スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

舞う、ひらり

日本には銃刀法という法律がある。
正式名称は銃砲刀剣類所持等取締法。
端的にいえば銃や刀などの所持を原則として禁止することで
凶悪な犯罪を未然に防ぐことを目的とした法律だ。
その為所持許可を与えられた者は限られており
且つ取り扱いについては厳しく定められている。

しかしそれは猿飛佐助らを始めとした対怪交渉集団
『麒麟会』に所属する者たちにとっては少々頭の痛い話だった。
と、言うのも基本的に妖怪たちの身体能力は人間よりも高い。
それらが…相手にも寄るが、明確な殺意を持って襲いかかってくるのだ。
差を埋める為に人々は知識をあしらった武器を
殺傷能力の高い武器を手にするしかない。
従って麒麟会に所属する者たちは必要時のみ特別に
銃刀類を手にすることを極秘裏に許可された。

つまり予め武器の携帯を許されていたということは
それだけ強大な相手であるということ。

佐助は苦無を持つ力を緩めないまま、物陰に隠れ
荒れる呼吸を戻そうと必死だった。
時折響くドン!という大きな音は少しずつ彼女に近づいている。
そろそろここも危ないかも知れない。
感覚を確かめるように苦無をぎゅっと握る彼女はそう考えながら
そっと物陰から顔を出し辺りの様子を窺った。

本来、佐助は後衛役であることが多い。
単純な力なら年上で且つ男である才蔵や真人の方が強い為だ。
代わりに彼女は自身のスピードにはそれなりの自信を持っていた。
故に飛び道具で牽制しつつ一定の距離を取り、応援到着までの
時間を稼ぐのが佐助の仕事。
けれど相手は人外なわけで。
いつもその手が通用するとは限らない。

それが今宵の相手だった。
相手の分類上の名前は鬼。
詳しい種類は佐助にはわからない。
総じて知能はそれほど高いわけではないが、力は強い。
単独での捜索中にエンカウントしてしまった佐助は自身に引きつけつつ
応援を要請。
そしてこの障害物の多い廃ビルに誘き寄せたのだ。
ここまでは順調だった。
想定外だったのはその鬼の足が思いの他速かったことと
とても血に飢えていたということだろうか。

『今才蔵がそっちに向かってる。もう少しだけ我慢して』

イヤホンを通して聞こえる主である幸村の声。
焦りのみえるその声に佐助はいつものように大丈夫だと笑い返したかったが
どうにもバクバクと騒がしい心臓が許してくれそうにもない。
けれどこのまま無言でいるのは気持ちに負けてしまうようで嫌だった
佐助は口先だけでも口を開こうととしたのだが、その刹那感じた視線に
閉じざるを得なかった。

転がるようにして飛び出した物陰を見遣れば
深々と突き刺さる鉄パイプのようなもの。
続いて飛んできたと思われる前方を見遣ればにたりと嗤う鬼。

「…意外と知能あるんじゃない?」

軽口を叩けるのもそこまでだった。

辺りに転がっている廃材を手当たり次第に投げつける鬼。
それらを避けながら距離を取ろうと計る佐助。
走りつつ後ろを振り返り、苦無を投げつけてやるが鬼は怯むどころか
嬉々として佐助との間を詰める。

覚悟はあった。
こんなことをしていれば怪我なんて日常茶飯事で
いつかそれだけでは済まない時も起こるかもしれないとは
ずっと言われてきたことだ。
覚悟はとうにしていた。

けれど、後悔は拭えない。

力不足
悲しむ人たち
何より守れなかったただ一人の人。
そのことだけが佐助の胸中を駆け巡る。

ドン!と
酷い音を立てて佐助の細身の体が壁に叩きつけられる。
身体は勿論のこと、頭を強く打ってしまった佐助の意識はそこで途絶えた。

ただ一言。

『志乃!』

と焦った様子で己の真名を呼ぶ声を聞いたのを最後に。



舞う、ひらり
(花弁のように戦場にて散り行く)
[お題配布元:悪魔とワルツを 005. 目指す場所は遠く、深い]

