益者三傑


[2016.10.18 23:02 Tue]
トキヤ中心(司書一ノ瀬シリーズ13/完)


「HAYATOくん、今日これから飲みに行かない?」
「すみませんっ!今日は用事があって。また今度きっと行きますので!」

靴紐を手速く結ぶと、ボクはアーケードに向かって駆け出した。

今日は『スターリッシュ』のデビューライブの日だから。




皆と紡ぐ、これからの夢




「はぁぁぁ緊張してきた…」
「しっかりしろ来栖。たくさん練習しただろう」
「わ、結構人来てるよ!そんなに宣伝出来なかったのになんでだろ」

ステージ横のテントから音也が覗くと、結構な人だかりが出来ていた。

「あれ?一番前で『翔』ってうちわ持ってるの薫くんじゃないですか?」
「ん?ホントだ帰ってきてたんだな〜って!うちわだけじゃなくてなんかハッピみたいなの作ってきてるし!恥ずか死ぬだろ俺が」

音也だけでなく、那月や翔もテントから顔を出す。

「さぁ皆さん、時間ですよ。短い時間ですが、精一杯やりましょう」




ステージに上がる経験など無いに等しい素人が、商店街の視線を集めるのは思ったよりもプレッシャーだった。

「えっと…どうするんだっけ…!?」

音也が小声で慌てていると、商店街の人からマイクを受け取ったトキヤが口を開いた。

「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。私達はスターリッシュです。初めてのこのステージで皆さんに会えたことを嬉しく思います」

トキヤは、自分の口からすらすらと言葉が出たことに驚いた。不思議と…緊張はしなかった。

「端から簡単に自己紹介させて頂きます。音也」
「あっ、はい!」

トキヤとは逆の端にいた音也ももう一つのマイクを渡された。

「スターリッシュの一十木音也です。えぇっと、好きな食べ物はカレーで…特にポークカレーが…ってそんなことどうでもいいですよねっ」

客からは控えめに笑いが出て、八百屋のお兄さんらしき人から「頑張れ!」と声援が飛ぶ。どうまとめるか音也が迷っていると、最前列より少し後ろから、聞き知った声が届いた。

「いっときせんせーー!がんばれー!」
「がんばってくださいー!」
「みんな…春歌ちゃん…」

突然のことにびっくりしたが、すぐ気を引き締める。

「えっと、スターリッシュは有志による『アーケードを盛り上げる会』なので、本物のアイドルではありません。昼は学生だったり、仕事してたりします。カルテットナイトと同じです。俺は春から さおとめひまわり園で先生をやってます!スターリッシュもひまわり園もよろしくお願いしますっ!」

勢いで音也が言い放つと、マイクを受け取ったメンバーが順に話していく。

「昼は町外の大学行ってます、来栖翔です!子供のヒーローみたいな先生になるのが夢です、よろしくお願いします!」

「ショウと同じ大学に留学しています、愛島セシルです。この町の出身ではありませんが、この町に住んでいてこの町が大好きなので、少しでもお役に立てれば嬉しいです」

翔やセシルには子供の知り合いが多いらしく、若い声の声援が飛んだ。もちろん、薫からの力いっぱいの声援も。

「聖川真斗だ。聖川財閥の総帥を継いで日も浅いが、地元を愛する家の精神も継いで精進しようと思ってる」
「お堅いねぇ…。神宮寺コーポレーションで補佐をやってる神宮寺レンだよ。地元に愛される企業を目指して頑張るからよろしくね」

ウインクを飛ばすレンに「ここはコマーシャルの場ではないぞ」と睨みを効かせる真斗。客席でも2人の家族が静かに火花を散らしていた。

「おにいちゃま〜!がんばって!」

剣呑とした空気に可愛らしい声が届いた。真斗の妹らしい。

「今回はこのくらいにしといてやる」
「リトルレディに免じてやるよ」

「みなさ〜ん!町立図書館で司書をやってる四ノ宮那月です〜!ステージにはいませんが双子の弟のさっちゃんもいるのでどちらも覚えて話しかけてくださいね」

前の方で見ていた砂月にも注目が集まり、砂月は恥ずかしさからか気まずそうに下に視線を落とした。

「最後になりました、同じく町立図書館で司書をやっています、一ノ瀬トキヤです」

最初の挨拶の時もだが、トキヤが話すとざわめきが起こった。それはもちろん、さおとめ放送のHAYATOに似ているからだ。

最前列でフードを目深に被ったハヤトが、トキヤを見守る。

(いろんな利用者に対応出来るのも、いろんな立場にたって物を考えられるから。だから、トキヤは今までの経験すべてを使って今のトキヤにしかできない笑顔で、皆に求められるアイドルになれるはずなんだ…)

