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欲望の螺旋1

【勇者ノ帰還】



それは、ただの幻だったのだろうかーーー



強大な力を誇っていた国王が崩御した。
国王の嫡子は4人。覇権争いでもあったのか、国には暫く国王不在の時が続いた。
国王がいない国は荒れ、地方では市街地にまで魔物が入り込む始末。

そこで、対応に困り果てた第一王子は勇者を募った。

「魔物の力の源。西の果てのドラゴンを倒し、それが守護する魔石を破壊した者に、思うままの褒美を取らせよう!」

多くの者が勇者を名乗り、西の果ての目指しては死んでいった。魔物に喰われた者、道中の厳しさに命を落とした者、ドラゴンに力及ばず絶命した者。

だが、千秋の5年後、遂にドラゴンを倒した者が現れた。
今日この日、誇らしげな顔で凱旋を果たした勇者はすぐさま王宮へと召還された。



「一人で大丈夫か?フィリップ」
「大丈夫だ。アッシム。すまぬがここで待っていてくれ」
「ああ」

勇者フィリップから轡の紐を委ねられたアッシムは微笑みを向ける。

「お前の望みが叶う事を祈っている」
「ありがとう。アッシム。お前は永遠に俺の友人だ」

フィリップは踵を返す。
アッシムはそんなフィリップの去りゆく後ろ姿を見つめる。まるでその姿を焼き付けんとする眼差しを、もしフィリップが振り返ってみていたのならば、或いは運命は変わっていたのかもしれない。



今日の斜陽はやけに眩しかった。



「フィリップです。只今参上致しました」

広大にして壮大な城内を案内され謁見の間に入場したフィリップは、玉座の人の尊顔を拝むのも無礼と思い、即座に膝を降り頭を垂れる。

「よく帰還せしめた。貴殿が名乗りを上げ、約束の旅銀を渡した時ぶりか。面を上げよ」
「はっ」

フィリップは顔を上げる。
玉座に座るは国王ではない。崩御した国王に変わり執政を取っている第一王子だ。

「改めて名乗ろう。我はジェラントゥーレ王国第一王子・ラシャードだ。控えるは我が弟達、第二王子・サルジュ、第三王子・フランソワ、第四王子・ナーユエとなる」

黄金の髪を伸ばし威風堂々たるラシャード。
精悍な顔立ちに鋭い双眸のサルジュ。
秀麗で気品に満ちたフランソワ。
大きな瞳に幼さを残すナーユエ。

似ても似つかぬ4兄弟は皆腹が違うというのは、国民に知れ渡ること。しかし、ここまで似てないのも珍しい。

「旅立ちの日にも聞いたが、望みは変わっておらぬのか?」
「はっ。王国唯一の至玉、ナターシャ姫との結婚をお認めください」
「なぜ、ナターシャとの婚姻を望む?玉座が欲しいか?」

重厚な声と値踏みする様な眼差しが、玉座から注がれる。不意に失笑する微かな音が聴こえたが、ここで臆しては苦難を乗り越えた意味がない。

「いえ。玉座はいりません。ですが、王族入りをし、この国を正しい路に導く助力をしたい。失礼ながら、先の王の御代で、民の税は重くなり国はかつての豊かさを失ったかに思えます。ですから…」
「無礼な。我等が父上が失政を行ったと?」
「口を挟むなフランソワ」
「いいえ。兄さん。貴方の政策も不足と言ったも同然です!」
「サルジュ。口を慎め。勇敢なる勇者の前だぞ。弟達の軽口を変わって詫びよう」
「いえ。勿体なく存じます」
「それで?理由はそれだけか?」
「あ…その…あとは…ナターシャ姫は大変美しいので…」

次は失笑ではなく明らかな嘲笑が耳に届く。

「フィリップよ。もう夕暮れ、晩餐に出席し今宵はこの城で休むといい。ナターシャも必ずその晩餐に出席させよう」
「ありがとうございます。慎んでお受けします」

フィリップは深々と頭を垂れ、謁見の間を辞す。案内の者に悟られないよう溜め息を溢し、赤い絨毯が足音を全て隠してしまう廊下を歩く。途中、窓から外を見れば、もう太陽は見えない所にあり、ただ街と空を隔てる様に赤い境界線が細々と伸びていた。群青の空に昇るは僅かに欠けた月。何故だろうか?これから細く成り行く月を見たせいか、不意に心細さが去来する。

「あの、アッシム。俺と一緒に来た友は?」
「既に勇者様が泊まる旨は伝えています。そうしたら付近に宿を取ると」
「そうか。なら安心した。やはり、晩餐に誘う訳にはいかないだろうか?」
「招かれているのは勇者様だけです。さあ、こちらが勇者様の部屋となります。用意させて頂いたお召し物に着替え終わったら、改めてご案内します」
「そうか。ありがとう」

招けないのは残念だが仕方ない。後で少し食料を分けて貰えないか聞いてみよう。そう思い直し、扉を開けてフィリップは驚く。

「これ…」
「ああ。部屋の調度品が婦人物なのはお気になさらないで下さい。他に客間に空きが御座いません故」
「あ、なるほど」
「勇者様」

納得して部屋に入ろうとした瞬間、案内役の騎士に呼び止められる。

「逃げられるなら、逃げた方がよろしい」
「え?」

その声がよく聞こえず聞き返す。

「いえ。…私はネフィルザード。何か御座いましたら、お声掛け下さい」
「ありがとう」

扉が閉じられる。
ナターシャ姫にもうすぐお会い出来る。その想いだけに囚われていたフィリップは急いで着替えを済ます。だから、この部屋の異変に、窓に鉄格子が嵌められている事など気付きもしなかった。