受動態

「あれ。俺の志乃は?」

シャワーでも浴びたのか上半身は裸、首にタオルを掛け
髪の毛からは水を滴らせながらリビングにやってきた真人はそう呟いた。
ソファにて愛読している月刊のバイク雑誌を広げていた伊織は
反射的に顔を上げるが真人と視線があったかと思えばすぐさま
手元の雑誌へと意識を戻す。
それから小さな声でぽつりと呟いた。

「見苦しい格好で歩きまわるな」
「あぁん?!俺のこのマッスルボディのどこが見苦しいだと?!」

別段、真人は筋肉質な体形をしているということは決してない。
確かに無駄な脂肪はなくすらっとした体型をしているが
筋肉はと言えばよく言っても精々細マッチョと表現するべきだろう。
加えて伊織は体型云々ではなく上半身裸という格好に対して
言及したかったわけなのだが、他人の話を聞かない真人は
まるで『や』で始まる自由業の方のように絡んだかと思えば
今度は「ははぁ、さてはこの俺に嫉妬してるんだなぁ?」と実に都合のいい
勘違いを披露していた。
伊織とて同じように身体を鍛えている事を知らないわけではないだろうに…
本当に幸せな奴だな、と伊織は思う。
羨ましくはない。伊織は唯々、綾部真人という人間が哀れで仕方なかった。

そんな伊織の思考を察しているのか庭で飼い犬である犬神の駿と遊んでいた
祐は苦笑しながら代わりに真人の疑問に答える。

「志乃なら姉さんと一緒に買い物に出かけたよ」
「あぁ、そう言えばそんな約束したって聞いた覚えが」
「渚の運転する車で、な」
「なん、だと…?!」

祐の返答に頷きかけた真人は伊織の補足説明に硬直した。
真人の脳裏に最悪の事態が駆け巡る。

数秒してようやく身体の活動を再開させた真人は徐に伊織へと歩み寄る。
自身に掛かる影に伊織が顔を上げればこれ以上ないくらいに
顔を真っ青にさせた真人がそこにいた。

「お前は志乃が可愛いとは思わないのか…!」

ガシッと力強く伊織の肩を掴みながら嘆く真人。
それは言い変えれば『どうして二人を止めなかったのか?』
という事らしい。
鬼気迫る真人の表情に元凶である渚の身内である祐は複雑な心境だった。

端的に言って渚の運転は荒い。
それは祐を始めとした身内にさえ『他の人間を同乗させるな』と
口を酸っぱくして言われるほど。
普段は祐の両親に伊織に真人と運転免許を持つ者が多いので不自由なかったが
こうやって休日ともなるとタイミングが合わないことも少なくない。
そもそも渚には自身の運転が荒いという自覚があまりなかったのだ。
運転手が捕まらなければ自分が運転すればいい。
彼女がそんな思考に至っても何ら不思議はない。

真人の手によってガクガクと揺すられる伊織はちょうどその時
定期購読している手元の雑誌を引き取りに出掛けていた。
渚たちとはすれ違いで帰ってきたのだ。
そんな彼に止められる筈もなく。

「止められたとしてもわざわざ女の買い物の荷物持ちだなんて拷問
誰が好き好んで受けるか。お前が今から行け」
「俺だってなぁ…!可愛い志乃と二人っきりなら喜んで飛んで行くんだよ!!
今すぐにでも!」
「お前だって渚の荷物持ちが嫌なんだろうが」

結局のところずっと運転について忠告を受けてきた渚が
それも志乃が同乗者とあっては気を使って運転してくれるだろう。
渚も志乃を実の妹のように可愛がっているから。
何の連絡もない今現在、志乃の身の安全は約束されている。
けれど今後のことは分からない。
もしかしたら気の緩んだ渚が一仕事やらかしてしまう可能性も否定出来ない。
志乃のことを想うならば今からでも二人と合流するのが得策であろう。
しかし。
問題は渚の買い物に付き合うには少々骨が折れる、という点だ。

