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2 the second day
ぶぶぶぶ…。
ポケットの中にある携帯電話が震えた。
ちら、と携帯電話の入っているポケットを一瞥して溜息。
もう何度目だかわからん…。
沖田総司に突然の告白を受けたのが昨日。
1週間後に返事をすると約束(半ば強引に)した後、「じゃあ携帯の番号とメールアドレスを教えて」と沖田に言われ、携帯電話を持っていなかった斎藤が素直に「そんなものは無い」と答えると、これまた強引に携帯電話を買わされたのだ。
まさか親まで説き伏せるとはな…。
昨日の一連の騒ぎを思い出してまた溜息。
沖田は昨日、斎藤の自宅に着いてきて、いつの間にか仲良くなった斎藤の母親に『いかに携帯電話が必要な物か』を滔々と説明し、数時間後には閉店間際の電気量販店で斎藤の携帯電話を購入していた。
授業中は電源を切っていた斎藤が、昼休みに携帯の電源を入れると、続けざまにメールが届いた。
それは全て沖田からで、内容は『授業がつまらない』とか『一君は何してる?』とかいう内容ばかり。午前中の授業の最中に何度も送っていたらしい。そのあまりの数に斎藤は、一度取り出した携帯電話を再びポケットへと戻し、全てを受信するまで放っておく事にした。
あいつは授業中に一体何をしているのだ?
呆れを込めてまた溜息。
「一君、今日さー溜息ばっか吐いてねえ?」
そう声をかけてきたのは、同じクラスの藤堂平助。
斎藤は、ちらりと藤堂を一瞥すると「まあな」とだけ返す。
「何、悩みでもあんの?」
昼休みでそこの主はどこかに行っているのか、空いている斎藤の前の席にどかっと腰をおろして藤堂は顔を覗き込んだ。額に掌をあて、「熱はねぇみてえだなー」と呟く。
どうやら心配してくれているらしい。
「一君には色々と世話になってるし、俺で良ければ聞くけど?」
藤堂の気遣いに斎藤は思わず微笑む。
「実は…」
昨日からの一連の騒ぎをかいつまんで話そうか、と、斎藤がポケットから携帯電話を取り出すと、
「あれ!?なになに一君。ケータイ買ったのかよー!見して見して!」
いち早く携帯電話の存在に気が付いた藤堂が、斎藤の手から真新しい携帯電話を奪い取る。
そして、斎藤の携帯電話を眺めながら「うお!?これ最新機種じゃん!いーなー!」などと騒ぎだした。
斎藤は、そんな藤堂を見ながら何となく話しそびれた事の顛末を、果たして本当に話してしまっていいものか思い直し始める。
男に付き合って欲しいと言われた。しかも相手は『あの』沖田総司だ。藤堂に話しても、からかわれてるだけじゃねーの?と言われ、笑われるのがオチではないだろうか。斎藤でさえ最初は沖田の悪ふざけの一環なのだろうと思ったのだ。その場に居なかった藤堂なら尚更そう思うに違いないだろう。
だが俺は…俺を好きと言った時のヤツの目を見ている…。
目は口ほどにものを言う、ではないが、あの時の沖田の真摯な目は、決して嘘偽りなどは無かった。
では相手の名を伏せて、告白されて悩んでいる、とだけ告げればいいだろうか。
いや。藤堂の事だ。相手は誰だ誰だと騒ぎ出し、クラス中の注目を浴びてしまうに違いない。
不必要に目立つ事は避けたい。なるべく。……否、絶対に。
「なあなあ、一君。アド交換しようぜー!」
斎藤の胸中など知らぬ藤堂は、悩みを聞くと言った数分前の自分を忘れてしまったかのように、斎藤の携帯電話に夢中になっている。
それならばそれでいい。
やはり話さない方が良いだろう、という考えに変わり始めた斎藤には、話をはぐらかしてしまう為に携帯電話の話題は丁度良かった。
「ああ。実は昨日買ったばかりで勝手が分からない。操作を教えてくれないか?」
「なーんだ。もしかして悩みってその事?ケータイの操作ぐらい、勉強よりも簡単だってーの!」
どん、と胸を叩く藤堂に微笑みながら「頼もしいな」と斎藤は呟いた。
「んじゃ早速……て、あれ?」
斎藤の携帯電話を開いた藤堂が、画面を見て訝しげな表情になった。
「どうしたんだ、平助」
斎藤が声をかけると、困惑した表情のまま藤堂が顔を上げる。
「一君……なんかすげー数のメールがきてるんだけど…」
…しまった。
沖田からのメールを忘れていた。
「そ、それは…」
「37件て。…なぁ一君。もしかしてさー、メアドすっげー簡単なのにしてない?迷惑メールとかなんじゃねーの?」
未読メールを開こうとする藤堂を止めようと、斎藤が慌てて手を伸ばす。と、斎藤よりも先に藤堂から携帯電話を奪った者がいた。
「僕のメールを迷惑メール扱い?」
ぱちん、と音を立てて携帯を折り畳みながら、悠然と佇む沖田を二人同時に見上げる。
「げっ…!総司!」
藤堂があからさまに嫌そうな顔をした。
「ねえ平助。さっきから一君に対して随分馴れ馴れしいけど。君、一君の何?」
「な、何って…?友達でクラスメートだけど?…」
敵意丸出しの沖田に、真意が分からないからなのか、おずおずと藤堂が答える。
「へえ?友達ならメールを勝手に見ても良いんだ?それって何?クラスメートの特権?」
沖田は笑顔のままだが、目が笑っていない。どうやら藤堂も危険を感じたらしい。そっと椅子から腰を上げて後退る。
「べっ、別に他意はねえよ!一君、ケータイ初心者みたいだし?迷惑メール対策とかしてねーんじゃねーの?って。俺がしてやろーかなって。それだけだし。…あ!おおおお俺!用事あるんだった!じじじじじゃーな、また後で!」
慌てたようにそう言うと、藤堂は素早く身を翻して教室を出て行った。
その後ろ姿を見送って、斎藤が「…用事があったのか…。引き止めてしまって…悪い事をしたな…」と呟くと、それを聞いた沖田が目を丸くして、次の瞬間に爆笑した。
「あっははははは!一君、それ本気で言ってるの?」
「……一体何がおかしい?」
ムッとしながら問うと、ひーひー言いながら沖田はごめん、ごめんと謝る。
「それが一君だよね。そういう所が好きなんだけど……ぷっ」
まだ笑いを堪えきれていないようで、沖田はくくくっと肩を震わせた。
自分の発言が笑われているのは確かなようだが、斎藤には何故笑われているのか分からない。分からないのに爆笑されている。
だんだんと怒りがこみ上げてきた斎藤は、ガタンと音をたてて立ち上がると、無言のまま教室を出ようとした。
「あれ?一君、どこに行くの?」
「飯を食べに行ってくる」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら聞いてきた沖田を睨み付けて、斎藤は一言返すとすぐにスタスタと歩き出す。
「ちょっと待ってよ一君、昼飯なら僕も一緒に…」
「悪いがひとりにしてくれ」
追いかけてきた沖田にそう言い放つと、斎藤は振り向きもせずに廊下を歩いて行った。
「怒らせちゃったかな?」
一人残された沖田が、ポリポリと頭を掻いて呟いた。
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思ったよりもだいぶ長くなってしまったので、一旦区切ります。
追記で言い訳。