「フィリップ様ですか?」

立食形式の晩餐の席に急いで向かったフィリップだったが、ナターシャ姫がまだ支度中と聞いて落胆していた。華やかな場所が苦手なフィリップは、姫が来るまでこっそりしていようとバルコニーに出る。
涼やかな声がフィリップの名を呼んだのはそんな矢先だった。

「ナターシャ姫」

ああ、紛れもなく。
遠目で御披露目を眺めたあの時の姿のまま、時を止めた様に美しい姫がそこにいた。
その後ろの扉は閉じられている。

「あれ?」
「驚かれました?支度が遅れたと嘘をついてお待たせしたのも、あの扉も、お兄様達の演出ですわ。私達を二人切りにするために」
「あ、ああ。なるほど」
「せっかくならゆっくりお話ししたいですから」

ナターシャ姫がフィリップを見てにこりと笑う。

「お隣に立ってもよろしいですか?」
「も、もちろん」

夜風がふうわりと姫の髪をさらう。
それだけの事なのに姫の神秘的な美しさが際立つ。

「西の果てまで行き、ドラゴンを倒されるなんて勇敢な方なんですね」
「そんなことは…」
「兄様達も喜んでおりましたわ。これで、あとは国の兵だけでなんとか出来ると」
「自分の願いはこの国の平和ですから」

姫がこちらを見る。
気恥ずかしさにフィリップは前を見る。

「フィリップ様。持ってきたお飲み物を渡すのを忘れてましたわ」

金で出来た豪華なカップを姫が差し出す。

「ありがとうございます」

見たこともない贅沢なカップをフィリップは恐々受け取る。

「フィリップ様は国のため、私と結婚したいとか…」
「あ、いえ。それだけではなく自分は…」
「私、婚約してるんです」
「え?…あ、えっと、そう、ですよね」

突き付けられた現実にフィリップは項垂れる。しかし、ナターシャ姫はフィリップに半歩分近付くと鈴が鳴るような声で紡ぐ。

「ですが、フィリップ様と一緒になりたいですわ」

カーっと全身の血流が一気に回るのが手に取るようにわかった。フィリップは荒くなりそうな息を整えるため、黄金のカップの中身を一気に煽る。濃厚なワインの様な味を嚥下する。

「あ…れ…」
「フィリップ様、ぜひとも末永くここにいて下さいね」

酔ったのだろうか?視界がぐらつく。
意識を手放す前にみたナターシャ姫の微笑みは、天女のごとき美しさだった。




「ねぇ、兄さん。まだ起きないよ」
「全く寝坊助ですね」
「分量間違えてるんじゃないのか?フランソワ」
「まさか。私がそんな下らないミスをするとでも?」
「急くな。直に目覚める」

声が木霊の様に聴こえる。頭に響きガンガンと痛む。

「ほら。目覚めただろう?」
「全く早く起きなさい。貴方のせいであらぬ嫌疑をかけられたのですよ私は」
「ここは…俺…」

なんだ、声が変だ。
妙にキンキンと頭に響く。

「目覚めたか、勇者よ」
「あ…の…」

見渡せば先程案内された部屋だった。

「なあなあ、姫には会えた?」

第四王子のナーユエが楽しそうに訪ねてくる。

「は、はい。お計らいありがとうございます。ですが、酔ってしまったらしく醜態を晒して申し訳ありません」
「ああ、それは毒薬のせいだ」
「はっ…はい?」

しれっと言う第二王子のサルジュの言葉に目を丸くする。

「私が作った毒です。効果は抜群な様ですね。まさに美しき勇者姫の出来上がりです」
「まあ、今回は認めてやるよフランソワ。喰うのが楽しみだ」
「あ…の…どういう?」
「自分の胸に聞いてみたらどうだ?」

悠然とソファーに座る第一王子のラシャードに促される様に胸元に手を当てる。

「なっ…!」
「姫は残念ながら貴様にやることは出来ない。彼女は我が国唯一の至宝。だが、王家に入りたければ迎え入れてやろう」
「いったい、これは…」

裸の胸元には男にはあり得ない、豊かな膨らみ。咄嗟にそれをシーツで隠し、恐る恐る下腹部に触れ、フィリップは絶望した。

「これからはフィリーナと名乗り、毎夜我々に奉仕するがよい。一年以内に見事、誰かの子を身籠れば、約束通り王家入りだ。だが、孕めなかった時は死刑に処す」
「なっ!そんなの横暴だ!」
「横暴?可愛い妹に破廉恥な目を向けた報いだ」

ラシャードが立ち上がりベッドに乗り上げる。フィリップ、否、フィリーナの顎が持ち上げられる。

「なかなか美しく変じたじゃないか。これならば楽しめそうだ」

綺麗な王家の兄弟だと思っていた。ラシャード王子は聡明と名高く、きっと国は良くなるのだと。

「ああ。そうだ勇者様。良くも僕の可愛い子達を殺しまくってくれたね。あのドラゴンなんか最高傑作だったのに」

歌うようにフランソワが言う。
いったい彼は何を言っているんだ。

「魔物は、貴方の仕業と」
「フィリーナよ。国を導く方法を知っているか?先王の課した重税で民の心は王家から離れた。だから先王の崩御と同時に魔物を放った。不安な最中だ。共通の敵がいれば皆内政に目は向けないだろう?」
「そんな…」

