虚ろな目をしてマスク姿。気だるげにゼミ室にやって来た徹は、明らかにいつもと様子が違っていた。買って来た物を冷蔵庫に入れて、力なくソファに腰掛ける。昨日から喉が痛いという風に言っていた。もしかしたら、病院に行ってきたのかもしれない。
「……徹、大丈夫…?」
「美奈、インフルの判定をもらってしまった」
「えっ…!?」
「全身が痛いし怠いし、熱も40度まで上がったからもしやと思って病院に行ったら」
「……どうして来たの」
「インフルなんか持って帰るワケには行かないだろ」
「あ〜、マジムリ〜!」
「喚いてないでさっさとやれよ」
「再来週までに2万字とか拷問でしかないだろ!」
「コツコツやってりゃそんな大袈裟にビビるようなモンじゃねえ」
木曜4限はゼミの時間だということで、テスト期間に於いてはただの空きコマと化していた。俺は飯野を引き摺って社会学部棟5階にある安部ゼミの研究室に籠もり、レポートの執筆を始めさせることに。飯野のレポートの出来如何によっては俺の成績にも影響してくるからだ。
俺はレポートこそしっかり書いているが出席の足りないタイプの問題児で、飯野は出席はフルでしているがレポートがゴミクズなタイプの問題児だ。安部ちゃんに交渉した結果、俺が飯野のレポートをそれなりに読める物にすることで飯野の出席ボーナスから0.5〜1回分俺にツケてくれることになっている。
「ただいまー」
「おっ、お疲れ」
今週から緑ヶ丘大学ではテストが始まった。春は寝坊でレポートがひとつ出せなかったという大失敗もしたし、今回は寝坊をしないようしっかり備えておきたかったんだ。それでエイジにモーニングコールでも何でも、とにかく1限に間に合うように起こしてもらうよう頼んでいた。
普段だったらそれくらい自分でやれと怒られそうなものだけど、今回はエイジも俺の部屋にしばらく住まわせて欲しいと頼んで来たんだ。それというのも。冬の怖さだ。今年はまだいい方みたいだけど、交通機関が麻痺するほどの雪が今から降らないとも限らない。せめて星港市内にいれば、とのことで。
「なあ慧梨夏、ちょっと考えてたんだけど聞いてくれるか」
「うん、どうしたの」
洗濯した物を干そうとカゴに入れていて、ふと思ったんだ。こんな風にさあ洗濯物を干すぞって思いっきり窓を開けられるのも、もうわずかな時間しか残されていないんじゃないかって思って。それは別に洗濯物に限った話じゃない。布団干しにしてもそうだ。
「俺にはもう時間が残されていない。だから冬の間に溜まった洗い物を、来週の日曜日までに全部出してくれ。宣戦布告する。洗濯戦争を始めるから」
「うん、わかったけど時間が残されてないっていうのは? 部屋を引き払うからじゃなくて?」
テストが近くなってきて、情報センターを利用する人の数も増えてきたなーって思う。そうなってくると、スタッフの方もいつもより多くスタンバってて、特に授業のほとんどない春山さんなんて、1日中センターにいるくらい。
放課の枠に入って、カナコさんの姿が見える。ちょっと前まではエレベーターの方から来てたと思うんだけど、最近では事務所のある5階まで階段を使っているんだとか。美や演劇への意識なんだろうなあ。本当にストイック。
「おはようござ、いたぁっ! ……おはようございます〜」
「カナコさん大丈夫ですか?」
「またバチっちゃった〜。何でこんなに静電気ばっかり。冬だからかな」
「乾燥してるとバチバチするって言いますもんねー」