続き。
頭を撫でられたことに気付いたアレルヤが、嬉しそうな顔をする。そして今度は、体温が感じたいというように身体を押し付けてきた。首筋に鼻先を埋め、幸せそうにティエリアの細い身体を腕の中に囲い込む。そのまま、ティエリアはアレルヤの頭を撫で続けた。
ただの同僚の、それも男にここまで身体を密着させられて気持ちが良いわけがない。その証拠に、ざわざわと何か背中を這上がるものがある。アレルヤは確かに体格は良いけれど、抱き締められるなんて、気持ちが良いわけがない、とティエリアは自分にしっかりと言いきかせた。
「ティエリア、僕、どうすれば良いのか、分からないんだ。なにをすれば、正解なの?」
悲壮な言葉を聞きながら、そう言うアレルヤが一番傷付いていることも知っていた。だって、そんなの答えは決まっている。分かっていて、聞いているのだ。
「…武力介入を、する。戦争を、武力でもってなくす。…そこに関わる人間を危(あや)めてでも」
「………」
理不尽だ、と思った。平和を願っているのに、それだけなのに、…それだけなら誉められることなのに、アレルヤは傷付く。自分達ばかりが、世界から咎を受ける。世界の幸せを願う僕らは、誰から幸せを与えられるのか、分からない。
「………君は、世界に幸福を齋しているんだ。それが苦しいなら、……俺が、…おれが、君を幸せにでも何でもするから、弱音を吐くな…!」
はっと、アレルヤが瞳を開く。それから、泣きそうな顔で、身体を離してきた。
「君は、君はとても強いんだね。ティエリアが、そんなこと言うなんて、予想外だよ」
「俺は、弱い奴が嫌いだからだ」
「…でも、そんな弱い僕を助けてくれるんでしょう?ティエリアが」
アレルヤの大きな掌がティエリアの細い両肩を覆う。ゆっくりと腕を撫でられて、ティエリアは息が詰まった。さっきまでとは違う。そう思った。先程までは、子が親に甘えるような仕草だったのに、これではまるで、アレルヤが親の愛情ではなく、ティエリア自身の心を欲しているみたいだ。
「ティエリアは、強いよ。こんなに、ティエリアはこんなに綺麗で、力を入れたら折れてしまいそう身体で、僕を支えてくれるんでしょう?」
「…っ、…やめろ、俺をそういう対象として見るな…っ!」
「なぁに?そういう対象、って」
アレルヤの悪戯な笑顔が腹立たしい。復活したならしたで、さっさと離れてくれれば良いものを。
ぐい、と掴まれたままだった腕を引っ張られる。今度はアレルヤの方に引っ張られたから、頭の上から降って来るシャワーの水滴が髪にかかる。アレルヤの愛機と同じ色のパイロットスーツが濃く変色するのを見ながら、ティエリアはぼんやりとアレルヤの「嫌なら、今度は拒んで」という言葉を聞いた。
(嫌なら、だと?今までだって、ずっと嫌だった。でも、ほうっておけなかったのだから、)
しかたがないじゃないか。そんなことを考えながら、アレルヤの端正な顔が近付いてくるのを見ていた。真っ直ぐ自分を捕える瞳が恥ずかしく思う。見たくなくて、瞼を下ろす。それを了承ととったのか、またアレルヤに抱き締められた。今度はそれだけではなく、しっとりと唇を重ねられる。
頭の上からは、まだ冷たいシャワーの水が降り注いでいる。髪が濡れ、頬を幾筋もの水の筋が伝う。それなのに、身体は熱くほてっていた。むさぼるようなキスの合間でそっと目を開ければ、アレルヤがまた、泣いているのが見えた。
ああ、なんて愛しい。
(弱くてもかまわないんだ。人を殺す度弱くなるその優しい心に、惹かれたのだから。)