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【pieces】妄想の欠片達(04)『ひな祭り祭りアフター』(完全版)



 十三夜の月は十分に夜道を照らし、私と一緒に家路を急いでいた。
 足早に白皇学院の広大な敷地を抜け、振り返えると時計塔に月がかかっている。
 自然と笑みがこぼれた。
 ハヤテ君は、しきりに私を家まで送ると言ってくれたけど、私にはちょっとだけ一人の時間が必要だった。それに……、その、もしもよ? あくまでも、もしもなんだけど、ハヤテ君と、そんな風な雰囲気になったりしたら……、今日の私は流されてしまうかもしれないから。

「……ふぅ」

 もう、駄目ね。そんな事を考えるだけで顔が熱くなるのが分かる。
 私はナギからの誕生日プレゼントの腕時計(ブルガリだそうだけど、有名なの?)に目をやり、直に午前1時になろうとしているのを確認した。一応、お義母さんには連絡を入れたけど、多分まだ起きて待っている筈。そんな女性だから。
 私は左手に持った正宗を持ち直し(でないと、ハヤテ君は納得しなかった)、右手にはハヤテ君のクッキーを抱え、更に速度を上げた。

 16歳になった私を、月だけが追いかけてくる。


◆◆◆


「お帰りなさい。ヒナちゃん」

 思った通り、お義母さんは起きて待っていてくれた。

「ごめんなさい。遅くなっちゃって……」

 そう言ってリビングに上がると、お義母さんは、珍しく居間のテレビを観ていたようだった。こんな時間に、お義母さんの好みの番組なんてあったかしら? 不審に思い、何気なく画面に目をやった。

「!」

 そこにはど派手な衣装に身を包んだ、ピンク色の髪の少女が歌い踊っていた。思っていたよりずっとノリノリで、観客もかなり盛り上がっている。早い話が『ひな祭り祭り』での私が映っていた訳で……

「な、な、何よこれ?!」
「これ? よく撮れてるでしょ。花菱さんがプレゼントしてくれたのよ」

 さも、嬉しそうにお義母さんが答える。満面の笑みとはまさにこのことだろう。が、私は素早くリモコンを奪い去り、再生停止。DVDを没収した。

「酷い。ヒナちゃん……」
「酷くありません!」

 うるうると涙目になるお義母さんを後目に、私は美希達、動画研究会のメンバーをどうしてくれようかと考える。

「全く、あの娘達は……」溜め息混じりに絞り出した声にお義母さんの声がかぶさる。

「でも、良いお誕生日会だったわね」
「そ、それはそうだったけど……」

 美希の手筈で、思いもよらない位に大掛かりな誕生日会になってしまったけど、確かに良かったかも。皆も楽しそうだったし。しかし、

「絶対、これだけの筈ないわよね……」

 私はDVDに目をやり、果たして、どれほどのデータが美希達の手に渡ったかと考え、憂鬱になった。

「そうじゃなくて、あ・や・さ・き・君」
「あ……」

 お義母さんが、人差し指でリズムをとりながら指摘した。
 途端に私は真っ赤になる。それ位わかる。だって、耳が信じられないくらい熱いんだもの。

「べ、別にそんな……、普通よ普通。特別なことなんて何もなかったんだから」
 私はお義母さんに、ハヤテ君お手製のクッキーを見せて、いたって普通だった事をアピールする。けど、お義母さんは意味深な微笑みを浮かべて、サラリと言った。

「だって、今夜のヒナちゃん、もの凄く可愛いんだもの」

 ――っ!
 何か、何だかわからないけど負けた気がする。しかも勝ち目も全くない気がするのは何故だろう?

