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荷車を牛に曳かせて、森の中を進んでいく一行がある。
「俺がまだ若いときは、このあたりの道はもっと荒れていて、とても進めたもんじゃなかったさ」
いまでも十分じゃないがと、話し、牛を操っているのは商人。この一行の主だ。ほかに息子と助手と、そして彼らを囲むように6人の男女が歩いていた。囲んでいる彼らは商人ではない。冒険者である。
ゴトゴトと揺られながら、商人は自分の昔話を続ける。
「見習い時代の親方はひどいもんで、荷車のほかに俺らにも商品を詰めた袋を背負わせて、山を歩かされたっけなぁ」
冒険者と言っても、今は商人が雇った護衛が彼らの仕事だった。町々を移動するには森や川、山や海を越える時もある。そしてそんな場所には、魔物の危険が潜んでいる。さらにこのあたりは、魔王の住む城から比較的近いため、遭遇する魔物も強く、得物を持っていれば勝てるような雑魚ではない。知性もそれなりにあり、一筋縄ではいかない者もいると聞く。
「昨日も聞いた話だよな…?」
「酔っていればカウントしないんだろうさ」
商人たちを守るように等間隔に歩いている冒険者の一人が、仲間にそっと近づいてヒソリと呟く。同じような小さな音量で返されて、「はぁ」とため息をつきながら位置に戻った。
魔物のレベルが高ければ、護衛のレベルもそれなりに必要で、そうなると雇い料はおのずと高額になる。腕の自信のある冒険者たちには、いい稼ぎ口となっていた。彼らがまさにそうだ。
「魔物に襲われた時も、俺は荷を背負っていたよ。魔物は理屈が通じない。
死に物狂いで逃げて逃げて。それでも荷を放ったりはしなかった」
その時に親方という人物が死んで、背に残った商品を元手に、なんとか食いつないで商人として成り上がったんだろ?周りの者たちはそう心の中で思っている。しかし護衛の報酬はほとんどが後払いなので、大人しく謹聴するのが吉だとわかっているので黙っているのだった。
「父さん、休憩しませんか」
だが黙っていられない者がいた。商人の息子である。
話を打ち切りたかったのか、本当に疲れていて、徒歩の者たちの気持ちを代弁しようと思って休憩を提案したのか定かではないが、きっと彼は父の武勇伝をもう何百回も聞かせれているに違いないと、冒険者たちは彼に少し同情した。
しかし商人は、「だめだ」と一蹴した。
「このあたりの魔物は気が荒いので有名なんだ。
お前も一度魔物に遭遇してみればわかるさ。こんな森は早く抜けるに限る」
息子はこっそりとため息をついた。
そこで先頭から声がかかった。
「ご主人。しかしずっと歩き通しでは、返って遅くなる。
牛も少し休ませないと。」
発言したのは冒険者側のリーダーで、名をルツという。
背が高く、腰には二本剣を携えていた。砂塵を避けるためのマントから覗く腕はそれなりに頑丈そうで、少し太めの眉が頼もしさを感じさせる顔立ちをしている。
商人はむむむ、と唸って、しかたなさそうに「じゃあ、いい場所があったら」と頷いた。
「この先に沢があるはず。そこで休みましょう?」
顔の上半分を帽子ですっぽりと覆った女が、すかさず言う。
「近いのか?」
仲間の問いに、彼女は大きく頷いてみせた。
「さっき、地理探査の魔法を使ったから。間違いないわ」
「父さん、そこに行きましょう」
「・・・チッ、よかろう」
商人はしぶしぶといった顔で了承した。その顔を見て、さっきも「昨日聞いた話だ」と毒ついた者が、こそりと「いやな感じだな」と呟く。
リーダーであるルツが、そっと視線を彼に走らせて黙らせた。まだまだ道のりは長い。後払いの文字がちらつく。
無事に、魔法を使う女の言う通りの沢にたどり着き、しばしの休憩をとなった。
思い思いに休んでいると、商人の息子が冒険者たちにそっと近づいてくる。
「先ほどはすみませんでした」
父の態度を詫びているらしい。代表してルツが「いや」と返す。
「ご主人が昔襲われたとき、魔術を使うものがいたと聞いている。
魔法も魔術も、一般人から見ればそう違わないだろうさ」
「トラウマのようです。商品を一瞬で燃やされたと」
息子も困った顔した。
商人がしぶしぶだった理由は、先を急ぎたいという思いと、もう一つ、魔法と聞いて拒否感が働いたからであった。
魔法は誰でも使えるわけではない。素質があり、鍛錬に耐えられる者のみ扱うことができる。
常人にはない力を恐れている人間もやはり多く、魔物の素養があるのではないかという者もいるほどだ。仲間が、「いやな感じだな」と言ったのも、それを感じたからであった。
「魔法がなければ、襲われたときに対処できない。
それに、彼女たちが魔物が近くにいればわかるよう、結界を張ってくれているからこうやって休むことができるわけだしな」
ルツの言葉を聞いて、商人の息子は驚いた顔をした。
「結界を?そうなんですか」
「あぁ。でも100%ではないんだ。力の弱い魔物や、狡猾な奴は見逃してしまうこともあるからな」
結界の話をすれば、父を安心させてやれるうえ、魔法嫌いも少しは改善できるかもしれないと考えていた商人の息子はいささか残念そうに「なるほど」と肩を落とした。
「そろそろ行くぞ!」
しばらくして、せっかちな商人が、のんびりと座っていた牛を引き立てながら号令をかけた。
「行くか」
ルツたちも腰をあげ、再び荷車の周りを囲うよう、配置につく。
辺りに爆音が轟いたのは、その直後だった。
急ですが、今回で子豚は完結します。
お久しぶりです。あっという間に(笑)寒くなりましたね。
ひえ。夏が終わってしまう。