怒りに手が震える。

「そんなことの為に何百人が死んだと…」
「民は国の贄だ。勇者よ。貴方が現れた事で民は今希望を取り戻しただろう。これで執政がしやすくなるというもの」
「なんて、酷い…」

怒りに震える身体がベッドに横たえられる。

「なにを!?」
「だから言ったろう?これから毎夜我等の伽の相手をせよ。そして子を孕め」
「そんな身勝手な要求飲めると思ってるのか!今すぐ戻せ!そして、俺を帰せ!」

フィリーナは渾身の力で暴れる。しかし、女の細腕では馬乗りになった男に敵わない。

「くそっ」
「フィリーナ。そういえば、貴様の旅の仲間は息災か?」

フィリーナな暴れるのを止める。

「…卑怯な」
「痛くもない罵倒だ。さあ、最初は誰がいい?」
「誰でもいい」
「選べぬのなら全員で可愛がろうか?」
「…ならお前からで」

せめてもの抵抗に顔を横に向ける。

「結局、ラシャードが美味しいとこどりか」
「つまらないですね」
「でも、バージンは孕みにくいっていうぜ」
「早く部屋を出ろ」
「はいよ」
「はいはい」
「失礼致します。兄さん」

ラシャードがキスをしようと顎に手をかける。しかし、死んでもされてやるかと顔を横向けたまま耐える。

「強情だな。諦めろ勇者。運命は受け入れた方が楽だぞ」

ラシャードの吐息が肌を滑る。
おぞましい。自分の不甲斐無さに涙すら溢れる。しかし、女にされた身体は香油の力も借りて、易々とラシャードを受け入れてしまう。
声だけはと口を必死に閉ざすが、男の味を覚えた身体が快楽を追い始めてしまう。

「強情なのも悪くはない。身体が意思に反する様もまた…」

ラシャードが果てる頃には、悔しさと甘い痺れに精神がどうにかなってしまいそうだった。



翌朝、倦怠感の中で目覚めた。
ラシャードは自室に戻ったのかいない。
鉄格子付きの小窓から朝日を見て感じたのは、言い知れぬ絶望だった。


END

カクテルナイト【アラスカ】

【偽りなき心】




皇家本邸。皇居に程近い場所に位置する、3棟からなる広大な屋敷。その一棟の、明治を思わせる洋館にあるバー。当主後見だった男がカクテルブームが下火になると同時に職を失ったバーテンダーを雇って作った場所。腕利きのバーテンだったが当時の若さ故に時代の波に放り出された、今や老齢の彼のカクテルをここで楽しむのが、ささやかな楽しみだ。今も昔も。





辛口ドライ・ジンとリキュールの女王と名高きシャルトリューズ・ジョーヌを1:3でシェイクする。誤魔化しのきかないシンプルなレシピが「アラスカ原住民の心に似ている」という意味で名付けられた、至高の逸品アラスカ。ジョーヌの琥珀に魅せられて、必ず注文するカクテルになっている。

「龍樹、なに飲んでんだよ」
「ガキが入っていい部屋じゃねーぞ。椎名」
「綺麗な色だな。俺にもくれ」
「…酒だぞ?未成年飲酒禁止」

しかし、元々人の話を聞くタイプじゃない椎名は龍樹の隣に座る。椎名みたいなガキが座りにくいようにわざと高くされたスツールだから、足が届かなくてプラプラさせている様に吹き出しそうになる。

「最年少で鬼切りになったんだ。褒美に酒を飲ませろよ」
「ちゃんと家録読んだか?最年少は鬼子のランだよ」
「人間では最年少だ」

龍樹はやれやれと肩を竦める。

「仕方ない。白木さん、オレンジジュース」
「お前と同じのを飲む。これから、お前と義縁の徒になるんだから」

椎名が顔を赤らめる。皇は鬼切りを生業にしている。鬼を切れば障気が心身を蝕む。人間故に自浄能力に乏しい皇では、鬼切りは男しかならない。女は生業(なまなり)になりやすいからだ。2人1組で行動し、そのパートナーと皇流の云わば結婚式を行う。儀式で結びついた者同士が交わることで障気を薄め、鬼切り寿命を伸ばすためだ。皇での女の役割は腹でしかない。息子が産まれたら寄越せと結婚しないものも少なくない。男同士、パートナー同士の結び付きこしそが皇で最も尊い。皇では、そのパートナーを「義縁の徒(ぎえんのともがら)」と呼ぶ。
義縁の徒は剣と盾が占いによって定められ、盾は剣を受け入れる。要は剣のオンナになる。椎名は先程占いで龍樹の盾と定まった。

「仕方がないな。だが、同じのは駄目だ」

椎名なりに運命と龍樹を受け入れようと懸命に考えているのだろう。酔いたい。素直ではないがそう言いたいのだろうと理解して、その意地らしさに龍樹が根負けする。
ドライ・ジンよりもシャルトリューズ・ジョーヌを少し多めに、そこにレモンジュースを加えて貰うよう白木に頼む。