「これでも、お義母さんなんだから、ヒナちゃんのコトなら何でもお見通しよ」

 ソファーの上で、ボディブロウを食らったボクサーの様に動きを止めている私を眺めながら、お義母さんは楽しそうにコロコロと笑った。
 そう、この女性は十年前、私とお姉ちゃんを受け入れてくれた人。優しい、優し過ぎる女性。勿論、私も大好きで……
 その時、ハヤテ君のアノ言葉が私の頭を掠めた。

『でも…今いる場所(ここ)は… それほど悪くはないでしょ?』

 お義母さんは、ハヤテ君のお手製クッキーの出来に感心して、一つ二つと摘み「これは、お茶を入れないと勿体無いわね」と台所に向かった。その背中に向かい、私は衝動的に語りかけた。

「あ、あのね……」
「何? お紅茶の方がいいかしら?」

 小首を傾げながら振り向いたお義母さんは、私の剣幕に少し驚いて、目をパチクリさせる。けど、私はそんなことにはかまわず、今まで心に秘めてはいても、実の両親への想いから口に出来なかった気持ちを唇に乗せた。

「お、お義母さん……。い、今まで、その、私達を育ててくれて……あ、有り難う……」

 お義母さんの瞳が更に大きく見開かれる。私は私で、こんな言葉位じゃ伝え切れない程の想いがあるのに続かない。

「ええと、あのね……」

 もどかしさにじれて、私はお義母さんの傍まで寄る。すると、いきなり抱きしめられた。

「きゃっ!」
「ヒナちゃん……」

 私を強く強く抱きしめた後、ゆっくりとお義母さんは身体を離し、私を正面から見つめた。怖いくらい真剣な瞳。けど、右手は優しく私の髪を撫でている。それは遠い昔、独りになる事を不安がる私をあやした優しい手。私もお義母さんを見つめ、言葉を待った。
 すると、

「幾らなんでも、結婚はまだ早いと思うの」
「へ?」

 予期せぬ言葉に私はあっけにとられた。

「確かに綾崎君はいい子だと思うけど、二人共まだ16歳だし、せめて婚約して……」
「え、あの、その、お義母さん?」
「それにしても、雪ちゃんよりヒナちゃんの方が先にお嫁に行くなんて……。雪ちゃん、そんなにモテないのかしら?」

 モテないと思う。
 例外的に薫先生を思い浮かべたけど、薫先生の為にも結婚は止めた方がいいと思った。実の妹としては、流石に、この評価はどうかと思うけど。
 じゃなくて、

「お、お嫁になんて行かないわよっ!」
「じゃあ、綾崎君がお婿さんに?」

 違う!
 ……何よ、その残念そうな顔は?

「あ、あのね、お義母さん……」

 私は、いい加減、ボケ倒してているお義母さんに真意を説明しようとしたのだけど、その前に、お義母さんは、もう一度、私を優しく抱きしめ、こう囁いた。

「有り難う、ヒナちゃん。私をお義母さんにしてくれて……」
「あ……」

 少し涙ぐんでいたかもしれない。お義母さんも。私も。


◆◆◆


 ベットのスプリングが軽く軋む。パジャマに着替えた私は、まだ少し湿っている髪をかき揚げて、窓ガラスに映る自分の姿を見やった。
 少しは女の子らしくなったのだろうか? 美希なんかに言わせれば「あれで実質、中身は男の子みたいなもんだし」なんて言われる私が。

「ふぅ」

 コロンとベットに転がり、軽く目を閉じる。すると、胸の中に時計塔での事がじんわりと染みてくる感じがした。
 そう、私はハヤテ君が好き。この想いは確かなもの。けど、その想いを真っ直ぐハヤテ君に伝える事は無いと思う。少なくとも今は……。
 だって、彼女と約束したんだから。
 瞼の裏に、小動物の様な、それでいてどこか逞しい西沢さんの面影が浮かぶ。
 女の子。本当に女の子よね。純粋で一途で、それでいて臆病で……

(どうしたらいいのかな)

 胸が苦しい。
 ハヤテ君への想いに気付かなかった時とはまた別の何かが、胸を締め付ける。

「ああ、もう!」

 私は反動をつけて腹筋だけで起き上がると、差し込む柔らかい灯りに誘われるように窓から外を眺めた。

(綺麗な月……)

