「隣、いいかしら」
星ヶ丘大学の最寄り駅から1駅ほど行ったところにある焼き鳥居酒屋“玄”の暖簾をくぐり、いつもの席をキープしていたカーディガンの男の隣につける。チラリとこちらを窺ったその目は鋭く、殺気に満ちていた。
「何の用だ、宇部」
「プライベートで飲みに来ただけよ」
「いらっしゃいませ〜。お通しです〜。ご注文は〜」
「5種盛りと生中を」
「少々お待ちくださ〜い」
「人も大分落ち着いてきましたねー」
「今日は元々祝日というのもあるが、これからもっと暇になるぞ。大学に来る人数が減るからな」
情報センターのバイトにも大分慣れてきた。最近では最初の頃に比べてセンターの利用者も減って、落ち着いて仕事が出来るようになってきた。ゴールデンウィークを過ぎればもっと落ち着いてくるとは林原さん。
「そう言えば、春山さんは実家に帰っているが、お前は戻らんのか」
「帰らないですねー、出てきたばっかりなので」
「それもそうか」
「やっぱりさ、僕って最先端過ぎてちょっとまだみんなには早いんだよね」
三井が負け惜しんでいる。負け惜しむ原因については授業中に筆談で聞いたし、会話をしていたルーズリーフも証拠物件として保存してある。しかしまあ、負け惜しませたら右に出る者がないな。
「……菜月、三井はどうしたんだ」
「何か、オトそうとしてた子に部活が忙しくなるからってフラれたのと、FMむかいじまでやってたラジオパーソナリティーコンテストで惨敗したってのが主な原因だな」
「本当に外さないな」
「――ということがあってさー、大変だったんだよー」
「あ、有り得ない……」
徹がドン引きしている。しばらく振りに顔を出したサークルで、私たちがいなかった日に起きた大事件の話がその元凶。私もその場に居合わせなくてよかったとしか思えないし、困っちゃったよーと大石君が言うよりもっと現場は壮絶だったのだろうと。
「残党が潜んでたらどうするんだ、機材の中に卵でも産みつけてやがったら」
「ええ〜っ!? 石川、そんな怖いこと言わないでよー!」
「どうしてカゴを持ち込ませた」
「だって中身がゴキブリだなんて知らなかったんだもん!」
「菜月、そろそろ昼放送のペアを決めようと思うんだけど」
「そうか、そうだな」
MMPでは、通年の活動として食堂での昼放送がある。去年の春学期までは生放送をやれてたんだけど、夏休みに食堂事務所の機材が変わってから収録放送の形で事前に録った30分の番組を流させてもらっている。
正直、昼放送とインターフェイスの活動があるからそれなりにやってる風に見えるけど、実際通常のサークルで何かをやっているのかと言えば……うん、その辺はお察しだけど、やってるにはやってるから。