「スプリング・フィーリングです」
「お前のと同じ?」
「俺のはアラスカ。そこにレモンジュースを足したものだ。春を感じてとか新鮮って意味のカクテルだよ」

椎名の唇がショットグラスに触れる。いろはも何も知らない椎名はひといきにそれを飲み干し、飾りのチェリーも綺麗に平らげる。スプリング・フィーリングのレシピにチェリーはない。

「良かったですね。龍樹様」
「わざとにしてはあからさま過ぎんだろ」

「相手がわかってなきゃ意味ねーよ」と白木に返して、首を傾げている椎名を見る。アルコールに耐性のない身体は熱を持ち、頬が上気し目が潤んでいる。

「おれ、ショタコンの趣味はないんだけどなー」
「僭越ながら老人の経験上予言しますと、龍樹様はきっとはまりこみますよ」
「いやな予言だな」
「おいしかった。また飲みたい」

呂律が怪しくなってきた舌っ足らずな喋り方が、可愛く見えて頭を撫でる。滞りなく済んだ儀式の後、煙草を吸いながら頭を抱える。白木の予言は大当たりだった様だ。




皇龍樹は皇家随一と云われる程に秀でた鬼切りだった。故に、出動要請が掛かる回数も多い。しかし、龍樹はひとつも断る事無く命令に忠実に遂行した。それが、常人なら無謀だと云われる命令でも。まだ青二才だった頃の龍樹は、鬼切りと云う仕事に誇りを持っていたのだ。誰かの為に戦うという理念と、少しでも鬼による被害を無くしたいという信念があった。だが、龍樹は強すぎた。佐伯家の鬼切りが2、3人がかりで仕留める鬼をひとりで倒せてしまうぐらいには。故に、己に下される命令の危険度が図れなくなっていた。

「椎名!」

龍樹の腕の中、意識を手放しぐったりする椎名の身体の中で障気が渦巻く。ここ最近、連日命令を受けていた。昨晩も互いの障気の浄化の為に身体を重ねたばかりだ。元々、身体が悲鳴を上げかけていた椎名は、敵の攻撃を避けきれず、まともに直撃してしまった。いや、避け切れなかったのは龍樹だ。椎名はそんな龍樹を庇ったのだ。身を切り裂かれるぐらいに沸き立つ怒りに龍樹は叫ぶ。

「椎名は暫く使いものにならない。暫く、他の者に代理をさせよう」
「待て。俺は椎名以外と組む気はない。義縁の徒が病床の時は、その片割れも休むのが習わしだろう」
「わかっているだろう、龍樹。お前の戦力を遊ばせてはおけない。これは当主の意思だ」
「パートナーは椎名だけだ」
「私情を挟むな龍樹。一度はお前の我が儘を受け入れ椎名をつけた。しかし、元々お前の真の義縁の徒が現れるまでの繋ぎの予定だった筈だ。それが早まっただけのこと」

龍樹は唇を噛み締める。そう。自分は強すぎる。だから、自分と渡り合える能力を持った椎名を見込んで、自ら指名したのだ。それが、こんなにも大切に想う相手になるとは予想すらせずに。

「お前が椎名以外と組まないと言うのなら、椎名にはいち早く復帰して貰うより他ない。………また、義縁の徒を失いたいのか?」

龍樹は黙るしかなかった。
やがて、龍樹は占いで選ばれたしかるべき義縁の徒と結ばれた。

「盾の役割も弁えず、剣の横で戦い、挙げ句剣の前に出る盾なんて使い勝手が悪すぎる。悪いがもう、お前は必要ない」

何度も何故だ?と食い下がる椎名。きっと真実を告げればお前は当主だろうと食ってかかってしまうだろう。椎名を義縁の徒に戻す方法を考えた。何度も何度も。だが、その度に、椎名の前の義縁の徒の様に、椎名を失う瞬間が脳裏を過って震える。だから、嘘に嘘を重ねてお前を遠ざけるしかなか出来なかった。




………あいして、いるから。




「また、飲んでいるのか」
「椎名か。互いにまだ五体満足の様だな」
「グリーン・アラスカを」

アラスカのシャルトリューズ・ジョーヌをシャルトリューズ・ヴェールに変えたカクテル。アラスカよりも僅かにキレのある辛さが増す。もう、スプリング・フィーリングを飲んでいた頃の椎名はいない。

「こうして、椎名と飲むのは久しぶりだな」
「お前と飲みにきたんじゃない」
「そうか。なあ、椎名。シャトリューズの製作に纏わる逸話を知ってるか?」
「知らん」

シャルトリューズはブランデーをベースに作られている。味の決め手となる約130種類の香草・ハーブの調合は、選ばれた3人の修道士だけしか知らない門外不出のレシピ。レシピを守るため、3人一緒に飛行機に乗ることすらない。一緒に行動することも。

「それがどうかしたのか?」
「いや。俺達に似ているかもしれないと思ってな」

選ばれた鬼切り。両者卓越した鬼切り故に、もう共に行動することはないのだろう。

「アラスカのカクテル言葉は?」
「知らん」
「なら、俺が何故お前と飲む時はアラスカしか頼まないのかもわからないのだろうな」
「なんなんだ?」
「いや。なんでもない」

『偽りなき心』は嘘で塗り固めてしまったから、永遠に解き放たれる事はない。
もう、スプリング・フィーリングを飲む椎名はいない。だが、アラスカの兄弟とも云えるカクテルを自分の横で頼んでくれる椎名が、どうしようもなく愛おしい。

「白木さん。ごちそうさま」
「おい」
「ん?」
「死ぬなよ」
「お前もな。椎名」

久しぶりに瞳を交わし合ったお前は随分と頼もしくなった。龍樹は椎名に背を向けて、今日も戦いに赴く。



そしてこれが、龍樹と椎名の最後の会話となった。






カクテルは物語である。
その大人しか楽しめないその物語は時に甘く、時に苦い。

苦しい想いも悲しい想いも、カクテルバーは全てを知っている。

カクテルナイト。
さあ、今宵も素敵な物語を………


END

--------------------
前半クライマックス。
皆様ここまで読んでくれてありがとうございます!