 あの時と同じ月が浮かんでいる。ハヤテ君が連れ出してくれた、テラスから見たあの月と。

「あ……」

 確か、あの時の月もこんな感じだった。
 不意に十年前、住む家もなく、お姉ちゃんと夜の街をさ迷った時の事が脳裏によぎった。寒くて、お腹がすいて、悲しくてどうしょうもなかったあの時。

「ほーら、ヒナ。あの月、お饅頭みたいだよ」
「……ちょっと欠けてる」
「ごっめーん。お姉ちゃんが少し食べちゃった」

 まだ高校生だったお姉ちゃんは、本当にくだらない事を言いながら私の前を歩いていた。唯一、差し押さえを免れた愛用のギターを背負って。
 私は、自分が何故こんな目にあうのか分からなくて、私達を置いて逃げたお父さん達が信じられなくて、この世界全てを恨みかけていた。けど、

「ねぇ、ヒナ」
「……」

 そんな私の心を見抜いたのか、それとも、今にして思えば単なる気まぐれだったのか、お姉ちゃんは私を振り返り、ニカリと笑い、こう言った。

「大丈夫。私がヒナを守るから」
「!」
「だからさ、そんな顔しなさんな。誰かを嫌いになるヒナは、お姉ちゃん嫌いだな」

 当時もお姉ちゃんは滅茶苦茶だったけど、その言葉は私の琴線に触れたのだ。私はお姉ちゃんのコートにしがみつき、ひたすら頷き、お姉ちゃんは、そんな私の頭を無言で撫で続けた。

(嫌いになんかならない)

 人の心は儚く弱い。些細なことで壊れ、二度と戻らないこともある。
 だから、これは大事な大事な私の心(なか)に生まれた結晶。
 この気持ちを抱えて進んでもいいの?
 夜空に浮かぶお月様は何も答えてはくれなかったけど、不思議と私の気持ちは落ち着いた。


◆◆◆


 目覚めは爽快だった。私は身嗜みを整え、家を出る。
 足元は、お気に入りの赤のコンバース。
 朝の空気はヒンヤリと私を包み込み、そして私はいつもの様に白皇学院へ向かう。いつもより暖かな気持ちを胸に抱いて……


◆◆◆


 今朝は若干登校する生徒の数が少ない気がする。しかも、祭りの後特有の気だるい空気が漂っていた。
 まぁ、仕方ないかな。飾りや機材の撤収で、一、二限は潰れてしまうのが通例の様だし。

「おはようございます。会長」
「あ、おはよう」
「昨夜のライブ、スッゴく素敵でした」

 正門を過ぎた辺りから複数の生徒に声を掛けられる。主に話題はライブの件だったけど……
 そんな彼女達(女の子だらけだった)を適当にあしらいならがら人波を縫い、私は目当ての彼の姿を探す。
 ……いた。
 鼓動が高鳴り、顔に血が上るのが分かる。

(ハヤテくん……)

 とにかく、深呼吸を一つ。
 やっぱり運がいい。少し長めの襟足と見慣れた執事服の後ろ姿が視界に収まった。隣りには小柄なツインテールの少女。何か言い争っている様だけど、多分、ナギが登校を渋っているんだろうな。
 もう、まったく仕方ないご主人様ね。
 私は、若干引きこもりの気がある年下の友人を眺め、思わず苦笑を漏らす。

「フフッ……」

 ちょっと肩の力が抜けたみたい。これはナギに感謝しなくっちゃね。
 何故なら、これが今日の最重要事項。笑っちゃ駄目よ? 女の子にはとってはとっても大切なことなんだから。
 今朝起きてからずっと考えていたんだもの。もし、今日、ハヤテ君に会えたら何て言おうか?
 それは……
 私は何度も練習した台詞を思い浮かべ、ハヤテくんに向かって走り出した。


