2023-12-29 20:49
ずっと入れとくの怖いからこっちに投げる。
キスドッキリ云々の話。
これは、何気ない番宣が招いた喜劇。
「先週のキスシーン、すっごいドキドキした!慣れてる感じあったけど沢山練習したの?」
その質問の仕方は危ないのでは…と思いつつ、勘違いされぬようにぼかすことはせず正直に話すことにした。
「実は、神宮寺に指導を」
「えっ、レンと?!上手かった!?!?」
大声で前のめりに聞いてくる一十木。そんなに驚くことだったろうか?
「あ、あぁ、流石アイツと言うべきか。とても上手かったぞ」
「へぇーやっぱりそうなんだぁ」
「アイツはなかなか凝り性でな。カメラがここならこの角度で入ると綺麗に見える、唇に視線を誘導しやすい…など解説を入れながらの実演はとても勉強になった。その角度は綺麗に見えない、死角を作るつもりか?などと言われ何度もやり直しをしたものだ」
「何回もしたんだ?!恥ずかしいとかなかった?」
「気恥ずかしさはあったが、本番で上手く出来ん方が恥ずかしいだろう?指導してもらえるのはありがたかった」
「そういうものなのかなぁ…?」
一十木は首を傾げるが満面の笑みを浮かべて嬉しそうに俺に爆弾を投げつけてきた。
「マサとレンが仲良くなってきてたのは分かってたけど、まさかキスまでしてるとは思わなかった!!」
「?!待て一十木、俺達がキスをしていた訳では無い!!!」
何かがおかしいと思っていたが、そんな風に捉えられていたとは夢にも思わなかった。
そしてこれが生放送で、ネットの海に残ってしまうのだから、もう喜劇という他ないだろう。
「ちょっと、2人で何話したの?通知が凄いことになってるんだけど」
オレと聖川がトレンド入りしたみたいだし。と不思議そうな顔でやってきた神宮寺に、ギギギとブリキのおもちゃのような動きで顔を向け頭を下げる。
「実は………」
経緯を伝え、アーカイブを再生し終えると、目の前の表情は曇っていた。
犬猿の仲の相手とキスをしていたと誤解されるのは不快だろう。申し訳ないことをした。
「まさか、そういった受け取られ方をするとは思ってもみなかった…」
「イッキの食いつきっぷり凄かったもんね。というかお前、練習の事は他言無用って言ってたろ。何でわざわざ言ったんだよ」
「今回の件に関しては変に隠すと良くない尾ヒレが付きそうだからな…勘ぐられてスクープを狙われるよりこちらの恥の方が良いと判断した」
「ベストな選択だと思うよ。まぁ、しばらくオレらは何かしらありそうだけど」
「重ね重ねすまない…なにか噛み合わないと思ってはいたんだが…」
「別にやましいことはしてないんだから大丈夫だろ。それともホントにキスでもするか?」
「っ誰がするか!!!」
数日後。
ファンクラブ限定の動画撮影でオレは聖川と共に楽屋に呼び出されていた。
「俺達がメンバーにドッキリ、ですか」
「オレと聖川のキス未遂ねぇ…」
「はい!この前の生放送の事もありますが聖川さんの番宣にもなるし、来月公開の神宮寺さんの映画でもキスシーンがあるので相乗効果になるんじゃないかと思いまして」
流れは簡単。最後の番宣中にこの前の生放送の話を出し、「じゃぁ、ホントにしちゃう?」と発言。
それに狼狽える聖川にオレがキスしようとして、ギリギリのところで唇を避けて頬にキスする。
びっくりしてる聖川に「唇にされると思った?」とからかいを入れ、憤慨されてその流れで番宣をしメンバーの反応を見る…といった感じだ。
流れを聞いた聖川が「一十木が気に病まないといいが…」と憂い顔だったが、コイツは知らない。
実はこれは逆ドッキリで、しかも発案はイッキだということを。
ターゲットは聖川。
流れは大方一緒だが、からかいを入れてから本当にキスをするというものだ。
なんならディープキスでもいいってさ!事務所からもOKもらったよ!とニコニコ笑顔で報告してきたイッキになんて事をしてくれたんだという気持ち半分、役得だと思う気持ち半分でどういう顔をすればいいか分からなかった。
オレがずっと前から好意を寄せている事を聖川は全く気付いていない。
かと言って今の状態を壊したくもないからと踏み出せないオレを思っての企画なのかもしれない。
イッキ、攻めすぎじゃない?オレ拒絶されたら立ち直れないんだけど。
まぁ、受けるオレもオレだよね。
「そうそう、この前生放送でとんでもないトレンドが生まれてたよね」
「神宮寺、その話は…」
「番宣の一貫だろ?何も問題ないさ。オレと聖川がキスしてるって?」
