなんてなぁ。俺ぜんっぜん分かんなかったわ。宿屋で何度も二人に会ってんのに」
「そーかなー?ポプリは分かってたけどなぁ」
隣で相変わらず彼女はふわふわとした口調で話していたが、しかしながらその内容は俺の予想していたものとは違っていて、俺は彼女に対して柄にもなく驚いた声を上げてしまった。
「っ、えっ、ポプリ、知ってたの?」
「うーん、知ってたっていうかね、分かったんだよ〜ランを見てたら。ポプリだっておんなのこだもんっ」
まだあどけなさの残る口調でそう言って、彼女は子どもみたいにふふふと笑った。彼女の纏っている雰囲気のせいもあるのか、彼女の笑顔には見ているこちらの顔まで綻んでしまうような力がある。
「ね、カイは?」
「っへ?」
「カイは大丈夫なの?」
ふと彼女から発せられた思わぬ質問に身構えていなかった俺は、見事に不意を突かれてしまって素っ頓狂な声を上げた。
「あのねカイ、ポプリ、分かってるんだよ」
「……」
「好きだったん、でしょ?」
クレアさんのこと、と言ったのは彼女なのか俺の頭の中なのかよくわからなかったけれど、俺は黙って俯いた。自分の影に隠れたマザーズヒルの草木は本当は緑色をしていることが信じられないくらい黒く俺の目に映った。
―彼女への気持ちに気がついたのは、いつだっただろうか。随分前だったような気もするけれど、色々なことがありすぎて思い返すことさえ躊躇ってしまう。
ただ自分の気持ちに気付いたのと同時に、俺はもう1つ、いやもう2つ、気が付いてしまったんだ。
彼女が彼を好きなこと、そしてその彼も彼女に好意を寄せていることを。
元来そういうことに気が付くのがどちらかと言うと早い性分でもあったし、俺はいち早く彼女への気持ちを諦めようと考えた。不毛な恋など真っ平だからだ。
だから俺はそれから二人をくっつけようと躍起になった。二人がくっついてしまえば、それで俺の中の彼女への気持ちもきっと終わるだろうなんて淡い期待を抱いて。
けれど二人の結婚式を目の当たりにすると、俺は自分が思っていたよりも強い人間ではなかったようで、弾けてぐしゃぐしゃになってしまった気持ちは制御が効かず、俺は気付けば山葡萄酒を大量に飲んで潰れてしまっていたのだ。
「なんで」
「カイ?」
「なんで分かったんだよ、ポプリ」
抜かりなど無いはずだった。誰にも知られていないと思っていた。この気持ちはこのまま沈めて、何事も無かったかのようにこれからを過ごして行くつもりだった。
「俺、誰にも知られないようにしてたんだ。だからたくさん演技もしたし、笑ったし、心にも無いことだって数えきれないくらい言ったんだぜ?」
「うん、知ってたよ。カイすごく頑張ってたでしょ?」
「…!なんで…分かっちゃったんだよ…」
自覚なんてしたくなかった。全ては今更だし、どうにも出来ないことだ。
「もしかしてみんな、気付いてたのかな…俺の」
だとしたらみんなの目に俺はどう映っていたというのだろう。同情されていたとしたら、それほどの屈辱はない。
「ううん、知らなかったと思うよ。ポプリ、みんなは知らなかったと思う」
「じゃ…なんで」
「だってポプリはカイが好きだもん!!」
カイをずっと見てたんだもん、それくらい分かるに決まってるでしょ、とポプリはにっこり笑った。子どもっぽい笑顔の中に、しかしながら大人の女性の何かを見た気がした。
「…知ってるってば、それ」
「うん、ポプリも知ってる。カイがポプリがカイを好きなこと知ってるの、知ってる」
「はは、なにそれ。ややこしいんだけど」
そう言って俺は溜め息みたいに笑った。目の前の少女の何度目かも分からない告白に、少なからず救われたような気がしていた。
「ポプリ待ってるよ、カイが立ち直るまで。それでね、カイがそのあとポプリを好きになってくれたらいいなぁって思うの」
「それは分かんないよ、約束出来ないし」
「でもポプリ好きだもん、カイのことっ」
「知ってるってば」
「うんポプリも知ってる」
「っは、何なんだよ」
変なやり取りだ。こんなやり取りをするのは世界でも俺と彼女くらいだろうと思いながら俺は笑った。すると目の前の彼女も太陽のように明るく笑ってくれて、そんな彼女の周りで揺れるトイフラワーが彼女の笑顔ととてもよく似合っていた。なんだろう、綺麗な一枚絵を見てるみたいだ、なんて思ったりして。
「…春のマザーズヒルも、なかなかいいかもね」
「でしょ!ね、だからカイも夏だけじゃなくって、春も秋も冬も…」
「えーでも俺冬はヤダ、寒そうだし、ここ」
「え〜そんなぁ〜」
「あはは」
彼女と笑いながら話しているうちに、気が付けば俺に残っていたはずの山葡萄酒のアルコールはいつの間にか消えていて、マザーズヒルに優しく吹く風には夏の香りが混じっていた。
コーラルプラム・ブラスト
120323
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ポプリちゃんは何だかんだ大人な面があるといいなぁ。
クレアさんがモテモテすぎてみんなが不憫になってる…すみません…
-エムブロ-