SCHOOL*DIARY

神無月。
10月24日 17:07

担当:津吹圭介

遅刻:おれ、です。
早退:いません。
欠席:いません。

 先日の放課後、何故かおれの机の上にこの日誌が置かれていたので、預かることにしました。前のページを見ると君島くんの日誌がありますが、何故か後半部分が鉛筆か何かで塗りつぶしてあり、読むことが出来ません。消しゴムが見つからなかったのでしょうか? 君島くんには珍しいことだと思います。
 君島くんは学級委員で、夏季に行われた林間学校では実行委員も務めていました。人望も篤く、文武両道で、学級会などに板書される字は格別に美しいです。また、野球部では捕手を任されていると聞きました。部活動オリエンテーションの際に、友永先輩の球を受ける君島くんを見ましたが……もう、音だけでも物凄い威力の球を受けていることが分ります。きっと、掌は想像以上に痛いのだろうな、と思うのですが、聞くことは出来ません。
 野球部には野球部の、バレー部にはバレー部の、強い部活に見られる一種独特の雰囲気があり、中々話しかけることが出来ないからです。いや……強い部活に所属している人に限らず、おれは余り人と話すことが得意ではないので……寧ろ、苦手なので、君島くんのように人前でも臆することなく発言できる人を見ると尊敬します。
 おれは……自分に自信がないので、話し掛けても……迷惑じゃないかな、とか思ってしまい……その点では、女子など、おれが話しかけた瞬間、露骨に厭な顔をしてくれるので、ある意味、接しやすいです。表情と感情が一致している人は良いのですが、違う場合……凄く、怖いです。
 なので、休み時間などはなるべく邪魔にならず独りで居ることに努めているのですが……今月になり、教育実習の先生が来てから、それが少し困難になりました。
 
 小坂部 静先生がいらっしゃるからです……。

 苗字からも分るとおり、小坂部先輩のお姉さんでもある小坂部先生は本当に小坂部さんに似ていて……容姿も、似ているには似ているのですが、それ以上に言動が……本当に同じで……少し、困ります。
 二年四組担当であり、副担任として実習を行うそうなので、基本、おれたちのクラスに居ることが多いです。それだけなら、支障はないのですが……あの……やはり、小坂部さんのお姉さん、と言うこともあり、また、実習に来た先生は二人しかいないので、実習生を珍しく感じる他のクラスの生徒が、休み時間などは小坂部先生と話すために、そして、小坂部さんの情報を得るために四組を訪れます。
 小坂部先生は小坂部さんに似て……るのかは分りませんが、奔放な性格らしく、余り隠し事をしません。生徒の質問にはどれも真摯に対応し、即答してくれます。
 先日も、

「小坂部先生って、小坂部先輩と一緒に暮らしているんですよね? 普段の小坂部先輩って、どんな感じなんですか〜?」

と、いう女子の質問に、

「悠!? えー、何か普通に邪魔だよー?? 大体、自分の部屋でゲームしてるか、音楽聞いてるか、漫画読んでる感じ? パンツ一枚でウロつくし、風呂場で演歌熱唱したりもするし。最近、なんかオヤジ入ってるよ!」

と、笑顔で答えていました。
 他にも、

「彼女とか、居るんですか?」

な、質問に対し、

「カノジョー!? え、ちょ、居るわけないって!!! ウチに女の子連れてきたコトとか、多分、一回もないし! てゆか、悠、なんでもかんでも掻き混ぜて食べるよ?? ドンブリだったら即混ぜ! 他にもカレーとか、アイスとか、なんかスッゴイ混ぜながら食べるの。ちょー汚いの!! 食べ方汚い男は、女関係も汚いってのがあたしの自論だかんね! 悠は、ぜーったい、最悪!」

と、凡そ相手が中学生女子と言うことも忘れて、というよりも自分の立場を忘れて回答していました。恐らく、小坂部さんが聞いたならば、絶叫しそうな赤裸々トークです。つくづく、身内と云うものは恐ろしいな、と思いました。
 ただ……それだけならば、おれは無関係のままでいられるのですが……その話をしているとき、と云うか、四組に滞在しているとき、常に小坂部先生はおれの近くに居ます。
 おそらく、「寂しそうに独りでいる生徒には声を掛けて交流を図る」というような教育指導を率直にこなしているのでしょうが、おれは独りで居ても寂しいわけではないので、少し困ります。
 更に、おれのことを「ツブツブ」と呼ぶのにも、やや抵抗があります。もしかしたら、覚えている生徒の名前が少ないのかも知れません。何かあると、大概、おれを指名します。流石に他の先生方がいらっしゃる前でツブツブ呼びはないのですが、休み時間など、

「ねー、ツブツブ! プリント運ぶの手伝ってくれないかなー??」

と、よく呼ばれてしまいます。
 そのような時は決まって、斉藤を初めとした近くの男子が、

「いーえ! 津吹なんか役に立ちません! ぜひ、俺たちに静センセのお手伝いをさせて下さい!!!」

と、立候補してくれるので事無きを得ることが多いのですが、先日は本当におれしかいない時に教材運びを手伝わされてしまい……困りました。
 どうにもおれは、腕力も握力も一般平均よりはるかに劣るため、プリントも、たとえA4版とはいえ数百枚を一気に渡されると、腕が震えてしまいうまく持つことが出来ません。更に、階段を昇るとなると……本当に重くて……しかし、小坂部先生は先に、おれの倍ちかい量のプリントを持ったまま闊歩していくので差は開く一方です。手摺の部分へプリントの一部を乗せながら運んでいると、不意に後ろから伸びた手がプリントを攫い、全部持っていってくれました。
 咄嗟のことで、お礼が言えず……その人は……直ぐに小坂部先生に追い付いて、一緒に話しながら踊り場へ姿を消してしまいました。後姿だけでも、その人が誰だったか……分かります。