「わーーーーっごめんレン!!俺が早とちりしたから…!!!」
「いや、俺が噛み合わないと思いつつ説明を疎かにしてしまったからだ。一十木は何も悪くない」
「そうそう、イッキは悪くない。お前が最初に説明してればそうなることもなかったんだよ」
「…返す言葉もない」
おろおろとした一十木に申し訳なさを感じてしまう。早くこの流れを終わらせて謝罪してしまいたかった。
「じゃぁ、オレたちホントにしちゃう?」
「っ、何を…」
来た、と思った時には既に腰を抱かれていた。
キスはドラマで何度もしているが、この瞬間は何度経験しても慣れない。まして自分が受け身の状態は男性相手の時でもそう多くないので緊張が走る。
頬にされるのは分かっているが迫り来る顔のいい男に頬が熱くなる。その視線に耐えられなくなりキツく目を瞑った。
すると、ふ、と柔らかく笑うような音が聞こえた。
次の瞬間、頬に触れる感覚と軽いリップノイズ。
目を開くと優しくもからかうような視線を向ける神宮寺が映る。
成程これは、頬でも心臓に悪いかもしれない。
「唇にされると思った?」
これで終わりの流れにいける…と怒りの言葉を発しようとしたが、そうはいかなかった。
「正解v」
「えっ、ッん…?!」
「っあ……」
「、おっと」
キャパオーバーになったのか腰が砕けたのか、立っていられなくなった聖川によって長い長いキスは終わりを迎えた。
でもまだカメラは回っている。
息絶え絶えで宣伝が出来なさそうな聖川を抱き寄せて番宣を続けた。
「セクシーなラブストーリーが好きな子羊ちゃんは来月公開のオレの映画、ピュアなラブストーリーが好きな子羊ちゃんは今月放送した聖川のドラマがおすすめ。聖川のドラマは各種動画配信サービスで見れるよ。来週は最終回だから見てね」
「っ、よろしくたのむ…」
最後は何とか言葉を紡げた聖川だが、正直いつものようなキレがない。どこか舌っ足らずでオレのせいとはいえ、少し心臓が早くなった。
ここで響く偽のカットの声。
さぁ、聖川。お前はどういう反応をする…?
下手すれば殴られかねないなと恐れながらも俯いてしまった聖川の様子を伺う。
密着している身体は小刻みに震えていて、これは顔面右ストレートが来るかもなぁ…なんて遠い目をした。のだが。
「っ、マサ、泣いてる?!」
「え…?」
聖川は泣いていた。眉根を寄せて、声を出すまいと口を一文字に引き結んだまま、はらはらと涙を零していた。
そんなに嫌だったのかと右ストレートよりも強い衝撃が頭を襲う。
傷付けたかった訳じゃない。でも傷付けてしまった。オレが欲張ったから。オレが下心を隠せなかったから。
すぐに身体を離したかったがまだ腰が立たないようで手を離すのは気が引けた。
まずは謝罪だと口を開こうとした時、先に声が発せられた。
「…すまない神宮寺」
「…なんでお前が謝るの?」
ぽろぽろ涙を零しながら虚空を見つめる聖川に問う。
「俺は…お前とのキスに翻弄されるだけで…自らの宣伝すら上手くできず…お前に任せっきりで…申し訳ない…こんな不甲斐ない人間で…」
「………………は?」
なんでそうなる?オレを責める流れじゃないのか?
「真斗くん、お仕事ちゃんと出来なかったって思っちゃったんですね」
「事実そうだろう…アドリブに対応できず…自分の番宣すら出来ず…怠慢と言っても過言では無い。すまなかった神宮寺…俺が上手く拾えなかったから…」
「待って聖川。お前、オレとのキスが嫌で泣いてるんじゃないの?」
「?別に嫌ではないが?上手く仕事が出来なかった己に対しての失望だ…」
またぽろぽろと零れていく涙。正直オレはそれどころじゃなかった。嫌ではない。その言葉に胸が高鳴る。もしかして、チャンスがあるのではないか?
「わーーーーーっマサごめんこれ逆ドッキリなんだーーーー!!!マサはちゃんとお仕事出来てるよ!!!!!!」
イッキが看板を持って聖川に見せている。それを見た聖川は少しだけ目を見開いてまた顔を伏せてしまった。
「そうか…逆ドッキリか……それだというのに俺は何一つ面白い反応も出来ず………」
「マサ泣かないでーーー?!撮れ高はすっごいあると思うから!!!ちゃんと反応してるじゃんみんなびっくりするよーーーーー?!?!」
「ちょっとこれ以上は素面に戻った時可哀想だから、聖川控え室に連れてくよ…」
「…今回のは使わず、別の撮ることもできるけど、どうしたい?」
「……醜態を晒すのは恥ずかしいが、俺個人の感情で皆のスケジュールを乱すのは本意では無い。そのまま使ってくれて構わない」