さて、後半は少し間を置いて来年書く予定です。皆様どうぞ楽しみにお待ち下さいませ!

カクテルナイト【キッスオブファイア】

【熱愛】




カクテルとは物語であり詩である。カクテルが生まれる時は必ず物語があり、その物語こそが味という色を灯す。

さあ、今宵も語らいましょう。
その一杯が極上の味となりますように。




その日、殆どの生徒が壇上に上がった彼に恋をした。男子高に咲いた一輪の花。むさ苦しい男の園に咲くには可憐過ぎる彼に無論私も焦がれた。しかし恋ではなかった。金を積んで入学した私は、新入生代表の演説を台本なしで朗々と読み上げる姿に、素直な感銘と一種の憧れを抱いただけに留まった。この時、彼に真の恋を捧げられたらどんなにか幸せだっただろうか?

運命は悪戯者故に、私は入学式の数刻前にその機会を奪われてしまっていた。





「落としたよ」

すれ違い様に肩が触れた。その弾みで彼の指から零れ落ちた10円玉ばかりが入った小銭入れを拾う。

「待って。これ、落としたよ」

しかし彼はそのまま行き去ろうとした。それを気付かなかったからだと勘違いした私は、彼の肩を掴み引き留める。小銭入れを彼の手に納めようとして間違いに気付く。彼は気付いていたが涙を見られたくなくて行き過ぎようとしていたのだと。

「離せっ…よ!」
「こっちに来なさい」

入学式前の手続きを家人がしている間に、校内探険を楽しんでいた私は、先程見つけた鍵が掛かる空き教室へと彼の手を取って戻る。

「ああ。君。これで今みた事は永久に忘れなさい。あとこの周辺の人払いも頼んだよ」
「あ、おい!」

途中で行き合った名も知らぬ生徒(後に瞬と知る)に、なにかあったときの為に常に持ち歩いている"帯付き"を渡して、彼とその教室へと隠れ込む。

「さて、これで誰もいない。私がいるのは諦めなさい」
「なんで、こんな場所にっ」
「涙、誰にも見られたくないのだろう?」

扉の鍵を掛けて彼を抱き締める。

「ほら、これで私も見えない。涙は変に止めようとするより、一度思い切って流してしまった方が止まりやすいよ」

最初は怯える猫の様に固くしていた身体から徐々に力が抜けてゆく。声を押し殺しながら、私のシャツを掴んで泣く彼の小刻みに震える肩が、とてもか細いものに見えた。ふと魔が差して、背中を撫でていた手を腰に回し、反対の手で彼の顎を持ち上げる。唇を重ね舌を差し込んでも意外な事に抵抗はされなかった。一度唇を離し、さらに深く口付けるとむしろ彼の方から身を委ねる様に首に手を回してきた。キスの合間から吐息が零れ、ボタンを外したシャツの隙間から手を差し入れれば、身体を捩った彼に、感じる場所まで手が導かれる。

「声は我慢出来るかな?」
「させろ。あいつはそうしてた」

あいつという3人称が気になったが、私も若かった。棚からぼた餅が降る様に訪れた据え膳を食らう事が全てに勝り優先された。行為そのものは初めてではない。だが、全ての記憶が霞む程に彼は熱く夢中になった。

「初めてではないんだね」
「うる…さい…。お前だって」
「私は、望めば全て手に入る環境だからね」

"あいつ"が君をこんな身体にしたのかい?
なぜ、こんなに身体を熱くしている?
なぜ、泣いていて、なぜ、私を誘った?
いくつもの疑念が浮上し、浮上しては快楽に掻き消える。深まる程に飲み込まれそうになるぐらい熱い身体は、まだ未熟な高校生を魅了するには充分過ぎる程に蠱惑的だった。

「とても良かったよ」
「すぐに忘れろ…」
「ずるいな、君は…」

繋がったまま掠れる声で紡がれる言葉が、流された一筋の滴の意味を問い掛ける権利を奪う。

「あと10分で入学式が始まる。私は先に出るから、君は支度して来なさい。遅れないようにね」

冷静さを装いながら講堂に向かいながらも、既に心が彼に占拠されている事を自覚する。





だから、壇上の花を君が呆けた様に見つめていることに気が付いた時も、姫制度を知った時も、それを如何に君の役に立てるかという思考にしか至れなくなっていた。





「でもね。それに気が付いた瞬間私は幸せを感じたんだ」

バーボングラスの縁をツイっと撫でながら呟く。

「たとえ、気紛れに求められるだけの関係でもね」

ウォッカをベースにベルガモットとドライ・ジンとレモンジュースをシェイクしたものを、馴染みのバーテンダーがゆっくりとカクテルグラスに注ぐ。

「キッス・オブ・ファイアです」

赤みが強い琥珀色の情熱的なカクテル。高校を卒業してからも大人の関係を続けていた我々の合図。『熱愛』なんていう情熱的な言葉で切ない愛を隠したカクテルを君が頼んだ時が、秘密のメッセージ。いつも、都合のいい時だけ『熱愛』を求めてくる君が、それでも愛おしかった。

