「……まだ、寝てる…?」
そろりと助手席のドアを閉め、緩く倒した運転席に目を落とす。眼鏡をかけたまま、リンが仮眠している。私は、サービスエリアをぐるりと回って、戻ったところ。
成り行きで、リンとドライブをすることになった。こういうとき、学生のノリと勢いというものを実感する。エリアを越え、今いるのは西の観光名所である西京エリア。
ドライブをすることにしたまではよかったけれど、行き先を少し悩んでいた。行くべき場所を決めたのは、偶然カーステレオから流れたマイフェイバリットシングス。そうだ、西京行こう。
西京では、早朝から定番の寺社巡りをして、食事をして、買い物をして、お茶をして。それぞれの体験が星港でするそれとは受ける印象が違っていて、いろいろと刺激された。
ただ、リンは昨日から一睡もしていなかった。寝なくても帰れるがさすがに少しは仮眠を取った方がいいかと聞かれたときには、頼むから寝て欲しいとお願いをして今に至っている。
「……ん……何分経った」
「30分……」
「そろそろ行くか」
車にエンジンがかかると、この時間の終わりが近付いているのを実感する。終わってしまうのが、向島に戻るのが寂しい。誰の邪魔も入らないこの場所で、このまま。そう思わずにはいられなかった。
景色がすごい速度で流れていく。法定速度よりいくらか速いリンの運転では、向島に戻るのも少し速い。西京で、そろそろ帰るかと聞かれた時に「もう少し」と言っても良かったかもしれない。
「美奈、巻き込んで悪かったな」
「ううん……楽しかった……」
「それならいいが」
「……リンは、どうだった…?」
「オレも楽しめたぞ。如何せん大学に籠もりきりだからな。いい刺激になった」
「そう……」
「石川の情操ではなかなかこうはいかんからな。美奈、機会があればまた付き合ってくれ」
「……悦んで」
次回があることに期待をしてもいいということがわかると、途端に次に心が向かうのだから私は単純だと思う。少なくとも、鬱陶しがられてはいなさそうで。
「ただ、買い物は少し加減してくれ。車で来ているとは言えそれまでの荷物持ちは腕が何本あっても足りん」
「反省、する……」
西京では最後に大きな街を回っていた。星港にないショップを見つけてはその度につい入ってしまって、この間麻雀で勝ったから大丈夫だと思って素敵な靴と鞄を買った。
あまり考えずに買い物をしたのはよかったけれど、それまでにもお土産を買い込んでいたから荷物に埋もれることになってしまって。それを見かねたリンが荷物を持ってくれていた。
「買い物をするなとは言わん。あれだけ生き生きとしたところを見せられてはな」
「……そんなに、生き生きしてた…?」
「遠方で開放的になったのか? それとも、普段から買い物のときはああなのか? この1年と少しでお前のことを随分知った気でいたが、まだまだ知らんことは多いな」
気分が良かったのは、買い物もあるとは思う。だけど、一番は2人でいられたからだというのを貴方は知らない。貴方の前では、私も知らない私になっている。新しい私の発見は、いつだって貴方からもたらされる。次は、何色?
「リン」
「ん?」
「次は、私が運転する……」
「いや、オレが出す。どうせ遅いと思っとるのだろう、120は出とるんだがな」
「……そうじゃない」
「ん? お前がスピード狂なのは事実ではないか」
「もう、知らない……」
リンのデリカシーのなさは知ってる。大体、自分だってスピードは出してる癖に。もう、わからずや。不貞寝、しようかな……。
end.
++++
例によって「サンセットサンライズ」かーらーのーリン美奈。なのでナノスパ比で糖度高め。
リン様は大学に籠りきりですが、外に出て遊ぶのも実は嫌いではなく機会の巡り合わせと気分がバッチリ合わされば何だってやっちゃうタイプ。
イシカー兄さんにせよリン様にせよ買い物好きの女子の相手は大変なこともあるのだと学習したようで。いつか語り合ってほしいけど、リン様から美奈とのあれこれが語られると兄さん発狂しそうだな