おしまい

【pieces】妄想の欠片達(03)『オレンジプラネット』



 どんな完璧超人にも弱点はある(らしい)。
 例えば、高所恐怖症だったり、カレーは甘めが好きだったり、ペッタンコだったり、死ぬ程負けず嫌いだったり、好きな男の子に告白出来なかったり……。

 これは、そんな少女のある日の物語。


◆◆◆


 学年末試験も終了し、学院全体が弛緩した雰囲気に包まれるなか、その部屋の主は多忙を極めていた。
 勿論、一切の物事に対し手を抜かない彼女のコト、自分の仕事は完璧にこなしている。だが如何せん、仕事とはそれ程単純なモノではない。まして、他の生徒会役員があのメンバーでは……

 ここは白皇学院時計塔。通称『ガーデンゲート』最上階生徒会室。主は現生徒会会長、桂ヒナギク(一年)である。


「……遅い」

 手にしたシャープペンシルを、へし折らんばかりに握りしめ、ヒナギクは呻いた。
 どうやら、今日の昼迄に提出の書類を、例の三人組は完全に忘れている様だった。いや、そもそも書類の事を覚えているのかも怪しいとヒナギクは気付いていた。
 とはいえ……

(まぁ、仕方ないかしら)

 三人の成績の悲惨さはヒナギク自身が良く知っている。普段から落第させない為に勉強をみてあげてたのだが、今回はヒナギク自身も色々とあった為、三人組にかかりきりとはいかなかった。

(落第してなきゃいいんだけど)

 しかし、それとこれとは話が別である。企業で言えば年度末あたるこの時期に、事務仕事が滞ることは来年度に響く。
 殆ど前例のない一年生の生徒会会長とはいえ、無様な運営記録を残すのはヒナギクのプライドが許さない。
 よって、一つ保険をかけておいたのだが。

「本当、遅いわね・・・くん……」


 時計塔の短針は三時を少し過ぎていた。一部の部活動を除いて、大部分の生徒は帰宅し、広大な敷地を誇る白皇学院は静かな午後を迎えていた。

 ごく一部の生徒を除いて。


「遅い!」

 怒気と共に吐き出された台詞と、デスクに叩きつけられた拳にヒナギクの怒りは集約されていた。
 思い返せば彼はいつも"そう"だった。軽い感じで約束し、それを果たす為に無茶を重ねる。そして、更なる不幸を加速させるのだ。
 ヒナギクの誕生日の時もそうだった。約束の時間を大幅に遅れて彼は現れた。
 そして……
 そこまで思索を巡らすと、ヒナギクは一人頬を染めた。勿論、自覚が無かった訳では無い。しかし、ヒナギクは事実と向き合うことを恐れていた。それを彼に悟らされ、結果として彼への想いも自覚した。
 それは、荊の道かもしれないと理解しながら。
 彼の境遇が一筋縄ではいかないことは、ヒナギク自身が、経験上よく分かっていたのだから。

(それに、もう……約束しちゃったし)

《西沢歩》

 最近知り合った彼女だが、その約束を反故にする気はヒナギクには無い。何故なら、それは桂ヒナギクではない。

(けど……)

 ヒナギクは軽い眠気を感じた。連日のハードワークの影響かもしれない。コツンとおでこをデスクにあてて目を閉じる。すると、脳裏に女顔の執事服を着た少年の笑顔が現れた。

(もう、呼べば来てくれるって言ったくせに……)


◆◆◆


 甘い香りと冷気を含む空気を感じ、ヒナギクは目を覚ました。
 どうやら、テラスへの扉が開けられてる様で、冷気はそこから流れ込んでくる。
 甘い香りは目前に置かれたティーカップから溢れ、その脇には几帳面に束ねられた書類が置かれていた。

「すいません。起こしてしまいましたか?」

 同級生だというのに言葉使いが丁寧な彼が、逆光のなか振り返った。
 夕日のせいで、辺り一面オレンジ色に染まっている。おそらく、彼から見たヒナギクは真オレンジだろう。

