〈テレビゲーム しに来ない?〉



aikoの「かばん」(シングル)をいまさら買う。
「テレビゲーム」という歌が聴きたくて。aikoが愛の歌だと本に書いていたのでそれはどんなものなのかずっと気になっていた。

がちがちにならなくていいよ、大丈夫だよ、僕も同じだよ、裏切られてもいいよ、がまんするならいっそ泣かせてあげるよ、そんなことを遠回しに歌っている。
なるほど恋というよりも愛の歌で、ほんのりどこか、包み込むというよりは遠巻きに見つめてさとしているような距離感がある。それもこみで愛なんだろう。
曲調は予想していたより穏やかだった。
二〇〇三年とかそのあたりの歌だったように記憶している。
このころのaikoさんの歌はどれも特別なつくりをしている。『暁のラブレター』の前後の時期。

「かばん」は言わずと知れた(?)
♪おおきなーーかばんにもーこのむねにもーーぉおーーの歌です。
かばんに詰め込められないほど相手に対する気持ちが膨らんでしまったという歌。
この対象にあるのが「こんぺいとう」や「あられ」だと思う。溢れてばらばらに飛び散ってしまった想いの歌。

京極夏彦『邪魅の雫』(急に何だ!?というかんじですが)で関口さんが他人との関係を鞄に例えて話しているんだけど、そんなエピソードも思い出してしまう。

考え方の起点としてはaikoと近いものがあって、まぁ関口くんは鞄そのものを他者として展開しているんだけれども。
aikoの歌う感情たちも、いつかは段々と重たくなって、古くなって、手放したいとすら思うようになるのかな?
「かばん」の歌詞ってね、こういう出だしから始まるんだけど

〈そのまんまのあなたの立ってる姿とか 声とか仕草に 鼻の奥がツーンとなる/同じ所を何度も何度も回って歩いて落ち着かなくて この気持ちは止まらない〉

もうなんか姿を見たり声を聞いたりしたそれだけでひゃーってなる初々しさがあるでしょう。
しかし!
aikoさんには「ライン」という歌もあってそこでは

〈丸め込まれる頭やまつ毛 だけどだけどうるさいだけ耳を塞いだだけ/聞こえないふりをした今 目の前にいるのは確か/あたしの愛した人/ここでいっそ目も閉じれば息も止めれば愛した人はいなくなる〉

すごない!? 人間の感情ってこんなに変わんねんで!? ってくらい残酷やない!?
「かばん」では呼吸も視覚も聴覚も全部研ぎ澄ましてわーーーって蠢いていた気持ちが、「ライン」だと口も耳も目も全部ふさいでじっと息を止めている。でもどっちもきっと恋。

※曲が出来た順は「ライン」のほうが先です(そして二曲に関連性はない)


ネガティブな考察はやめよう。
いま書いていてふと思ったけどあの関口くんにも鞄を気に入るような可愛らしい一面があるんですね。

もうなんか日記でも「テレビゲーム」の話でもなく「かばん」の話題になってしまった。


男の人とか、かばんに何にも入ってなかったりお財布だけで出かけるでしょ、あれちょっといいなと思うよ。


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