「ちー、いるー?」
「ああ、あずさ。どうしたの?」
「ううん、ちーは今年の年越しどうするのかなと思って。ハルちゃんはお店でしょ?」
「今日は休みにするって言ってたけど」
「あ、そうなんだ。じゃあハルちゃんも一緒におそば食べようよ。ちーがいっぱい食べるからって思っておそばはいっぱい持って来てるし」
あずさがおそばと天ぷらの材料を持ってうちにやってきた。あずさがこうやっておかずの入ったタッパーや食材を持って来てくれたりするのは父さんと母さんが亡くなってから。あずさのお母さんが持たせてくれていた。
「あっ、いい匂い。ちー、何作ってたの?」
「黒豆。ほら、お正月だし」
「ねえちー、味見したい」
「味見にはまだ早いよ」
年越しと言えばおそば、それからお正月と言えばおせち。だけど、うちでは年越しそばはともかくそれらしいおせちを用意することはない。おせちの中でもこれは食べたいなと思う物だけ用意するっていう感じで。
今は黒豆を炊いているところ。マメ(勤勉)に働き、マメ(丈夫で元気)に暮らせるようにっていうお願い。俺と兄さんにとってはこれが一番大事なんじゃないかなって思う。だから黒豆だけは外せない。
「毎年思うんだけど、ちーの黒豆って本当に美味しいよね」
「ありがとう」
「って言うかちーってあたしより料理上手だよね」
「そんなことはないと思うよ。あずさはいろいろ出来るけど、俺は少ないおかずのローテーションだもん」
「違うの! 味が段違いなの! ちーの料理はシンプルだけど味が本当に美味しいの!」
「――とか言いながらだて巻き取ってかないでね」
「あっバレてる」
戻すのも難だし、などと言いながらだて巻きをつまみ食いするあずさの反応を見ていると、自分でも味見はしたけどそれなりに上手に出来てるんだなと思う。
昔は、味はともかく食べられればいいやっていう料理だった。だけど、食べられればいいという一次的な欲求から、美味しい方がいいなあっていう二次的欲求になったのは贅沢と言うか、進歩だということにしておこう。
「俺の料理はさ、山井先生に教えてもらったことが基本になってるよね」
「あ、料理クラブの?」
「そうそう。ほら、俺の場合事情が事情じゃない。一刻も早く包丁や火を大人と同じように使えるようになる必要があって。だからクラブの時間以外にも教えてもらってさ」
父さんと母さんが亡くなってから、兄さんは昼夜問わず働いて、俺が一切の家事を担当するようになっていた。それまで家の事なんてやったことがなかったから、始めたばかりのころは本当にてんやわんやだった。
小学校の授業では、スポーツ少年団などとは違うクラブ活動のコマがあった。俺はもしかしたらタダで料理教室みたいなことをしてもらえるんじゃないかって思って5年2学期からは料理クラブに入った。料理を習い始めたのはそれから。
「山井先生はさ、「難しいことは大きくなってから自分で考えなさい。今は基礎をしっかり身に付けなさい」って言ってさ」
「その基礎がちーのごはんの味の土台なんだ」
「そうだね。黒豆の煮方も教えてもらったんだよ。でも、一応毎年自分なりに改善点を探してはいる」
「向上心が凄いなあ」
「あっ。あずさ、ブラウスの袖。ボタン取れかけてるよ」
「あー! ホントだー! どうしよう、ぷらぷらしてる」
「今つけ直すからちょっと待ってて」
料理の他には、ボタン付けは出来た方がいいと言われてそれも山井先生から習った。小学校のクラブの中には手芸クラブもあったけど、それは俺の思うような手芸とは違った。やっぱり料理の方が必要で、楽しかったという事情が大きく。
「はいあずさ、出来たよ」
「ありがとう。ちーは優しいねえ」
「何言ってるの。あずさの方が優しいよ。いつもありがとう」
「急に改まっちゃうと、な、なんか恥ずかしいなあ!」
「あっそうだ。あずさ、黒豆味見する?」
「するっ!」
来年も、マメに働き、マメに暮らせるように。他のお願いもあるけれど、自分だけじゃなくて周りの人もそうあってほしいなあって。
end.
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市販のおせちもいいけどちーちゃんは自分で作れるものは作るのね。多分バイトも休みだから時間があるんだろうなあ
ちーちゃんはいわゆる五教科の勉強以外の家庭科とか技術の授業を結構一生懸命やってたんでないかと思った結果のこのお話。
勤勉に働き丈夫に元気に暮らすっていうのはそれこそちーちゃんがちーちゃんたるところよね。丈夫に元気が売りの体力お化け。