24/03/24 23:19:
▼落乱:
1.幼い頃の話

時は、室町時代末期。

アタシはタソガレドキ城の領地にある忍村で生まれ育った。

父がタソガレドキ忍軍の組頭であったこともあり、当然のように忍者になるべく鍛えていた。

当時は女の忍び…いわゆるくノ一はあまり多くなかったが、父の血なのか…アタシは才能を発揮してめきめきと上達していった。

そんなアタシに、父は次々と忍者たるものの心構えや技を教えてくれ、そんな様子を母は穏やかに笑って見守ってくれていた。

そんな母は、アタシが六つの時に疫病にかかって亡くなってしまった。

この年は前の年の大雨や洪水、蝗害の影響もあって疫病や飢饉が発生して、タソガレドキの領地内でも多くの人が亡くなった。

そうして、気付いた時には…アタシと同じ年頃の子供は、昆奈門だけになっていた。

昆奈門の父、雑渡さんはアタシの父の部下でもあり、友人でもあった。

仲のいい二人は、お互いの子供が男女だったのをいいことに、アタシと昆奈門を許嫁にした。

そうすれば互いにずっと縁が続くからっていう大人の魂胆が見え見えである。

村の存続を考えれば、年の近いアタシ達がそうなるのも、まぁ当たり前っちゃ当たり前だったのかもしれないが。

母を亡くしてからは、よくどちらかの家に行き来して…今思えば、アタシや父を慰めるためでもあったのだろう…アタシはすっかり昆奈門と仲良くなった。

アタシ達は正反対の性格だったけど、それが丁度良くもあった。

許嫁になっていることは、お互い知っていたし、それに異を唱えるほどでもなかった。

大人が決めたことは絶対だったのもあったし、別に嫌ってほどじゃなかったし。


「ねぇねぇ昆ちゃん」

「……エミ。お前ねぇ…変なあだ名つけないでよ」

「えー。親しみを込めてるんだけどなぁ〜」

「親しみがあるなら尚更ちゃんと呼んで欲しいんだけど」

「うーん。それもそっか。わかった!昆奈門って呼ぶ!」

「そうして」

「でさ昆奈門。アタシたちって許嫁なんだって〜」

「そうみたいだね」

「ねー。ま、アタシ達はどうもしないよね〜」


会話終了。そんなもんである。

この頃…六つか七つの頃は、男女の体格差ってのは、むしろ女の方が先に発達するのもあり、アタシの方が昆奈門より背が高く、よく昆奈門を投げ飛ばしては恨みがましい目で見られたものだ。


「……すぐに私の方が大きくなるからな…」

「ふっふっふ〜。小さいなりに戦い方はあるもんね〜」

「…どうやってやるの」

「それは自分で考えないとね〜」

「チッ」

「あっはっはっはっはっ〜」


村の外では相変わらず戦は起こるし、大人達は傷を作って帰ってくる。

怪我をしてでも、帰ってきてくれるならいいと思っていた。母にはもう会えないんだし。

そう思っていたのに…

アタシが十になった頃。

父が、亡くなった。

部下である雑渡さんを…昆奈門の父をかばって、だ、そうだ。

後にも先にも、大の大人がこんなに泣いているのを見たのは、この時が初めてだった。

父にとっても雑渡さんの存在が特別であったように、雑渡さんにとっても、父の存在は特別であったのだろう。

疫病や戦もあって、長く生きるのは難しい時代だ。

それでも、これまで共に生きていた仲間を、友を失うのは…しかもそれが、自分が原因だなんて、耐え切れるだろうか。

なかなか実感がなかったアタシは、泣いて謝る雑渡さんの背中を撫でた。

驚く雑渡さんにアタシは思っていることを伝える。


「父は、アタシ達の中で生きています。アタシの母も、忘れない限り、生きています。だから生かされた雑渡さんは、組頭になって、生きているアタシ達を、タソガレドキのみんなを守るために、がんばって、生きてください」


雑渡さんはアタシの言葉を聞いてくしゃりと顔を歪めた後、優しくアタシの頭を撫でてくれた。

後から、その様子を見ていた昆奈門に「大丈夫?」って聞かれたけど、アタシは何て言ったらいいものか…と首を傾げて、やっぱり思ったままに口を開いた。


「正直、よくわかんない。実感がなくてさ…母は、アタシの目の前で亡くなってしまったから受け入れるしかなかったけど…今回は、父の亡きがらも見てないし。雑渡さんが悲しんでいるのを見て、本当にいなくなっちゃんだな、ってのは分かるけど…」

「……私の父を、恨んではいないのか?」

「そんなことしたら、父に怒られるよ。父が命をかけて助けた人だよ?生かす価値がある人だよ?…実際、二人が一緒に亡くなっちゃったらこの村は大変なことになってたけど…でも、雑渡さんが生きて帰ってきてくれた。だから、まだなんとなる。この村は大丈夫だよ」

「……エミ」

「なに?」

「泣くの、我慢してる?」

「……なんて言うか…こう言うとアタシが薄情な人間に聞こえると思うけど…涙が出る、とかじゃないんだよねぇ〜…父がもう帰って来ない、って実感できた時に…泣けるかなぁ〜…」


