気付いたら、ゼミ室の流し台に見慣れぬ機器がある。機器と言っても実験器具のような物ではなく、ジャンル的には調理器具となるのだろうか。土台の上に透明なグラスのような物が立っている。
それを観察していくと、電源ボタンのほかにモードを変更するようなボタンがある。透明なグラス部からも土台の上面を覗けたが、これは刃か。ほう、ミキサーのような物か。
「……リン、どうしたの…?」
「美奈。いや、これは何かと思ってな」
「私の、私物……」
「ほう」
買い物袋を提げた美奈にこの機器の用途を尋ねれば、オレの思った通りでよかったようだ。その買い物袋には、野菜が見える。尤も、岡本ゼミで調理する前の食材を買ってくるのは美奈くらいだが。
どうやら世間ではいくらか前から好みの食材を粉砕、攪拌したドリンクを飲用することで素材の栄養をあまなく摂取するという美容・健康法が流行しているらしい。
「私も、最近はあまり野菜が摂れていなかった……」
「学食でサラダバーを用いてるではないか」
「あれだけじゃ、足りない……」
美奈が言うには、最近ではそのようなドリンクの他にも凍らせた果物を直接絞り出してアイスのようにすることの出来る機器というのが売られているらしい。
しかし、そのような機器を買ったところで最初のうちは張り切るかもしれんがそのうち飽きて戸棚の肥やしにするのがオチではないかと。その懸念には美奈もある一定の理解を示している。
「使った機器を、洗うのが手間……」
「しかし、お前はその作業を嫌がることはあるまい」
「これ……」
「ほう」
「グラスはそのまま飲むときに使える……コップに移さなくていいから、洗い物をひとつ、減らせる……」
「美奈、何かひとつ作ってくれんか。機器の動作に興味がある」
「リン、少し、手伝って……」
「ああ。何をすればいい」
エプロン代わりに白衣を羽織り、材料を下拵えしながら美奈は語る。凍らせた果物を入れることで微細な氷の触感を楽しむ飲料にもなるそうだ。ちなみに、果物を入れない場合は氷をそのまま入れるらしい。
尤も、自分は甘い物が食べられないから果物をあまり入れないが、よく洗ったレモンの皮やその絞り汁などを入れたりして野菜だけで飲むよりは青臭さを取る工夫をしている、と。
「リンは……レモンを絞るの、お願い」
「これも切ってそのままぶち込むのではいかんのか?」
「それだと、酸味と苦みが強くなりすぎる……」
「ほう」
「でも私の力だと、時間がかかるし、無駄も多くなる……」
適当に栄養価の高そうな物をぶち込めば良いと思っていたが、やはり飲みやすくなければ続かんということなのだろう。いくら機械化が進もうとも、手間を惜しまん者が最終的に勝利するようだ。
そもそも、機械というのは目的ではなく手段だ。少なくともこのジューサーは、栄養の偏りを解消するという目的で購入してきた物。透明なグラスの中で攪拌される食材が、ドリンクの体を成してきた。
「どうぞ……」
「ああ。……飲めなくはないが、もう少し甘い方がいいな」
「そう…? それなら、冷蔵庫に蜂蜜がある……」
甘さが欲しければ勝手に足せということか。しかし、そういうカスタムが出来るのは面白い。もしタイミングが合えば、オレもたまにもらってみるのも悪くない。如何せんゼミ室に長くいると不健康だ。
end.
++++
美奈が体のことを気遣ってみた回。美奈の調理助手として隣に立つリン様よ。エプロン代わりの白衣である。
この話を書いたころ、美奈にはコミュニティ局の方で風変わりなお知り合いさんがいて、スムージーのことはその人から聞いたとかだといいなと思っていた。
インターフェイスの方では夏合宿が終わったけど、この人たちには関係ない話なので何も変わらず通常運転です。