呪いの名(黒田×大谷)
1月10日 17:39
ヒヒッ(谷)0

*注:三成討死後設定










呪いの名






「・・・三成、三成よ・・・」


か細い声で男を呼ぶ声が聞こえる。
それは人も寄り付かない城の奥、昼夜問わず光の当たらぬ部屋から聞こえていた。
今にも消え入りそうな声よりはるかに大きな足音が、のしのしと音を立てて近づいていく。
決して小柄な者のものではないそれは、部屋の前で足を止める。パタリと静かに襖を開けて、部屋の中にいる声の主へと目を向けた。


「どうした、刑部」

「おお、三成・・・。すまぬが、今日は体の調子が悪い・・・我を起こしてはくれぬか」

「へいへい、待ってろ。ほれ、小生につかまれ」

「すまぬなァ、三成」


三成、それはもうこの世にいない男の名。それを刑部は紡ぎ続ける。

天下分け目の戦、関ヶ原にて西軍は破れた。
その総大将、かつて凶王と呼ばれた彼の名を紡ぐものは、もはやこの日ノ本にただ一人。
大谷吉継。凶王三成が信ずる唯一の者にして無二の友、そして・・・凶王が恋焦がれた想い人であった。
関ヶ原での戦で三成は討死。
刑部もまた、一命は取り留めたものの、その両目は二度と光を写す事が叶わなくなった。

何を思ったかそんな身の上となった刑部を匿うと言い出したのは・・・凶王を討ちし東軍総大将、今や天下人たる徳川家康その人だった。
それは在りし昔の馴染みへの情なのか・・・はたまた亡き三成へのせめてもの償いか・・・。



そして、何故か小生が呼び出された。
どうか世話をしてやってくれないかと頭を下げられたのはつい先日。
なんで小生がと反論したが、今や天下人となった男にこうも深々と頭と下げられちゃあ、無碍になど出来るはずもない。
その場はしぶしぶ了承したが、本心は心底癪だとしか思わなかった。なにせ悪い予感しかしやがらない。
ああどうせ嫌味や小言を連ねられる毎日が始まるんだろうな・・・そう思った。が、小生の悪運は現実を思いもよらぬ方向へと誘った。

刑部は小生を、三成と呼んだ。

刑部は目が見えなくなっただけだ。耳は正常に聞こえているはず。
小生と三成の声は似ているはずが無い。口調だって真似てるわけじゃない。小生の口調。小生の声。だが刑部は小生を三成、と呼び続けた。



細く弱りきった刑部の体を起こす。三成が存命の頃ならば、たとえ自身の体が軋もうと、小生の手など借りなかった。触れることさえ拒まれた。
だが今はどうだ。身体を任せ、身を小生に預けている。
それどころか身体を起こせば小生の胸へと擦り寄ってきた。
・・・全く愛らしい事をしてくれやがる。
昔あれほど触れたかった者にこうも愛い接し方をされては理性が吹き飛びそうになるのも仕方ない。
認めたくない事実この上ないが、小生は以前より刑部に好意を抱いていた。


「ぎ、刑部・・・お前さん飯は?」

「いらぬわ、そのような気分ではないゆえ」

「ちょっとでも食っとけ、小生が持って来てやるから・・・」

「いらぬというに。どこぞへと行くでない。・・・傍にいやれ」

「・・・〜〜ッ」


・・・そういえば、三成と刑部はこんな会話をずっとずっとしていたな。
傍から聞いていた分には何も思わなかったのに、こうして自分に向けられるとなんて恥ずかしいのか。
どうしたら良いか分からず、とりあえずぎゅうと刑部を抱きしめた。
するりと細い包帯まみれの腕が2本、小生の背中に回されたのを感じ取る。
以前ならあり得ない事だ。いや、小生を三成と思い込んでいるならば、これは至極当然の事だろうが。

そうだ。三成と刑部はいつもそうだった。

共にお互いがいればいいと、他には何もいらないと、言葉なくとも一目瞭然だったあの二人。
刑部の隣にいるのは常に三成であったし、三成の隣にいるのもまた、常に刑部であった。
ならばやはり、今自分の隣にいる小生の事を三成だと信じて疑わないのは当然の事なのだろうか。


「・・・なぁ、刑部。ちょいと、その・・・”官兵衛”に会ってみる気はないのか?」

「暗か?あのようなのろま、どこぞでのたれ死んだのであろ?」

「・・・勝手に殺すなよ・・・!」

「あやつの事などどうでも良いわ、我にはぬしがおればそれでよいゆえ」


投げかけられた言葉自体は嬉しいものだったのだが・・・さぁコレはどう受け止めたらいいんだか。
素直に喜ぶ事も、かといって怒る事も出来ない。いっそ以前のように罵倒でも何でも浴びせてくれればまだマシなものを。
心底複雑な想いとなり、くしゃりと腕の中の頭を撫でてみる。刑部はくすぐったそうに身を捩じらせて顔を上げた。
そこには見えぬ眼を潤ませた、なんとも言えない恍惚とした顔が小生を見つめていやがったんだ。
・・・違うだろ。その顔は。
それは三成だけに注がれていた、間違っても小生に向けていいもんじゃないだろう・・・。
ああ、おい、凶王さんよ。こんな刑部を置いてどこに行っちまったんだ。


「三成」

「・・・」

「三成、三成よ」

「・・・」


刑部は尚も小生を呼ぶ。
みつなり、みつなり、と。まるで呪いのように。


「・・・紀之介・・・!」


それは愛しさか切なさか空しさか、遠い昔に呼んだ名を口にしたが、刑部の口からはついにただ一人の男の名しか紡がれる事はなかった。






(現世に三成はいない、お前さんの中に小生はいない。お前さんは、一人ぼっちだ)




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