「お、何だこれ?初めて見る切手だな」
「え、どこどこ?ザックス。わ、ほんとだ!わたしも初めて見る。ガーベラ、かな?」
「おっちゃん、これ何の切手?」
「Forever Stampだよ」
「え?何だって?」
「フォーエバー切手。知らないのか?郵便料金が値上がりしても、これだけで使えるのさ。追加料金要らずでね。便利な切手だろ?しかしお兄さん、見たところソルジャーじゃないのかい?プレートの上じゃこんなもの、珍しくも何ともないだろうに」
「あ、そうなんだ?悪いな、俺、手紙とかあんま出さないからさぁ。知らなかったよ。便利な切手も、あるんだな」
「ああ。なんたって、永遠に使える切手だからな」
「へー、なんかそれ、すげーな!」



Forever Stamp



パチパチと燃える音を聞きながら、私はぼんやりと考えていた。先程ブーゲンハーゲンさんが言っていた言葉、長老さんたちから聞いた話、古代種の役割、使命、その他、色々なことを。
私は横座りの体勢のまま、少し前に胸ポケットに忍ばせておいた切手を取り出して眺める。コスモキャンドルに照らされたそれは、私の手にゆらゆらと揺れる小さな影を作った。あの日ザックスと一緒に見たガーベラの鮮やかな筈の色は、くすんで良く見えない。
パキリ、と薪の爆ぜる音が、時折大きく響く。

―Forever Stamp。
これはあのとき、ザックスに買ってもらったものだ。ガーベラの花が所狭しと、小さな四角の中に描かれている。俺に手紙を書いてよ、とおどけたように言っていたことを思い出す。

彼が行方不明になって数年が経ち、行き場を無くした彼への想いが何十通も積み重なった頃、私はいつしか彼は何か事情があって、何処か別の場所で暮らし始めているのではないかと思うようになっていた。
だからいつか彼の居場所が分かったのなら、この切手を貼って手紙を出そうと思っていた。いつか、そう、いつか。

(生きていてくれさえすれば、それでよかった。けれど)

あの日、あの雨の降った日、ざわざわとした音の中で、彼の音が消えてしまったことを知った。だからもう、この切手は使えない。そして彼への想いもいつか、何処か遠く、遠い場所に置いてこなくてはいけない。そんなことは分かっている。それでも。

(それでも、話したいことが、沢山あるの)

聞いてほしいことが、沢山あるのだ。あの頃、空が怖いと言っていた私を、勇気づけようとしてくれたこと。とても嬉しかった。弱いところを見せられたのは、あなたが初めてだった。ねぇ、聞いてほしいことが、沢山あるの。楽しかったこと、嬉しかったこと、そして抱えているこの不安を、聞いて欲しい。あなたに言ってもらえれば、軽くなる気がするの。直面しているこの古代種の使命の、重圧も。

目を閉じれば思い出す。彼の笑った顔、安心させるように言ってくれた言葉、力になろうとしてくれたこと、守ってくれた背中を。


―普通なんて、つまらないさ。
そうだ!俺がいつか、キレイな空を見せてやる。
怖くなんかない。エアリスだってきっと気に入る。
上に行くときは、俺がついててやるよ!心配すんなって!

―どうして?私、すごく楽しい。ザックスと一緒だから。


彼の近くに居れば、いつだって安心できた。いつだって楽しかった。何もなくても。

「ペンも紙も切手だって、ここにあるのに」

視線の先には小さなフォーエバー切手があって、永遠に使えるはずの切手は、横に振ってみると、ただの紙のように頼りなくペラペラと揺れた。

「エアリス、それ、切手か?手紙でも出すのか?」

ふっと暗い影が視界に落ちて振り向くと、クラウドが立っていた。そのまま私の右隣に腰を下ろす。

「ううん。そういうわけじゃ、ないの。何て言うか、使えないっていうか、ね」
「それフォーエバー切手じゃないのか?使えないのか?」
「うん、何て言うか、ね」
「…何か特別なものなのか?」
「…うーん、どうだろう」

そう言って私はふふ、と笑った。特別なのかな、何なのかな。そう言われるとくすぐったい。

「良かった。あんた、笑ってる」
「え?」

クラウドの言葉に、私は目を丸くした。咄嗟に右隣の彼を見る。そこには燃えている火を見つめる端正な横顔があって、そのまま彼は言葉を続けた。

「何だかさっき、思いつめていたような感じだったから、気になったんだ」
「そう、だった?」

そう言えば先程、突き放すような言葉を言ってしまった気がする。思い出したかのように何だか首が痛い。下を向きすぎていたのかな。

(俺が…俺たちがいるだろ?)
(わかってる。わかってるけど…セトラは…わたしだけなの)
(俺たちじゃ、力になれないのか?)