そしてその効力はシスコンと名高い真人の足さえも留め置いてしまう程。

「姉さんは強いからなぁ…」

真人も伊織も、そして祐も。
口で渚に敵う者と言えば目上の人物でないと厳しいだろう。

ただ一人だけ祐の独り言を聞きつけた駿はくぅんと鳴きながら首を傾げた。
その声にボール遊びをしていた途中だった事と思い出した祐は
ボールを手に取ると駿に笑いかける。

「まぁ、いっか」
「わふ!」

遊んでもらえるのだと気付いた駿はパタパタと左右に尻尾を振りながら
嬉しそうに返事をする。
伊織と真人の口論をBGMに祐と駿は穏やかな休日を再開させた。



受動態
(主導権?そんなものある筈がない)
[お題配布元:悪魔とワルツを 005. 目指す場所は遠く、深い]

あくまのこえ

コンコン、と。
タイミングを見計らったようにその音は響いた。

「はい」

ちょうど学校の課題に取り組んでいた志乃はすぐさま返事を返し
自室のドアを開ける。

「ちょっといーい?」

にこやかな笑顔で志乃を迎えたその女性は
志乃の主である真田祐の実姉であり、兄である真人の幼馴染の真田渚だった。
渚は満面の笑みで手にしていた化粧ボックスを顔の横まで持ち上げて
志乃に尋ねる。

「またお願いしてもいい?」

疑問形ではあるがその答えに否定は許されないことを
志乃は嫌というほどよく知っていた。



同年代の女の子に比べ、志乃は化粧というものがあまり好きではなかった。
別に否定する訳ではないし、化粧をしている同級生を可愛いと思うことも
少なくなかったがどうしても自分に当て嵌めることができなかったのだ。
それは彼女が自分は闇に生きる人間なのだと認識していたからかも知れない。

それを知ってか知らずか…志乃は恐らく前者だと思っているのだが、
渚はこうやって『お化粧の練習』と称して志乃に化粧を施す機会を
度々作っていた。
化粧一つで志乃の意識が変わることはないが
周囲の身内には母親以外に同性のいない二人にとってそれは
まるで本当の姉妹となった心地のする時間で。
互いの思惑に沿わない行動だとわかっていてもそれはそれで大切な時間だった。

「高校生活はどう?」

尋ねながら渚は化粧水などで整えた志乃の顔に下地クリームを塗る。
普段日焼け止めくらいしか塗られない肌はすべすべで柔らかい。

「一日に2度も数学がなければそれなりに楽しい、かな」
「あー。数Tと数Aか。志乃ちゃん文系だもんねぇ」

下地をまんべんなく広げた後はファンデーション。
渚はリキッドファンデーションを自分の手の甲に取って
パフで少しずつ志乃の肌に乗せては広げて行く。

「数学だったら伊織に聞くといいよ。私もよくお世話になったし」

伊織とは志乃と同じ真田十勇士の一人・霧隠才蔵の名を背負う青年の名前だ。
彼は渚やの兄である真人とは同い年の幼馴染だった。

「伊織、さん、は、ちょっと…」
「苦手だって?」
「………うん」

その言葉を聞いた渚はケタケタと笑う。
それは確実に伊織を嫌う真人の策略の賜物だろうから。
伊織は口数は少ないが悪い人間ではない。
真人との関係は猫とネズミのようなものだがそれを妹である志乃に
当てはめるようなことは絶対にしない男だと渚は認識している。
むしろ…と、考えたがその先は本人の口から語られるべきことだと渚は
判断し口を噤んだ。

