我が征く道は183

「………………」
「…………コロッケ食べる?」
「……、いただこうか」
座ったものの、アーチャーから話すことはないのか、アーチャーは黙ったままだった。コロッケを勧めれば、今回は大人しく受け取った。マスターがない身では、アーチャーの魔力は消費していくばかりだ。食事で補える分は補っておこう、という考えなのかもしれない。
凪子は二個目のコロッケを頬張った。サクサクと、衣が形を崩す音が静かなロビーに響き渡る。
ふ、と凪子は思い出したようにアーチャーを見た。
「アーチャー」
「なにかね」
「君の固有結界の詠唱、全文はどんなのなの?」
「……何を言い出すかと思えば、知ってどうする」
アーチャーは呆れたように言ったが、さして嫌そうな雰囲気はない。凪子は軽く肩を竦めた。
「何、私も固有結界持ってるからさ。私的興味さね。言い回しなんかかっこよかったし」
「持っているだと?……意外だな」
「2000年は、このちっぽけな身体で生きるには些か長すぎた。だから時間を潰し続けてたのさ、その結果色々と得た」
「…投影魔術も、固有結界も、貴様にとっては暇潰しか」
「これでも1000年は頑張ったんだぜ?でもさすがにそれくらいでやることもアイディアも尽きた」
自嘲気味にそう言ったアーチャーに凪子は緩く首を降り、遠くを見つめながらポツリとそう言う。む、とアーチャーは意外そうに凪子を見たが、終わりのない時間に縛られた感覚は理解できるからか、すぐに目を細めた。
「…………それもそうだろうな」
「…それに私の固有結界はつまらないよ。あそこには全てがあるが、全てがない。物語を予め作ってあげなきゃ、風すら吹かん」
「固有結界は心象風景をあらわす…なるほど、さもありなんといった感じであるな。いだろう、教えてやる」
「!」
「―I am the bone of my sword」
アーチャーは座った膝に肘をたて、食べかけのコロッケを見ながらそう口にした。凪子はあっさり口にしたアーチャーに頼んでおきながら驚いたが、すぐに鞄から小さなメモ帳を取り出した。
「Steel is my body, and fire is my blood.
 I have created over a thousand blades.
 Unknown to Death.
 Nor known to Life.
 Have withstood pain to create many weapons.
 Yet, those hands will never hold anything.
 So as I pray, unlimited blade works.」
「―――――― 体は剣で出来ている。血潮は鉄で、心は硝子。幾たびの戦場を越えて不敗。ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。故に、生涯に意味はなく。その体は、きっと剣で出来ていた………って、ところかな?」
「…………よくそんな風に訳せたな。英文として和訳するなら、そうした言葉にはならないだろうに」
アーチャーの英語での詠唱を聞いて、日本語でそう返した凪子に、アーチャーは驚いたようにそう言った。確かに、直訳すれば全く意味が変わってくる文章はある。というより、凪子が言ったような文章にはまずならない。
凪子は、にやっとしたような、どやっとしたような笑みを浮かべた。
「凪子さんには言語なんてあってないようなものだからね。和訳英訳って概念が私にはないのさ。ここは日本だから日本語を使ってるだけで、今のは和訳したというより、君の言葉を聞いて、私がした解釈を日本語に落としこめた、が、正しい」
「………なるほど、大した言語能力だ。宝石売りより、通訳をやった方がいいのではないかね」
アーチャーはぱちくりと瞬いたあと小さく吹き出し、参ったとでも言いたげな表情でそう言った。アーチャーにしてはずいぶんと素直な称賛だったが、凪子はべ、舌を出した。
「やだよん、めんどくさい。大体、文法警察がうるさいだろ、そういうの」