「愛しているよ」

その言葉はいつも度数の高いアルコールと共に喉の奥に流す。君は気が付いているんだろう?なのに言わせてくれない。時折会話に"あいつ"をチラつかせて封じる。私も敢えて言わない。言ったら君が逃げるのが解っていた。なら、不毛な関係だろうと君と秘密を共有出来た方がいい。

「愛している。しいな…」

知ってるかい。キッス・オブ・ファイアは日本人が生み出したカクテルで、有名な曲から名付けられたんだよ。その歌詞の様に、私は永遠に君のしもべになってもいいとすら思った。その口づけだけで酔える愚かな男になっても。

「しい…な…」

中身が減らないままにスノースタイルの砂糖だけが溶けていく。出された時のままの美しくも情熱的な赤がぼんやり霞み始めて自分が泣いている事に気が付いた。黒ネクタイだけ外したスーツの裾が涙に濡れる。心得たバーテンダーは離れた所でグラスを磨いている。

「我々は騎士団長たる君の永眠(ねむ)る顔を見られなかったよ」

君はもうこの世にいない。何者かに殺された君の葬儀に駆け付けたものの、棺の君に会うことは許されなかった。もう、秘密のカクテルを共に飲む事も、熱を交わし合う事ももうない。

「だから、どんな気持ちで君が最期を迎えたのか解らないんだ」

同じく高校以来からの付き合いの、同じ騎士団の弟は固く口を閉ざした。だが、詳細は解らないと語った言葉が本音なのだろう。

「口づけを交わしし日々から、君がしもべとなり果てぬ………たとえこの身は朽ち果てても………君に捧げん………」

会計を終えて店を出る。ホテルに併設されたこのバーを訪れる事も、キッス・オブ・ファイアを頼む事も、もう無いだろう。

「なにをする気だい?」
「ムスタファ…」

なぜ皇邸で別れた筈の彼等がここにいのかなんて、問うのは野暮なのだろう。君が率いていた騎士団はそういう者達の集まりだ。

「いけないよ。北門は永山騎士団の白い権力者だ。姫のために君は手を染めてはいけない」
「闇の仕事は俺たち黒い権力者に任せな」
「ありがとう。ムスタファ、ブラッド。でも残念ながら、白いままは無理かな。限りなくグレーではいるけど」

我々は君の最期を知らない。だから、君の望みは解らない。解らないから、我々のやりたいようにやるよ。

「椎名を殺したものは、姫を脅かしたも同然。だから、まずは見つけ出そう」
「そのあとは?」
「永山騎士団が集結すれば、処理の仕方などいくらでもある」
「仰せのままに」
「瞬に続き椎名も失った。これ以上姫の心を痛める出来事は阻止する」

ねえ、椎名。しもべと成り果てた者を遺して逝った君がいけないんだよ。

「君達は狩りが好きだろう?」






キッス・オブ・ファイアよりも赤い液体をグラスに注ぐ。酸味を帯びた蠱惑的な香りはどこか情事のそれに似ている。そう思えば、自然と笑みが零れる。しかし、まだ足りない。これはまだ序章に過ぎないのだからーーー


END

--------------------

ヤンデレ万歳!北門さん万歳!
さて次でいったん折り返しになります。そして、次はいったん前半のクライマックスなのでお楽しみに!

高貴なる夜会前夜

【想いを胸に】




「殿下は鼻筋が通っていらっしゃって、とても端整な顔立ちをしている」

窓際に立った長い黒髪を束ねた男が、恍惚としたトーンを声音に乗せる。

「なにより殿下を引き立たせるのは均整の取れた体躯だ。太くも細くもない身体は剣の様にしなやかで美しい」

椅子に座り手遊びに胸元の勲章を弄ぶ金の巻き気の男が、フンと鼻を鳴らす。

「日頃殿下を如何様な目で見ているのか?最も素晴らしきはその頭脳だ。数学では博士号を取得され、化学の分野でも栄誉ある賞を複数いただき、語学も6ヵ国を流暢に操る」
「いいや。殿下の剣技の素晴らしさと言ったらどうだ?今やバレンタイン卿も喝采を送られる程だ」
「とてもお優しく気配りが出来る」
「女にモテる」

いつの間にか、黒髪の男はテーブルを叩いており、金髪の男は立ち上がり互いに顔を付き合わせている。

「時に可愛らしい一面を見せる所がいじらしい」
「なにおう?ならば、あの笑顔だ!殿下が微笑めば男も女もイチコロだ」
「切れ長の瞳はとても理知的ながら色っぽい」
「あの唇はサイコーにエロい!」

夢中で言い合う二人はドアが開かれた事にも気付かない。

「ロイエンタール卿。ミッターマイヤー卿。こんな場所でこっぱずかしい会話をするな。てか、なんの話をしてるんだ」
「ラインハルト殿下。今どちらがより殿下を良く見ているか勝負していた所です」