そうして話す間も手は止まらず、順調にベースメイクを終え
アイメイクに取り掛かる。

「じゃあ祐でいいじゃない。あれは理系文系どっちもイケた筈」

本来ならば眉の形を少し整えて書いてやるのが常だったが志乃はまだ
高校生であり、生活指導の教師が口うるさい為に渚はそれを断念する。
自分の為に志乃が叱られてしまうのは忍びなかったからだ。
代わりに渚はアイシャドウを吟味する。
ブラウン系で大人っぽく仕上げるのも捨てがたかったが
ここはやはり可愛らしさを追求しようと渚はピンク系のアイシャドウを
手にした。

「祐さんは…受験生だし、私が邪魔をするのは…」

ごにょごにょとその先ははっきりさせない志乃だったが渚にはわかった。
相手を思いやるというよりは自分を律するその言葉。
渚はにやりと笑った。

「やっぱり恋する乙女ねぇ〜」
「ちょっ!何言って…!」
「はいはいわかったから目を閉じてねー」

慌てる志乃を手慣れたように受け流す渚は何事もなかったように
眉の下に白、アイホールに薄いピンク、際に赤に近いピンクのシャドウを
乗せていく。
赤くなった今の志乃にはチークは必要ないかもしれない。
そんなことを考えながら渚は反対の目にも同じように
アイシャドウを施していった。

「主従関係は終わった」

志乃に目を開けるように告げた渚はそんな言葉を呟く。
痛かったら言ってね、と注意してからビューラーを睫毛に当てる。
ぎゅっと力を加えれば挟まれた睫毛はグッと上向きになった。

「ウチは都合上勇士の名を使わせてもらっているけど…
そこに特別な意味はない」

それは一つの真実だった。
祐は別として、志乃や伊織のように名前を継ぐ者はむしろ稀であり
何年も後継者不在の家系はいくらでもあった。
極端な話、本当に妖怪と対峙する能力と意志さえ持っていれば赤の他人だって
勇士の名前を名乗っても構わない風潮にさえある。

「だから猿飛佐助の名を志乃ちゃんが無理に名乗る必要はないし
その気持ちの抑止力になることにはなり得ないのよ?」

志乃の気持ちをよく知る渚はそう言うが…。
志乃にとってはそうではなかった。

「けれど私はこの名前のおかげで今ここにいるんです」

いわば免罪符。
これさえなければこんなにも彼の人を想うことさえなかっただろうと
志乃は考える。
そんな志乃を渚は心中で『この頑固者め』と罵った。

最後の仕上げにリップ。
血行のいい志乃の唇に対し渚はグロスだけを塗ってやることにした。
濡れた唇は艶めかしく、視線を惹きつける。

「貴女が妹に欲しいって私の気持ちは汲んでくれないのね」

困ったように微笑う渚に志乃も同じように微笑った。

「それならまずはお兄ちゃんに申し出てください」



あくまのこえ
(そう呼ぶには温かすぎるソレは)
[お題配布元:悪魔とワルツを 005. 目指す場所は遠く、深い]

君がいて、僕がいる

一口に妖怪と言えど、それには様々な者がいる。
それは動物に沢山の種がいるように。
同じ人間という種の中にも全く同じ人間が一人としていないように。
人に害をなすとばかり思われがちな妖怪たちであるが、中には気の良い者もいる。
従って現代に生きる真田幸村を筆頭とした真田十勇士らは妖怪たちを殲滅するわけではなく
妖怪たちと人間たちの住み分けを手助けするべく動いていた。

けれど、それは…そんな彼らにとっても意表を突かれた発言だった。



「…志乃。それをお兄ちゃんに渡しなさい」
「やだぁ…!」

当時、次代の猿飛佐助候補であった綾部真人は幼い妹をそれはそれは可愛がっていた。
可愛い妹のおねだりならば何だって叶えてやりたい。
その気持ちに偽りはなかったが、時と場合を踏まえないわけではない。

真人の妹・志乃の腕に抱かれた小さな生き物。
それがただの犬だったならば真人だって両親や、真田家の人間に何度だって頭を下げて
飼うことの許可をもらうことを厭わなかっただろう。
けれど残念ながらそれは