アタシは、父と二人で住んでいた家の、天井を仰ぐ。

この家にはもう、アタシしかいない。

十になったばかりのアタシが一人で住んでいくには大きくて…アタシは長屋で村のみんなと暮らすことになると思う。そうなればこの家は…まぁ、なくなってしまうだろうな…

人が住まなくなった家は、傷むのが早いから。

静かになった家の中をなんとなく眺めていたら、昆奈門に「なぁ」と話し掛けられた。


「うちに来ないか?」

「昆奈門ちに?いや、流石にご迷惑だろ…あと、雑渡さんがすんごく責任感じてあれやこれやと手を焼かれそう」

「それは…確かに…」

「でしょー?だからいーの。長屋のみんなと協力して生きていくよ」


昆奈門は何か言いたげだったけど、最終的にはアタシの気持ちを尊重してくれた。

その後アタシは長屋に住むことにはなるんだけど、たびたび昆奈門ちに招待されて、一緒に過ごすことになる。

雑渡さんなりのアタシへの罪滅ぼしだろうと思い、ありがたく甘えさせてもらっている。

父が亡くなろうと、アタシがやれることは変わらない。

一人前の忍びになるために日々鍛錬に打ち込むだけだ。

そんなこんなで月日は流れ、十三になったアタシ達はタソガレドキ忍軍に入隊する。

大人に混ざっての訓練は過酷なものもあったけど、乗り越えられないなら戦場で死ぬことは分かっていたから、アタシも昆奈門も食らいついていた。

実力はあったからね。アタシも昆奈門も認められるのは早かった。

それに、忍軍での父の話をしてくれる人もいて、まだ知らない父の姿を知ることができたのも嬉しかった。

着々と力をつけていった、十五の時。

山本陣内さんをかばって、昆奈門の父…雑渡さんが戦死した。

この時アタシは、かばわれた人は、その恩を人生のどこかで返してしまうものなのかな、と思った。

山本さんもかなり重症で…回復してからは、昆奈門や雑渡さんの奥方様に謝ってばかりだった。

申し訳なさは、感じるだろうな、と思いつつ、昆奈門や奥方様はなんて声をかけるのかと、遠くから見守っていたら…奥方様は一言だけ告げて、その言葉に山本さんは泣いていた。

口元の動きから見るに、「生きててくれてありがとう」かな…さすが、奥方様だな…

昆奈門はなにも言わず、ただ手を差し出して…その手を握り返した山本さんが、さらに泣いていた。

生きていていいと肯定されるのは、残された者にとってはかなり救われるだろう。

昆奈門はいい上司になるな〜なんて思いつつ、アタシは自分の訓練に戻った。

その日の夜。

アタシは昆奈門に呼び出されて、タソガレドキ領の外れにある丘の上にいた。

見晴らしのいい場所で、くせ者がいればすぐに分かる場所だ。

まぁ、ここまで来るのに険しい山道を越えなければならないから、訓練を受けている者でないと難しいと思うし、タソガレドキ領内で騒ぎを起こす愚か者はいないと思うが。

月明かりで辺りはやや明るく、虫の声が聞こえる。…なんとも穏やかな夜だ。

しばらくそうして、月にかかる雲のゆったりとした動きを目で追っていれば…ようやく、待ち人が来た。

呼び出しておきながら遅いなぁ…なんて文句は飲み込んで、アタシは視線だけ向ける。

それから腰掛けていた石の横をペシペシと叩いて座るようにうながした。

昆奈門はのそのそと歩いてアタシの隣に来ると、静かに腰を下ろした。

六つの頃に比べれば、アタシの背はとっくに昆奈門に越されている。

それでも視線はまだ近いから、少し見上げつつ、昆奈門が口を開くまで夜風を楽しむことにした。

月が少し動いただろうか、と言うくらい自然の音を楽しんでいたら、ようやく昆奈門が口を開いた。


「…エミが言ってた意味が、少し分かったよ」


なんのことかは、流石に分かったから「うん」と返事だけしておいた。


「実感が湧かないね。とても信じられない。…が、山本さんの様子を見れば、認めるしかない」

「…そうだね。アタシもまだ信じられない」


敵陣で仲間の亡骸を取りに戻ることはできない。

そんなことをすれば、己が敵であると、その身を晒すことになる。

そうなれば…後は、どうなるか、火を見るより明らかだ。

だから、亡骸は戻ってこない。

かろうじて持ち替えられた遺品だけが、その事実をさまざまと見せつけるのだ。

でも、昆奈門が求めているのは、慰めの言葉なんかじゃないってのは、アタシが一番よく分かっていたから。

だからアタシは、自分にもいい聞かせるようにして、口を開いた。


「強く、なろう。自分を守れるように、仲間を守れるように。もっともっと、強く」

「…ああ、そうだな。強く、強くなりたい。…エミ」

「ん?なーに?」

「エミがいてくれてよかった」

「ははっ!それはアタシも一緒だよ。昆奈門がいてくれてよかった。これからも、お互い生き残れるように、強くなろうね」

「ああ」


そう誓い合って、それからは言葉もなく、互いに月を眺めていた。

強くなりたい。もっともっと、強く。

大切な人を、悲しませないために。


―――――――――

説明回。お互いが幼馴染で生き残りで特別。





 


  
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