セトラは、わたしだけ。そんなことを、言ってしまった気がする。優しい言葉をくれた彼に。思い出すにつれてもやもやとした感情が渦巻いていく。沈黙している私に、クラウドが強い口調で言った。

「エアリス、俺は、あんたの助けになりたい」

刹那、弾かれるようにパッと顔を上げればクラウドの双眸に捉えられた。綺麗な青色だ。瞳の中で、ゆらゆらとコスモキャンドルの影が揺れている。不意に、クラウドの瞳を今日初めて見たことに気が付く。

―俺、友達を助けてやりたいんだよ。

ふと、ザックスの言っていた言葉が脳裏をよぎった。あの日、出会った日、友達を助けたいと苦悩していた彼の言葉が。
そして目の前の青と向き合う。強く訴えかける瞳に、どれほど心を砕いてくれていたのかが映って、ぐっと胸が詰まった。

「エアリス、オイラたちも、一緒に考えるよ。じっちゃんや長老たちの言ってたこと、難しいかもしれないけど、オイラも力になるから」

左隣でナナキが声を掛けてくれる。私はそこで、左にずっとナナキが居てくれたことに気が付いた。

「エアリスさん、古代種のこと、よくは分かりませんけど、一人で抱えることやあらへん。みんなで一緒に、考えていきましょ」

クラウドの後ろから、ヒョコリとケット・シーが顔を出してぶんぶんと腕を振った。

「そうそう!とりあえずさ、こ〜んなとこ早く出て、とりあえず進んでみない?」

その横で、ユフィが大きく伸びをしてニッと笑う。

「とりあえず俺だって、この星のために、やれることはやりてえと思うぜ。もうここまで来ちまったしな。一人で出来る事は小さいかもしれねえけど、一緒にできるとこまで、やってみようじゃねえか」
「そうねバレット。私たちの乗っている列車は、途中下車は出来ないものね!ねぇ、エアリス、私たち、同じ列車に乗っているのよ」

そして更にその横で、バレットとティファも、優しく、そして頼もしい声音で、声を掛けてくれる。

左からナナキ、ティファ、バレット、ユフィ、ケット・シー、そしてクラウド。
パチパチと燃えるコスモキャンドルに照らされて、みんなの顔にゆらゆらと影が揺れていた。そうだった、今私には、こんなに沢山の仲間たちがいたのだ。下ばかり向いていて、見落としていた。ずっとずっと今まで、助けてもらってきたのに。変だ、よね。

「みんな、ありがとう。何だか弱気になってた、みたい。そうだよね。みんなで考えていけば、いいよね」
「当たり前だ。それに俺は、あんたのボディーガードだしな」

一番近くで、クラウドがそう言って笑ってくれる。それが自然とすごく嬉しくて、わたしもにっこりと微笑み返した。


―ねぇ、ザックス。本当はね、私はあのとき、クラウドが教会に落ちてきたあのとき、あなたが心だけになって会いに来てくれたのかと思ったの。だって彼は、あなたにそっくりだったから。
だから彼に付いてきたし、彼ともっとお話ししたいと、思ったの。
でもね、今なら分かる。クラウドはクラウドで、ザックスはザックスなんだって。
ねぇ、でも、あなたが導いてくれたんでしょ?
私に仲間を、くれたんでしょう?


ぐるりと仲間たちを見る。たとえいつか、私の力が必要となる時が来ても、それぞれ色々な事情を抱えているはずなのに、力になろうとしてくれた頼もしい仲間達に、ずっと笑っていて欲しいと思う。

「ふふ、みんな、頼りにしてる、ね!」

約束の地がどこにあろうと、私が見つけられようと見つけられなくても。
綺麗な星空の下、力強く笑い返してくれたみんなの、力になりたいと思った。




* * * * * * *



「クラウド、これ…」
「どうした?ティファ」

星を救う戦いが終わって、彼女の遺したものの中に、俺はあの切手を見つけた。描かれているガーベラは色鮮やかでとても綺麗だ。

「これ、切手よね?エアリス、誰かに手紙を書こうとしていたのかな…」
「…いや、違うと思う」
「え?クラウド、知ってるの?」
「エアリスの、特別なものだと言っていた」

あのとき、コスモキャニオンで様子が変だったエアリスに声を掛けたとき、彼女が言っていたことを思い出す。今なら分かる。彼女が使えないと言っていた意味が。

「はは、ほんとだ。これは使えないな」

フォーエバー切手。未だ息をする彼女の持ち物に、俺は溜め息のように笑った。





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2016.11.9〜2016.12.31


「ほしのかけら」様 寄稿


お題:素敵な柄の切手









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