「遅い……」

 ポツリと呟いた一言に、彼の動きが停止する。

「す、すいません。その、色々ありまして……」

 しどろもどろになる彼を眺めていたヒナギクは、自分の肩から掛けられていた執事服に気が付いた。
 ここ、白皇学院では、ある意味スペシャルな存在を誇示する執事服だが、彼にとっては枷でもあるのではないかとヒナギクは思う。
 ヒナギクは執事服の前を合わせ、軽く抱きしめた。彼の境遇を確かめる為に……。

「あ、寒いですよね。いま閉めますから」

 ヒナギクの行動を勘違いした彼が、気を回してテラスから戻ろうとする。

「待って、違うの。その……、いい眺めかしら?」

 一瞬、発言の意図を掴みかねたのか、彼は戸惑いの表情を浮かべた。しかし、直ぐに事情を察して言葉を継ぐ。

「……はい。凄いですね。この時間に時計塔に来たのは初めてでしたから、びっくりしました」

 宵闇が訪れるまでのほんの刹那、この場所がオレンジに染まることはヒナギクにとっては日常である。しかし、高所恐怖症のヒナギクには景色を眺める選択肢は初めから無かった。

「そう」

 あの時、真夜中のテラスに連れ出してくれたのは彼だった。

「そこで……待っていてくれる? ハヤテくん」

 一瞬、二人の視線が絡み、ヒナギクは羞恥を感じた。以前のヒナギクならば、決して言わない台詞だったからだ。しかし、ハヤテは屈託のない笑顔を見せて、ヒナギクに向かい手を差し伸べた。

「ハイ、ヒナギクさん」



 そうして、ヒナギクは、オレンジの世界に向かってゆっくりと歩きだした。



おしまい

【pieces】妄想の欠片達(02)『お兄ちゃん狂騒曲』



「お兄ちゃん分が不足しとんねん」

 急ぎの用があるからと呼び出したハヤテに、顔を合わせるなり咲夜は言った。
 場所はビデオレンタルショップVタチバナ近くの喫茶店。学校帰りらしく、咲夜の通う女子校の制服のままである。

「意味がよく分からないのですが……」

 頬に一筋の汗をたらしながら、執事服の少年は困惑した表情で、アイスコーヒーをチューと啜る少女を見た。

「いや、まんまやけど?」
「お兄ちゃん分がですか?」
「そや、お兄ちゃん分や」
「……」
「……」
「あ、こら! どこ行くんや。待たんかい!!」

 暫し見つめあった後、ハヤテはサッサと伝票を持って会計へと向かった。咲夜はスクールコートと鞄を抱え、ハヤテの後を追う。

「自分、反応が淡白過ぎるで。こんな可愛い妹(分)が出来たら、普通、溺愛するもんや」
「は、反応に困る様なこと言わないで下さい!」

 咲夜の誕生日の夜、『ハヤテお兄ちゃん』と呼ぶのはどうや? と聞かれた後から、時々、咲夜はハヤテを呼び出す様になった。用事は特にない。ただ、顔を会わせて、たわいもない話をする事が殆どであったが、咲夜は満足している様だった。
 しかし、殆ど意味なく呼び出される立場のハヤテとしては、流石に一言、言っておくべきかと思ったのは致し方ないだろう。