「遊人くんが、あんなに大きくなっちゃうなんて詐欺よねー! 悠より大きいんじゃない?? も、昔はあたしより全然ちっちゃくて可愛かったのに! 悠とよく対戦とかしてて! でも、悠のがゲーム上手いから、なんかアレだったけど。で、夕焼け放送の流れる五時とかになると、攻ちゃんが『遊人! チャイムが流れてからの帰宅では遅い!』とか何とか云って迎えに来るのよね。ソレ見て、あー、あたし攻ちゃんと兄弟じゃなくて良かったーとか思った!」

 これは、昨日の給食中の台詞ですが、やはり小坂部先生は染谷さんのことも良く存じている様子です。考えてみれば、染谷さんのお兄さんは小坂部先生の一級下になるので、この中学校で一緒に学生生活を送っていたことがあるわけですから尚更です。
 その中学校生活が懐かしく思えたのか、小坂部先生は教育実習へ来た理由に「給食を食べたくて!」と答えていました。高校や大学となると給食と云うものは無く、購買や学生食堂になるらしいのですが、やはり皆で盛り付けて皆で食べる食事というのは格別なんだそうです。
 話を聞きながら、おれも……今居る、中学校生活を懐かしく思うときが来るのかな、と考えたら少し不思議な気分になりました。

 しかし、確実に時が流れていくのは事実で。

 特に今頃、六枚つづりのカレンダーが残り一枚になると、もう、今年も終わるのだな……と気付きます。
 夏を最後に殆どの部活動で三年生が引退し、全国大会へ出場していた野球部や男子バレー部などは秋口まで三年生が在籍していましたが、新人戦を機に多くの部活動が新体制に切り替わりました。
 おれたちの男子卓球部も新部長が決まり、今は冬に行われる大会へ向けて練習をしています。新部長には高草木が、副部長には三沢と笠原が任命されました。代々、茅中男子卓球部は

「参加日数が一番多い人が部長になるんだ!」(川瀬さん談)

と、云うことで実力よりも努力重視な様子です。確かに、実力では川瀬さんより小坂部さんの方が上でも、あれほど部活動を休む人が何かの役についていたら、活動を円滑に行うことが出来ません。
 今も、男子卓球部の活動場所は二階の中央フロアですが、三年生の教室が並ぶ階で、三年生なしに活動することに未だなれずに居ます。
 部活動を終えた三年生の殆どが受験に備えて勉強をしている様子。私立推薦入学をなさる方で、早い人になると今年中に進路が確定するそうです。確か……兄さんも受験は早く、特別推薦枠での入試の為、年明け早々には進路が決まっていました。その兄さんも来年受験に当たり、進路を政経にするか、法学にするかで悩んでいるようです。兄さんの場合、大学付属高校なので、付属大学へ進学する場合は特に受験する必要はない様子なのですが、内部進学でも、評定平均により進学できる学部に限りがあったり、また、付属大学以外へ進学する場合……付属大学には医学部が無いので、医学部を目指す場合は他大学受験となるようです……は、また、色々と大変なのだと教えてくれました。
 兄さんは自宅から通学を希望しており、また特に医学部進学なども考えてはいないようなので、付属大学へ進学する様子です。
 おれも来年は受験生になるので、兄さんと一緒に頑張らないと。兄さんは進学先に、自分が在籍する私立高を勧めてくれますが、おれにはまだよく分りません。
 三年の先輩方もどちらを志望しているのか分らず、小坂部先生も小坂部さんの進学先に関しては、

「わっかんないのよねー! あたしとしては国立高専でいーじゃない、って思うんだけど、悠はオンナノコがいなくちゃヤーとか云って、夏休みの高校見学なんか何考えてるのか久我女子に見学申し込み出してたしね! いや、ソレ、無理! とかゆって、大笑いして、他に私立とかもあるよとか云うんだけど、なんか家のコトとか考えると落ち込むみたい。あたしとしては、悠がシャチョーとかになった瞬間、潰れると思うんだけどね、ウチ!」

と、はっきり分らない様子で、聞きに来ていた女子へも同じように伝えていました。確かに、小坂部さんは小坂部建設の次期を担う存在なので、難しいのだと思います。西川さんなどは、

「俺が布団屋を継がなくて、誰が継ぐ!」

と、息巻いていたので、特に将来に関して憂えている様子は無いのですが。
 他にも、茅中学校は学区内に商店街を有するだけあり、将来が既に決められているような生徒も多く存在するだけに、やはり進路指導などは難しく、進路先も多種多様になる様子です。
 実際、同じ部員でも笠原の家はバレエ教室を営んでいますし、斉藤の家も建設業です。高草木や伊鈴さんの家は農家で、伊鈴さんはバンドを続けられれば高校はどこでも良い、と言うようなことを仰っていました。高橋さんと秦さんは同じ高校へ進学する様子ですが、私立だけは無理、とも仰っていました。
 そして、川瀬さんと染谷さんは……何処へ進学するのか、知りません。川瀬さんは

「頑張れば、頑張った結果になると思う!」

と、結果対応型のようですし、染谷さんは……非常に優秀な方なので、部活動の方でも私立高から声が掛かっていると聞きます。今はまだ、同じ校内に先輩方がいらっしゃいますが、来年は……来年にはいなくなってしまう。

 貴方の居ない空間で、貴方との記憶を巻き戻しながら生きる。

 一人で居ることは寂しくありませんが、独りで残されることは淋しいです。居なくなって淋しいと、淋しさを感じられるほど貴方が傍に居てくれた事実に驚きます。本当に、凄く……淋しいです。
 


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