「スガノ君、ありがとね」
「いや」
朝霞クンが熱中症で倒れた。そういうのには誰よりも気をつけていたはずの朝霞クンが。スガノ君から連絡があったときには本当にビックリして。だけど、言われた通りの買い物をして言われた場所に行ったら本当に朝霞クンが倒れてた。
最初の応急処置はスガノ君がやってくれてた。それに合流してから朝霞クンを病院に連れてって。意識はあったし脳にも異常はなかった。病院で処置を受けた後は家でしばらく休んでてねって現在、ド深夜に至ってる。見方によってはまだ木曜日。
あやめから指定された時間、場所に向かうと、少し見ない間にカッコいいことになっていた。燦然と輝く青い機体、そして新品同然のヘルメット。
「あやめ、お前原付買ったのか」
「バイクの免許を取ったんです。なので本当は中型のバイクまでなら乗れるんですけど、維持費とかその他もろもろを考えて原付二種にしました」
原付二種と言えば、俺の近場なら戸田が乗っている。普通の原付よりもパワーがあるし、二人乗りも出来る。それに段階付き右折もない。二種に乗るとただの原付には乗れないと戸田は言う。
あやめがバイクの免許を取り、原付を買ったときにはかんなもそれはもう驚いたらしい。ただ生活をするなら部屋の近くで何でも揃うし、足は特別必要になるものでもない。またどうして二輪だったのかと。
丸の池ステージまでもうあまり日がない。今日は、大学の野外公会堂を借りて行われるリハーサル。大道具も搬入して、本番に近い環境で行われる練習だ。機材の上にはテントも張っていて、結構大掛かり。
「スガー! 準備できたぞー!」
「ああ。後はうちの班の番がくるまで段取りの確認とかを頼む。暑いし、出来るだけ影を見つけて休んでてくれ。俺は班長の仕事があるから後で合流する」
「了解〜!」
ステージの脇の方では、個別に張ったと思われるテントの下で部長が悠々とキャンピングチェアーに腰掛けていた。わざわざ電ドラで電源まで引っ張ってきて、扇風機が回っている。
部長とは言え、いい身分だ。扇風機は部長よりも機材を冷やすために使うべきじゃないかと思ったりもする。星港市の予想最高気温は36度。影もないここでは体感温度はもっと上がるだろう。
7月も後半になってテストも近くなると、情報センターも繁忙期に入るんだそうだ。俺にとっては初めてのテスト期間ということもあって、自分のテストのことも心配だけどセンターの繁忙期も心配だ。
繁忙期ともなるとセンターには利用者がひっきりなしにやってくる。だからいつもよりもシフトはカツカツだし、授業の合間の1コマ分だろうと入れるところには容赦なく突っ込まれている。
情報センターで課題をしたりするのは主に文系の人たち。林原さん曰く理系の人はゼミ室とか情報系の教室にこもってやってることが多いとかで。確かに俺も入学するときに学科で小さいノートパソコンを買わされたし、課題とかはそれを使ってる。
「……朝霞クン、大丈夫?」
「何がだ」
「頭痛そうだけど」
「痛くはない。じわっとなってるだけだ」
右手は後頭部に、左手は紙の上に。どう見たって頭が痛そうなのに作業をやめない朝霞クンだ。ゼミのペア発表の方は無事に終わったけど、今度は別の課題が出されている。ただ、朝霞クンの広げる紙は例によって部活関係。
クマも眉間のシワもひっどい。8月最初の土日に丸の池公園でステージをやるらしいんだけど、そこに向けたラストスパートなんだそうだ。だからと言って、無茶して体を壊すのはよろしくない。