「志乃、わかるだろう?それは妖怪だ」

それも何の因果なのか犬神という名の。

本来犬神というのは憑き物だ。
人間のような生物から無生物にまで憑くことのできるらしい。

本来はネズミのような姿をしているというソレが現在
恐らく死んで間もない(若しくは己が憑き殺した)子犬に憑依している。

まだ幼い志乃ではあるが、妖怪の気配だけは察せるように訓練をつけられていた。
だからわかってくれるだろう?と真人は妹に言い聞かせようとしたのだが
残念ながら志乃は首を横に振る。

「どうして妖怪を助けちゃいけないの?」

それは真人にとって衝撃的な一言だった。
志乃はまだ幼い子どもで。
現在の人間と妖怪の関係を知らない故に言ったのかもしれないが
それにしても信じられない。
真人にとって妖怪とは倒すべき宿敵であり、救うなんて以ての外。
それに手を差し伸べようとは…これまでの真人を始めとした先祖たちの行動を
全て否定することとなる。

「人と妖怪を助けるのがお父さんたちのお仕事じゃないの…?」
「そうだよ。だから人を殺すかもしれないその妖怪は」
「…と、言うのは人間側の都合だ」

聞き分けのない妹に少しだけ苛々して拳を強く握りしめていた真人の肩を
ぽんと叩いた人物。
志乃はパァと瞳を輝かせ「幸村さま」とその名を呼んだ。
男は真人や志乃の父である当代猿飛佐助が仕える当代の真田幸村だった。

「志乃。祐に準備させているからその犬を庭に連れて行って水を与えてやれ」
「でも…」
「心配するな。意地悪なお兄ちゃんは俺が懲らしめておく」

呵呵と笑いながら真人の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす幸村に安心したのか
志乃はちらりと兄を見ると逃げるように庭へと回った。

残された真人は幸村に頭を撫でられたまま俯く。

「…俺は、間違っているのでしょうか…?」

それは蚊の鳴くような声だった。
普段は騒々しいと評される少年のしおらしい姿に幸村は口端をにぃと吊り上げる。

「そうとは言わないさ。平和を求める人間として正しい反応だろう」
「でも志乃は」
「志乃はいい子だなぁ」

え…と顔を上げた真人に幸村は笑いかけてやる。

「お前たちが大事に育てたおかげであの子は素直な子に育った。
困ったものを無条件で助けたいと言い出せるほどに。それはお前にとって悪いことか?」
「…いいえ」
「だったら胸を張れ。お前も志乃も間違っていない」



この時幸村は言った。
同じ目的を持とうとも、誰もが同じ手段を手にするとは限らないのだと。
近しい人間である真人と志乃が違う手段を好むということは
二人の視野を広げるきっかけになる好機だと。

真人は懐古の念に浸りながら二階の自室の窓から庭で犬と遊ぶ妹を見つめていた。

あの犬はあの時志乃が拾ってきた犬神だ。
憑依の仕方が良かったのかあれから犬神はあの時死んだ子犬の代わりのように
身体を成長させ、人懐っこい犬に育った。
まるでただの犬のように。

「なぁに?まだ気にしてるの?あの犬神のこと」

背後から急に掛けられた声だったがもう慣れてしまった真人にリアクションはない。
ただ、咎めの言葉だけを紡ぐ。

「…勝手に人の部屋に入るなよ渚」
「あら。ここは私の家よ?」

屁理屈を紡いだ女性は真田渚。
先代の真田幸村の娘で当代の真田幸村の姉にして真人の幼馴染の一人だ。

「で、どうなの?」
「別に。今日も俺の妹は可愛いなぁって思ってただけだよ」
「ふぅん?」

真人は渚に向き直ることはなかったがなんとなくその表情はわかっていた。
きっと知ったような、憎たらしい表情を浮かべているのだ。
そう思うと真人の眉間に皺が一つ刻まれる。

