「浅浦ー、飯まだー?」
「うるさい。黙って待てないのか」
例によって人の部屋に押し掛けてきては全身を預けるビーズクッションに身を投げ出してゴロゴロしているのは伊東だ。そもそもお前はいい加減ロフトから降りて来いと。
普段は自分と彼女の部屋で家事三昧だけど、俺の部屋にいるときだけはぐうたら三昧になる。伊東は家事全般が趣味なのにこれはおかしくないか。俺が好きなのは料理だけなのに。
「ほえー、相変わらず美味そうだなー! いっただっきまーす!」
今日のメニューはビーフシチューと軽く焼いたバゲット。ビーフシチューと言ってもそんな大層な物ではないんだけど。まあ、所謂手抜き料理とかずぼら料理の域に入る。
「俺、こんなのは作らないからなー、やっぱお前すげーわ。超うめー」
「お前の方がレパートリー自体は多いだろ。あの人のお母さんにも弟子入りしてるんだ」
「弟子入りってほどじゃねーよ。ほら、千春さん子供と料理するのが夢だったって言うじゃんな。姉ちゃんは東都だし慧梨夏には期待出来ねーし。俺も親だから知る慧梨夏の好きなモンとか勉強してるからWIN-WINだ」
「そういうのを弟子って言うんじゃないのか」
伊東の彼女、厳密には婚約者となった宮林サンの母さんは洋食屋の現役シェフなんだそうだ。なのにその娘の宮林サン本人は調理実習で高崎を2日寝込ませる劇物を生成した恐怖の料理音痴。
実際、大学に入って自然と始まった半同棲生活でも、家事全般が出来ない宮林サンのバランスを取るように伊東が家事全般に思わぬ才能を見せ、今では主夫とか家政夫が板に付きまくっている。
「プロポーズ成功してから何かあの人の様子に変化は?」
「特になし。ああ、時期が時期だけに原稿に忙しそうにしてるな」
「その情報は要らない。籍はいつ入れるんだ?」
「来年の11月」
「記念日か」
「そのつもり」
「式は」
「近しい人だけでこぢんまり。あ、お前は呼ぶから心配すんな、友人代表」
学生結婚をすることにしたのは、卒業や就職してからだと手続き云々が面倒になるという部分を見たらしい。遅かれ早かれ結婚はするんだと互いに強く思ってるんだから、時間にゆとりのある方がいいと。
と言うか友人代表って何だ。確かに共通の友人ではあるけど。俺も今から挨拶云々のことを考えなくてはいけないのだろうか。そう考えると少し憂鬱だ。あ、礼服どうしようか。
「ま、すぐにはそんな変わんないだろうな。籍を入れたらしばらくは新婚っぽくなるだろうけど」
「バカップルがさらにバカップルになるのか」
「卒論とか就活の様子見てだろうけど、新婚旅行なんかもしたいよな。学生の方がその辺有利な気がする、時間的には」
「ま、精々聖地巡礼ツアーとかイベント行脚に付き合わされないように気をつけるんだな」
「割と現実的だからやめてくれ」
バゲットをかじって首を横に振る伊東の様子を見ていると、確かにしばらくはそう変わることもないんだろうなと思う。劇的な変化が見られるとすれば、2人の子供が出来た時点だろうか。
「家族計画は?」
「そりゃ子供は欲しい。互いの収入や仕事の状況を見つつだけど、その辺は計画的に。最終的には3人くらいは欲しいと思ってる。その頃にはもうちょっと社会保障とか保険とか。制度が充実してると嬉しい」
「やっぱお前考えてんだな」
「それなりには。勢いだけでプロポーズなんか出来ねーよ」
「おみそれしました」
変わってないと思ったけど、コイツの意識はプロポーズ前と後でよりしっかりと変わってんだな。友人代表として、どこまでやれるか見届けてやらないと。
end.
++++
いちえりが正式にプロポーズイベントを終えたところでその後の腐れ縁。友人代表浅浦雅弘である。
多分いち氏はあんまそうは見えないけど結婚したときのこと、お金とか保険っていう意味での生活のことを考えてんだろうなあとは思う。
一品だけを許さない主義の浅浦雅弘にしては、ビーフシチューとバゲットだけというのはちょっと手抜きの域に入るのかも……ってねーよこれが手抜きだったら普段どんなことしとんのや