「ねえ野坂、何でまた来てんの」
「俺が聞きたい」
今日も今日とて対策委員だ。もう初心者講習会まで日がない。各人、講師候補の先輩と打ち合わせをしたりやれることをやっているけど、今日の会議にはまたこの人が乱入している。今日は尾行されているかどうか少し気を付けてきたのに、気付かなかった。
三井先輩は是が非でも初心者講習会の講師に自分の推すプロのラジオパーソナリティーの人を組み込みたいようだった。インターフェイスの空気の軟化のような物を危惧しているようで、すぐにでもプロの人にガツンと言ってもらいたい、と。昨日はサークルでそんなようなことを言っていた。
「あーもう、おはよう」
「菜月先輩、おはようございます。今日はきっと大丈夫ですよ」
「そうだといいけど」
今日も平和にサークルが始まるものだと思っていた。1人、また1人と人数が増えて行って、1人増える度に「おはよう」とか「おはようございます」と挨拶をして。
菜月先輩は図書館でスポーツ新聞を読んで来たのか、少々ご機嫌斜めなようだ。それに対して奈々は機嫌が良さそうにしている。ここは野球の結果如何で扱い方が分かりやすいのがいい。
「おはよー」
「三井先輩おはようございます」
「菜月、4連敗だね!」
今日は火曜日で、昼休みには昼放送のオンエアがある。オンエアは主にミキサーのノサカが担当していて、うちは見守り役。別に何をするでもないから来なくたって問題はないんだけど、一応相方だからその責任として来ている。
うちが食堂裏口前の通路に座ってパンを食べていると、突然裏口の扉が開いた。圭斗だ。自分以外の曜日に来るだなんて珍しいことがあったものだ。どうしよう、晴れの予報だったから傘を持ってきていない。
「おはよう」
「どうしたんだ、圭斗」
「菜月、この後時間はあるかな」
「授業の後だったらいくらでもあるぞ」
「そうか、ならよかった。とても重大な話があるんだ」
昨日一昨日の間に、MBCCサークル室では一大事件が起きていた。それを発見したのは俺だ。そういやCDを置き忘れていたと思ってサークル室に来てみれば、明らかに金曜にここを閉めた時とは状況が変わっていたのだ。
そこらじゅうにベタベタと貼られたウチの備品の付箋には、あれこれとダメ出しめいた文言が書かれている。そう見覚えのなかった筆跡だったから、手がかりを探そうと雑記帳やアナノート、ミキノートを開いて答えが分かる。
どうやら、向島の三井が土曜日にこの部屋の鍵を開けて侵入してやがったようだ。ご丁寧にも、雑記帳には土曜日の日付と一緒に「三井参上!」と書かれていて、この惨状の犯人を探すまでもなかったのが救いか。
何が起こっているのか一瞬理解出来なかったというのもあるし、俺自身の冷却期間も欲しかった。とりあえずその日は「明日でいいか」と放置して、やってきた明日が今だ。月曜の1限の時間帯にこの部屋に来るメンバーはまずいないだろう。伊東を呼び出し、この状況を見せる。
「あっ、来たな浅浦」
「甘くないのも焼くって言うから来てみたけど、何やってんだ?」
「布団干し」
久々にバイトもない日曜日、今日は1日読書をしていようと思ったところにかかってきた電話。パンケーキ焼くからうちに来いよ、と。パンケーキのイメージと言えば、バターや大量のシロップ。元の生地も甘く味付けしてあって、とてもたくさんは食べられない。
ただ、言われるままに来てみれば、肝心の家主は火にかけたままのフライパンを放置したまま布団干しをしていた。そして、その彼女は洗い終えた洗濯物が詰まったカゴをベランダに運び出している。