ドアを静かに閉めた高貴なる人の姿に無言で最高礼を取る黒髪の男に代わり、金髪の男が答える。

「相変わらずのうざさだなお前達は…」

光の加減で銀髪にも見えるアッシュブロンドを片手で抑えて溜め息を溢したラインハルトは、順々に二人を見て親しげに笑いかける。

「オスカー、ヴォルフ。改めて20歳の誕生日おめでとう」
「勿体無きお言葉痛み入ります」
「有り難くも光栄なお言葉感謝いたします」

ラインハルトは窓辺に立ち、並び立つ二人を振り返る。

「俺も後2年後になるが貴兄に追い付き成人する。我が歩む道は皇道である。恐らく、その頂きにて貴兄等のどちらかを我が白蓮(ホワイトロータス)の騎士団長に任じるだろう。だが、我が皇道は消してなだらかなものではない」

父皇が皇位を去れば、今までその権勢に恐れを持っていた反シュロウ派が息を引き返し、牙を向くだろう。

「故に此処で貴兄等の忠誠を確認しておきたい。俺の友人であり頼もしい兄貴分のお前達は、俺と運命を共にしてくれるか?」

ラインハルトの言葉に、二人の男は心得ているさと笑う。

「我が忠誠はこの世に生を受けた時からラインハルト殿下ただ一人のものです」

オスカー・ロイエンタールは跪きラインハルトの左手に口付ける。

「殿下の敵もご不安も全て蹴散らすのが我が努め。国家よりもラインハルト殿下御身に我が全てを捧げましょう」

ヴォルフガング・ミッターマイヤーも跪きラインハルトの右手に口付ける。

「然らば励め」
「「はっ!」」

立ち上がり軍人最敬礼を送る二人にラインハルトは微笑む。

「ありがとう」

ラインハルトが扉へと歩む。ロイエンタールがその扉を開けて頭を垂れる。扉の外に出て歩み出すラインハルトの後ろに二人の腹心の配下達は並び歩く。
彼等の道はやっと始まったばかりだ。






淑やかに濡れた黄金色の髪を掻き上げながら、白く滑らかな肢体を暖かな湯から解放する。

「湯浴みお疲れ様」

高貴なる裸身を晒し腕を広げるだけでその身をバスタオルでくるんだ男をレオンハルトは見上げる。

「レオンハルトの身体、薔薇の香りがする」
「ああ。薔薇の香油を使った」
「いい香りだ」

歳を経るごとに美しさに磨きがかかるルドガーの第一王子が、セティを引き寄せる。甘い唇がセティのそれに重なり、離れると同時に花の様な微笑みが浮かべられる。

「服はあちらのものにしよう。宝石はルビーがいいな。あの服を選んだのは?」
「マーガレッテという女中です」
「なら、その者に着付けの栄誉と褒美を取らせよ」

一連の美しい光景に溜め息を溢していた女中達へ、レオンハルトは一度苦笑してから次々と命を下す。

「髪は軽く纏めるだけにする。香水はいつものやつを淡めに」

命が下ればテキパキと働く女中達に着飾らせられながら、レオンハルトはセティを見る。

「せっかくこの日を迎えられたのに、フェリペの代理とはな」
「代理じゃなくなる日がきっと来る」
「ああ。そうなるよう。過去の過ちを悔い改め、精進しよう」

着替えが終わったレオンハルトをセティは後ろから抱き締める。

「俺がついている。何があっても共にいて、レオンハルトの背中を守ろう」
「ありがとう。セティ」

再び唇が重なる。それは、誓いを灯した誓約の口付けだ。





「シュロウのラインハルトは昨年から。今年からはルドガーのレオンハルトも高貴なる夜会に出席か」

レキサンドルの王子アクアスティードは唇に笑みを刻む。

「大輪の花が一輪増えるな」
「左様ですね殿下」

空になったワイングラスを置き、側付きの者が差し出したマントを手に取る。

「ラインハルト(シュロウ)も、レオンハルト(ルドガー)も、いずれは俺のものだ。特にラインハルトが侍る様を考えるとぞくぞくするな」

マントを羽織り身支度を整えたアクアスティードの目の前の扉が開かれる。




欧州各国の成人した王子が集う高貴なる夜会が、今年も間も無く開かれる。



END

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ちょっと話を聞いてつい書いてしまいました。というわけで金曜日の夜がそうらしいです!

カクテルナイト【ブランデーサワー】

【甘美な想い出】




カクテルに物語は欠かせない。時に甘く時に苦いカクテルひとつひとつに意味があるように。

さあ、今宵も物語を語りましょう。




クルボアジェVSOPルージュとフレッシュレモンジュースに砂糖をシェイクして、サワーグラスに注ぐ。君がいつもbarで頼むブランデー・サワーの意味を知りたくてカクテルを勉強した。「せっかく勉強したんなら店持ってみなよ。みんなの溜まり場にしようぜ」君が提案したからバーテンダーになってお金を貯めて店を開いた。
本来は1tspの砂糖を2tspにして、レモンやライムの代わりにチェリーを飾るのが君のお気に入りレシピ。俺だけが作れる君だけのブランデー・サワー。

いったい君は誰との『甘美な想い出』を回想しながら飲んでいるのだろうか?




