大きな掌が僕の頭に優しく置かれる。
他人の手なんて振り下ろされる為にあるんだとばかり思っていた。
そんな僕の、うなだれがちな頭に本当に優しくその手は置かれる。
普段粗野な態度の男がふとこんな風に接してくれるのが堪らなく嬉しくて。
それと同時に堪らなく怖くもなるんだ。
そう、僕はこの手がなくなることを恐れてる。
水の音に目を覚ました。部屋は薄暗い。
台所で何かしている様子の同居人、その姿を確認しようとした。
しかし身体が随分と重たいのだ、酷い怠さ。
熱の集まる額に手をやりながらまた風邪を引いてしまったのだと気付く。
薄っぺらい己の身体は同居人が掛けてくれたのだろう毛布に包まれていた。
ああ、こうして僕はまたひとつ彼に迷惑をかけた。
自分にうんざりとしながら熱い額を床に押し付ける。
ひんやりして気持ちが良かった。
「起きたならベットで寝ろよ」
頭上から声がして仰ぎ見るとしかめっ面に出会う。
怒った顔をしているわりに言った内容はとても優しかった。
確かに風邪を引いている、ましてや虚弱体質の僕が毛布に包まれているとはいえ床で眠るのはよろしくないだろう。だけど僕は以前から極力ベットを使うことを避けている。
それはこの部屋の主である彼に対して申し訳ないからということと、もうひとつ理由がある。
彼の匂いだか温もりだとかを意識してしまうからだ。
決してそれが嫌だという訳じゃない、けれど。
「これデコに当てとけ」
押しつけられた濡れタオル、さっきの水の音はこれを用意していたんだなあと解る。
世話焼き性分なのは知っているけど本当に物好きな人だな。
「…悪化させて和穂に怒鳴られるのは俺だからな。」
こちらの思考を読んだかのように彼が言う。
僕はそれにうんと首だけで返事をした。
「ほら、身体起こせよ」
脇に腕を差し込まれ上体を起こされた、担がれる前に拒否する。
「触るな、自分で行く…」
「ああ、そうかよ」
可愛げない奴だ。背中にそんな言葉を貰いつつ、フラフラと寝室へと向かう。
立ち上がると熱が高いのが良く解った。
視界が歪んでて気持ち悪い。本当は歩くのもつらいけど僕は強がった。
貴方の手や、その温もりを覚えてしまうよりはずっといい。
倒れ込んだベットはやっぱり彼の匂いがした。
何だか胸が詰まって苦しくて、渇いた唇で呟いてみる。
「…ゆきみくさい、」
「失礼な奴だな、まだオヤジ臭くはねぇよ」
小さな声だったのに聞き取った彼がベットの脇に座り、
乱暴な手つきでまた髪を撫でてきた。
それをまた手で払うようにして拒否をする。
だけども、弱ったおぼつかない腕なんてあっさりと押さえられてしまった。
「そんなに撫でたいのか」
「うるせぇ、とっとと寝ろ」
勝手だと思った。掴まれて押さえ込まれた手首が痛いのに。
どうして誰かが傍らにいて、しかも自分は弱ってるのに、安心して寝られると思うの。
いつ、頭を撫でている手のひらが首へ滑るとも限らないのに?
「…おやすみ、ゆきみ」
「おやすみ、宵風。起きたら薬飲めよ?」
ああ、嘘だ。本当はよく解ってる。
振り払っても振り払っても、その手が離れないことを。
その手は僕が寝付くまでずっと髪を撫でているんだってことを。
手が、匂いや温もりが恐ろしいのは、なくしたくないから。
この人を失うことなど出来ないんだと、強く思ってしまっているから。
熱に浮かされた頭で出した答えなんて、
次に目を覚ました時にはまた忘れてしまうんだ。
それでも眠りにつくそのほんの一瞬、
隣りにいる存在にすべてを忘れて安堵した。
END
(2009/02/08/Me)
――――――――――
雪宵ならば看病ネタをすべきだと思いまして(´`)。
…あんまり看病してませんけどもね。
というか薬飲ませてから寝かすよな、普通。(…)
でも「起きたら薬飲めよ?」って台詞のほうがなんか甘やかし感があるかと…?
題名を付けるセンスが相変わらず皆無で申し訳ないです。