「ありがとうございましたー」
「ああ、また来な」
「うお姐ありがとー」
戸田が魚里に掛け合って、魚里班の名前で源に機材を触らせているという話は聞いていた。どうやら今日もそんなことをしていたらしい。
悪いことをしたつもりはないが、何となく物陰から源の様子を窺う。戸田の見立て通り、インターフェイスで光ったコミュ力はここでも発揮されている。
「……おい、鬼のプロデューサーさん。それで隠れてるつもりかい?」
「なに?」
「ガチで隠れるつもりなら、肩から降りてるそのひらひらしたのは外した方がいい」
「そうか」
別に隠れていたわけではないし、戸田と源ももうこの場からは離れている。俺が魚里の前に出て行ったところで何一つとして問題はない。
「魚里、いつもすまない」
「これくらいどうってこたないし、アンタにそう言われる筋合いってのも、ないんだけどねえ」
「……同情か?」
「まさか」
流刑地というのは何をするにも枷になる。もちろん、抜け道を見つけるかその枷自体を受け入れた上で枠をぶっ壊さなければ俺たちの歩く道は出来ないのだけれども。
俺たちと似て非なる、反抗勢力とも取れる魚里班も決してステージをやるにはいい条件とは言えない。幹部からは監視され、少しでも怪しい言動を見せればあとはお察しだ。
「確かに、環境で言えばどっこいどっこいだもんな」
「そうじゃあないねえ」
「ん?」
「朝霞。アンタ、あの子らの顔、見たことあるかい?」
「顔なんか毎日」
「そうじゃない。あーだこーだ言いながら機材触る練習をしてるときの顔だ」
言われてみれば、源の技術指導に関しては戸田に一任していたから、その現場に立ったことはなかった。もちろん、ステージの合わせ練習をしているから機材を触っている姿自体は見ている。
ただ、合わせ練習以外で機材に触り、基礎固めやら俺の要求やらに応えんと反復練習をするという姿は見ていない。俺が見るのは、その時点で出来上がった物だ。
「機材を触るあの子らの顔はな、イキイキしてんだ。上手くなりたいっていう前向きでひたむきな気持ちがさせてる顔さ。アタシはあの子らが、あの子ら自身の意思で練習したいって言って来るのに応えてるだけだ」
本来なら、班長である俺がそうさせてやらなければならないのだ。プロデューサーの立場にかまけ、甘え、班全体に目を向けることが出来ていないのだ。
「……俺は班長失格だな」
「そうは言ってない。何で上手くなる必要があるのか、それは朝霞の台本ありきだ。言っとくけど、1時間の台本を1年ミキサー1人に全部回させることがそもそものムチャだ」
「これでも3人体制のときよりは――」
「ただ、どこで感化されたのかねえ。新しい技術に対する好奇心と、変なプラス思考が上手く合わさってる」
そんな1年が自分を頼って来るんだから、班員じゃなかろうと嬉しくない理由なんかない。そう言って魚里は目を細める。
わかっている。こういうときに頼られるのは俺じゃない。確かに俺は威圧的だろう。ただ、俺にはああいうやり方しか出来ないんだ。
「アタシはねえ、戦う力のある奴に同情なんかしないんだ。だから、朝霞もだし、朝霞班にくれてやる同情なんざ、これっぽっちも持ち合わせてないねえ」
「ああ。俺たちは、いつだって最高のステージを作って、見ている人、参加してくれる人の心を打つために戦っている。そのためには、1ミリたりとも妥協は許さないし、許させない」
「朝霞班が、羨ましいねえ」
ここまで吹っ切れていれば幹部から何をされようが痛くも痒くもないだろうよ、という魚里の言葉に含まれる意味だ。まだ流刑に遭っていないからこそ逆に、という立場。
そもそも、同じ目的のために動くはずの部活内で立場がどうの、環境がどうのということを心配する方がおかしい。いつまで身内のはずの奴らと足の引っ張り合いをしてなきゃいけないんだ。
「魚里」
「うん?」
「俺も、お前にくれてやる同情なんざこれっぽっちも持っちゃいないぞ」
「鬼の目に涙なんざ期待しちゃいないさ」
end.
++++
気付けば丸の池前日。ギリギリまで技術を高めていくスタンスのつばちゃん&ゲンゴローである。
朝霞班のミキサー陣はつばちゃんのツテでうお姐のお世話になっているのだけど、機材を自由に使うことが難しい朝霞班で、3年アナ陣はその練習の光景を見たことがあるのかとふと思う
1時間の台本を1年ミキサーに回させるwww いち氏もビックリじゃねーかwww そら菜月さんらも合わせる度に上手くなってるのがわかるわw