「咲夜さん」
「あん?」

 ハヤテの後ろを歩く咲夜は、若干不機嫌に応える。

「別に、咲夜さんとお話しするのは嫌ではありませんが、あまり意味なく呼び出すのは、ご遠慮願いませんか?」

 ハヤテの言葉に咲夜は目を見張る。

「……なん……やと?」

 柳眉が逆立つとは、正にこのことだろうとハヤテは思った。しかし、それでもハヤテは言葉を継ぐ。

「お屋敷の方に来て頂ければ、いつでも歓迎致しますし、お嬢さまも喜びますので……」

 が、しかし、全てを言い終える前に咲夜のハリセンが一閃した。

「ハ、ハヤテ兄ちゃんのアホーーーーッ!!」

 地面にめり込んだハヤテを残して、咲夜は走り去った。


   †††  †††  †††


 あほんだら、あほんだら、あほんだら!
 ほんまに、うちの気持ちも知らんと、言うに事欠いて、「お屋敷に来い」やと? そんなんしたら、お兄ちゃんなんて呼べへんやないか! まったく鈍感にも程があるで。どないしたろか、あのボケは!! ほんまに、ほんまに……
 怒りに任せて駆け続け、気がつけば、咲夜は商店街の広場にいた。
 夕飯の支度前のささやかなざわめきと、そろそろ帰宅時間を気にしだした子供達の声が、街の風景に溶け込んでゆく。
 咲夜は、ため息を一つつき、噴水の側のベンチに腰掛け、目の前の大時計を兼ねたモニュメントをぼんやりと眺めた。

(そりゃあ、うちが勝手に言いだしたんやけどな……)

 もう少しハヤテに近づきたい。けど、近づけない。そんな微妙な心理が、らしくもない、『用もないのに何度も呼び出す行為』になってしまったことを咲夜は自覚していた。

「そやけど、しゃあないやんか。お兄ちゃんなんて初めてなんやから……」

 そう一人ごちて、咲夜は、オレンジ色に染まりかけた空を仰いだ。


   †††  †††  †††


 ハヤテは執事服の埃を払い、首を捻りながら立ち上がった。流石にガン●ムの生まれ代わりと噂される三千院家執事。ほとんどダメージは受けていない。

(やれやれ……)

 咲夜さんにも困ったものだなと。そう思いながらも、ハヤテは若干の違和感も覚えていた。
 基本的に咲夜の聞き分けは良い。大富豪のお嬢さまである無茶振りも目立つが、本質は面倒見の良い優しい性格である。
 それが理不尽とまで言える行動に出るには、理由があって然るべきである。
 なんとなく、覚えのある感覚なんですが、何だったか……。古い、そう、記憶の奥隅に埋もれている様な感覚が……
 ハヤテは自らの記憶の中から、何かを手繰り寄せようと苦闘するが、余りに模糊曖昧なソレは、なかなか明確な形にならない。

(うーん、もうちょっとなんですが……)

 その時、ふと、ある光景がハヤテの目に止まった。と同時に、胸に微かな震えが走った。


   †††  †††  †††


 広場の入口に見慣れた細身のシルエットが現れる。
 少し長めの色素の薄い髪と、造形だけ見ると少女じみた顔の造り。だが、しなやかな足の運びは、彼の驚異的な身体能力の一端を感じさせた。

(……やっと来よったか。遅いわ、ボケ!)

 ハヤテの姿を認識し、笑顔になりかけた咲夜だが、すぐに気付かぬ素振りでソッポを向いた。対してハヤテは真っ直ぐに咲夜の座るベンチへと向かう。
 意地でも目を合わしてやるかと明後日の方を向く咲夜に苦笑しつつ、ハヤテは咲夜の前に立ち、暫し考えた後、咲夜の鞄とスクールコートを手に取り、ベンチに腰掛けた。
 途端に、弾かれた様に咲夜の顔が逆方向を向く。
 安易な懐柔には応じへんで? と暗に答えている様な咲夜の態度だが、ハヤテは特に言い訳もせずに、畳んだスクールコートと鞄を抱えて広場の光景に目をやった。
 広場には、――あれは多分、兄妹なのだろう――帰宅を愚図る少女の手を引く少年や、遊びに夢中になり、帰宅時間を忘れがちな子供達を迎えにきた母親らしき人達の姿が散見され、ざわめきの中にも夕暮れ時の寂しさが感じられた。