「HAYATOに似ている、と思われているのでしょう。そうですね、私とHAYATOは双子です。でも」

トキヤは、早乙女町に帰ってきてからのトキヤの中で、1番生き生きとした目で自信を持って言い放った。

「このステージが終わった時、私とHAYATOが似ているなんて思えなくなりますよ。勿論、良い意味で」

不敵な笑みを見せるとトキヤはすぐ切り替えて声を張り上げた。

「さぁ、1曲目はコールがありますので、皆さん練習しましょう!」

1曲目は、トキヤが加わったあの夜、公園で嬉しさのあまり音也が即興で作った曲だ。特に歌詞はめちゃくちゃだったのでみんなで手直ししたが、聞きやすい爽やかなポップチューンだった。



「ギターとキーボードの生伴奏と来たか…シンプルだけど良いねぇ若いねぇ。…一ノ瀬青年よ…頑張るのだぞ」

後ろの方で見ていた嶺二が頷く。

「何キャラだよじじくせぇ」
「このチラシ配り回ったって?それに…最初からトキヤのことも全部見越してたっていうの?」
「食えない男だ」

一緒にいたカルテットナイトのメンバーも目はステージから離さずに受け答えた。

「さぁ…どうでしょう」

嶺二はいたずらっぽく笑うと、口を閉ざした。



2曲目は打って変わってバラード。こちらもギターとキーボードのみの伴奏だったが、さっきの軽快な音色とは全く違った雰囲気を醸し出していた。

実はこの曲は、『小さな作曲家』の曲。カルテットナイトの、プロに片足を突っ込んだようなクオリティの打ち込みには迫力で負けるかもしれないが、気持ちだけでも負けないように想いを込めてあった。


ーーー。
ギターの弦の最後の響きが商店街に染み渡るまで、誰も身動き出来なかった。



そしてアーケードが静まり返ると、店先で立ち聞きしていた人まで巻き込んだ拍手が起こったのだった。






後日。
「アーケードを盛り上げる会」くらいの規模だったスターリッシュとカルテットナイトだったが、面白いもの好きな町長がすぐに公式のものとして採用した。11人はすぐに町内の広告などに起用されるようになった。

「YOUたちスターリッシュも、カルテットナイトに負けないようにGoGo! 頑張ってチョーダイ!」

事あるごとに、2組は町長の部屋に呼び出された。今日はただの激励のようだが…。

「ンー!ビビっと来ました!Mr.来栖!女装してモデルデビューしちゃってクダサイ!」
「はぁ!?嫌ですよ!なんで俺が女としてデビューなんか」
「むぅ…マイケルデース」

町長は少ししょんぼりした様子で呟いた。

「マイケル?」
「『冗談』ということでしょう」
「ダジャレかよ!って町長もういねーし!!」




これからもある意味平和な、こんな日が続くのだろうか。とにもかくにも一ノ瀬トキヤの人生に、笑顔と友情が取り戻されたのは確かである。

寿嶺二が引き合わせた小学校時代の絆、加えて留学生セシルとの出会いを受けて、本職である司書の仕事にも好影響がもたらされる予感がした。



ーーーただし、町長が発案したご当地アイドル主体のイベントで、11人が大変な目に遭うのは…また別のお話である。




end.


ーーーーーーー

なんとか終わりました…!ハートフルに出来たか謎ですが、書きたいことは書けた…かな?
本当は漫画のシナリオとして考えたので文章ところどころ読みにくくてすみません…漫画にしたいなぁ…。

161017〜161018






[back←] [→next]
[TOP]

-エムブロ-