「志乃も大きくなったよなぁ」
「私たちも成人だしね」
「…そうか」

しみじみと呟かれた言葉に渚が返す。
人の成長とはかくも早いものなのかとまるで父親のような気分に陥りながら
真人は内心で溜息を吐いた。



君がいて、僕がいる
(願わくばそれが永遠に続くことを祈る)
[お題配布元:悪魔とワルツを 005. 目指す場所は遠く、深い]

それでもこの歩みを止めない

世間一般の人々から思い描かれる忍像では
壁を走ったり、炎を自由自在に操ったり、分身をしてみたり
『超人』という言葉では片付けられないほど人間離れした能力を持っているらしい。
が、現実的に考えてそんな事あり得る筈がなく。
実在した忍たちの技と言えば、相手から必要な情報を引き出す為の巧みな話術が関の山。
手裏剣や苦無といった特殊な道具を使うといえど、それは修練の賜物だと思われる。

つまり影に生きる者…だなんて事関係なく、人々が思うよりずっと地味なのだ。
忍と呼ばれる生物は。

それが猿飛佐助の名を受け継いだ彼女の認識である。
そしてそれは霧隠才蔵の名を受け継いだ彼も、佐助の実兄である彼も
忍という者に携わる人間にとって変わらない認識であろう。

『佐助そっち行ったぞ』
「了解」
『才蔵、準備は?』
『いつでも』

インカムマイクを通して行われるやりとりに耳を傾けながら
佐助は右手に握る拳銃を握り直す。
拳銃とは言ってもそれは所謂エアガンと呼ばれる玩具の一種だ。
弾丸はBB弾というプラスチック製の球。
…ただし、少しだけ銃に細工を施している為通常より威力を伴うが。

ガサガサと茂みをかき分ける音を立てそれはやってきた。
その音を頼りに佐助はパン!パン!パン!と3発弾丸を放った。
相手は茂みに隠れている為射撃の成否は分からない。
だが、それでよかった。

音に驚いた相手は慌てて方向転換をする。
佐助は追跡をしながら時折茂みの揺れた所へ銃を撃つ。
やがて茂みを抜けた相手はその姿を佐助に晒しながらも必死に
逃走を続ける。
それは牛の頭に蜘蛛の身体を持つ奇妙な生き物だった。

「標的確認」
『やっぱり牛鬼?』
「はい」
『才蔵、奴は毒を使う』
『常識だろう』
『………。佐助、うっかりそこに突っ立ってるウドの大木を
誤射したってお兄ちゃんは可愛いお前を怒らないからな』

『寧ろ誉める』と言い切った緊張感に欠ける男の声を佐助は無視し駆ける。

相手は妖怪だった。
それも人間を食べる類の。
それらを速やかに駆除するのが佐助たちの役目。

佐助は今度は当てるつもりで銃弾を放った。
しかしそれを察知した牛鬼は跳ぶようにして避ける。
牛鬼は耳障りな声で佐助を嘲笑った。
前方に立つ人間の姿にも気付かずに。

バチバチっという音と共に闇夜に閃光が奔る。
ギィィィィ!という不快な叫び声を上げ牛鬼は地面へと叩きつけられた。
微かに臭う何かが焼けたような臭いに佐助は鼻を押さえる。

「…電圧が高かったか…」

しげしげと手の中の警棒を弄る才蔵。
それは特別に作られた電気の流れる警棒だった。

『佐助、才蔵?状況は…?』
「…あ。大丈夫です幸村様」
「標的確保」

忍とは地味な生物だ。
けれどそこには美学がある。
例え汚泥にまみれても任務をこなす
古来より変わらない主に従順な下僕



それでもこの歩みを止めない
(それが忍のあるべき姿)
[お題配布元:悪魔とワルツを 005. 目指す場所は遠く、深い]
前の記事へ 次の記事へ
元気に稼働中!

インタビューズ
良ければお気軽に質問どうぞ!

小説家になろう
現在更新停止中

リンク
リンクや参加中同盟です


シュイさんの読書メーター