「あれ?みんなは?」
「とっくに帰ったぞ」

酔いから目覚めた君は寝惚けた顔で周りを見回し、壁掛けの時計を見る。

「うわお。午前3時?」
「そろそろ店閉まいだよお客さん」
「悪いねマスター」

互いにとっくに閉店している事を知ってるから、冗談っぽく笑い合う。

「目覚めになんか飲むか?」
「ブランデー・サワー」
「了解」

君の視線がシェイカーを握る手に集中しているのを感じる。慣れてはいるが、妙な緊張感が走る。

「この季節になると必ず酔い潰れるまで飲むな」
「そう?」
「ずっと気になってた。何かあるのか?」

コースターを差し出しながら君を見れば探る様な視線とぶつかる。

「マスター。客にそういう事を聞くのはタブーですよ」
「友人として聞いている」

コースターの上にサワーグラスを乗せる。君の切れ長の瞳はまだ俺に注がれたまま。

「神近ってさ俺の事好きだろう」
「そうだな。好きだよ」

君なりの「答えたくない」という返事なのは理解出来た。つまり、今君の心の支配者である安藤では無いことは確かだろう。それにしては、随分と攻撃的な返しだ。そんなにも触れられたく無いのだろうか?

「はは。ちょ、神近。慌てるか照れるかしてよ。俺が辛い」

昔から逃げるのが得意な君が、冗談にしたいと言外に伝えて笑う。だが、今日はその手に乗りたくないと魔が刺してしまう。

「護が言う通り大学生の時から君が好きだよ。知ってただろう?」

君の唇がグラスから離れてこちらを見る。
相手が安藤ならばそれでいい。彼も友人だから静かに見守ろう。だが、それ以外の人間ならば許さない。

「ブランデー・サワーのもう一つの意味を知らない護じゃないよな」
「マジで言ってる?」
「こういう冗談を言える程の器量は持ち合わせていない」

君の指が汗ばむサワーグラスの曲線をなぞる。いつもなら飲み干して、上手く混ぜっ返して、なかったことにするだろう。だが、珍しく迷いを見せてる。それだけ、ブランデー・サワーの相手は君の心を蝕んでいるというのだろうか?ならば、今後永遠に恋人になるチャンスを失っても構わない。

「君の答えに委ねよう。全ては護が望むままに」

俺はいつだってそうしてきた。
そうだろう?我が愛しのアウローラ。

「神近さ、損な性格だな」

黄金の液体が君の喉に流し込まれる。俺の視線が君の指に集中しているのが解っていて、君はチェリーが刺さったピンを弄ぶ。君の口内に甘酸っぱいチェリーが導かれる。



『甘美に酔わせて』



初めて会ってから数十年。始まりは一目惚れだったから君に恋して数十年。君が攻め立てる様にされるのが好きだと初めて知った。

「解ってはいたけど初めてじゃないんだな」
「ショック?」
「いや。手間が無くて助かる」

後ろから挿入されるのをやたら嫌がる事も。

「神近も男を抱くの慣れてるね」
「この歳だからな」

騎乗位をしたがる所は常に余裕を保っていたがる護らしい。

「なあ、神近…」
「なんだ、護?」
「気持ち良くて、マジで酔いそう」

どうしてこんなズルい男に恋をしてしまったんだろう?愛の言葉を禁じた癖に、君は巧みに俺の心を手に入れ続ける。

「酔ってしまいなさい。今だけは」

そうして、ブランデー・サワーを飲みながら見知らぬ人を想い浮かべるのはやめて、俺を浮かべる様になればいい。それだけで、俺はシェリーの人になれた程の幸福を手にいれられるから。

(愛してるよ。護)

何度目かの君の絶頂を感じながら、心の中だけで囁く。

「ありがとう。神近」
「どういたしまして」

一度も甘く鳴かなかった君の足を持ち上げて爪先にキスをする。セックス・フレンドと言う名の奴隷になった証を唇に乗せて。




「神近。次はブランデー・サワーね」
「わかった」

誘いは必ず君から。自分からは決して仕掛けない。君が欲しい時だけ、夜の秘密を提供する。

「これでラストか?」
「ああ。だいぶ酔いが回ったらしい」
「安良城が珍しい」

君の隣に座る安藤にほんの少しの優越感を覚える。君の視線が安藤に注がれる。その甘さに気付かない安藤にはただのブランデーを置く。barアウローラの常連に向けた『帰れ』の合図だ。

「なんだ。今日は店閉まいか」
「って安藤、もう3時になるぜ」
「なあ、神近。ちょっと奥で休んでから帰っていい?」
「構わないぞ安良城」
「いっつも、安良城ばっかずるくない?」
「以前部屋をゲロまみれにしたのは誰だ樹神。そんな奴はダメだ」

君が空になったグラスの中でチェリーを弄んでいる。

「さて、帰るか」
「そんじゃあ、またな神近、安良城!」

皆が帰り静まった店内。店閉まいをして戻れば、グラスの中のチェリーが無くなっている。それが、秘密の関係の合図。

「なあ、護」
「んーなに?」
「大学生時代から思ってたが、ブランデー・サワーの君は安藤に似てるのか?」

立ち上がって奥に向かおうとしていた君が驚いた顔で足を止める。

「今のブランデー・サワーはお前だろ神近」

暫くして、君は儚げに微笑んで極上の口説き文句を口にする。

「神近には敵わないな」

小さく呟いた君の唇に口付ける。

「店(ココ)でする?」
「護が望むなら」

敵わないなはこちらのセリフだ。こうして俺はまた全く甘くない君に捕らわれ奴隷となる。



END

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ちなみにシェリーのカクテル言葉は「今夜あなたに全てを捧げます」です。ポート・ワインへの返事に使う事が多い告白に近い意味合いですね。チームアウローラは控えめに言って最高だと思う。
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