「……」
「……」
「……なぁ」
「はい」
「自分、何か、うちに言わんといかんことあらへんか?」

 暫しの沈黙の後、いい加減じれた咲夜がハヤテに言葉をかけた。
 相変わらず、ハヤテと逆方向を向いているのは、何と言うか……、まぁ、意地である。

「そうですねぇ……」

 視線を正面に固定したまま、要するに咲夜の方を向かぬまま、ハヤテはのんびりと答える。

「僕に兄がいたことは、お話ししましたっけ?」

 兄? 確か、年の離れた行方知れずの兄貴がおると言うとったな。と、あの夜の事を思い返し、咲夜は頷く。ソッポは既に向いていない。
 ハヤテは頷く咲夜を横目で見やり、それから、自分に言い聞かせる様に語りだした。

「でも、何と言うか、あんまり小さな頃の記憶が無いんですよ。だから、咲夜さんの望む、お兄ちゃん像に叶うかどうか分からないのですが……」

 僅かに間をおき、ハヤテは咲夜の方を向き、そして、右手を優しく握った。

(なっ!?)

 不意打ちの感触に咲夜はパニクる。

「ちょっ、まてこら! 何、勝手さらしとるんや!? そ、そんなんで、うちは懐柔されたりせん……」
「弟としての記憶しかないんですけど」

 対照的に、ハヤテは自らの記憶を懐かしむ様に柔らかく微笑む。

「ただ、一緒にいてくれるだけで嬉しかった覚えがあります」
(へぇ……)

 そう語るハヤテを、咲夜は不思議な面持ちで眺めた。
 なんや、ハヤテの奴にも、ええ家族の思い出の一つもあるんやないか。あん時の感じは微妙やったけど。

「……そうか?」
「はい」

 そう答えて、ハヤテは咲夜を見つめ、ですから――と前置きし、
「咲夜さんがいたいだけ一緒にいたいと思います」と言った。

(え!?)
「尤も、僕には執事としての仕事がありますので、それで良ければ……ですけど」

 どうですか? とハヤテは尋ねる。
 ハヤテの言葉に、一瞬、咲夜は呆けた表情を見せたが、それはすぐに歓喜の表情へと変化する。

「べ、別に、何かして欲しいんと違うんや。うちは、ハヤテ兄ちゃんと一緒なら……」

 それだけで……
 あ、あかん。幸せ過ぎる。ええんか? こんな簡単で? ハヤテが……、いや、ハヤテお兄ちゃんが、ずっと一緒にいてくれるんやで? ずうっとや。
 咲夜は、とろける程の甘い感情を噛みしめた。
 その言葉を聞いたハヤテは、ホッと息をつき、「じゃあ、行きましょうか」と立ち上がった。

「へ?」
「ほら、咲夜さんも」
「あ、ああ。そやな」

 ハヤテは右手に咲夜のコートと鞄を抱え、左手を繋いだまま歩きだす。
 ちなみに、来た道を逆行しているので、商店街を抜けることになる。
 流石に、会社帰りのサラリーマンの姿はまばらなものの、タイムサービス狙いの主婦達や、部活動帰りの学生が目立つ時間帯だ。
 そんな中を執事服の少年と、勝ち気そうな美少女が手を繋いで歩いているのである。
 正直、人目を引いて仕方がないが、咲夜は全く気にしていなかった。
 手ぇ繋いだままちゅうのは、ちょっと照れくさいけど、まぁ、ええか。なんたって、『お兄ちゃん』なんやから。
 お兄ちゃんは、全てに優先する。今の咲夜の気分を代弁すると、そんな感じだった。

「ところで、ハヤテお兄ちゃん、何処行くんや?」
「とりあえず、ワタルくんの店ですね。近いですし」

 確かに近いが、何でまた? と不思議がる咲夜に、

「DVDを借りにいくんですよ。なんだか、お嬢さまが急にD級映画が観たくなったらしくて」

 ほら、とハヤテは携帯を胸ポケットから取り出し、メールを咲夜に見せた。よく見ると、他にも数通メールが届いている様だ。

「なんか、携帯の調子が悪くて通話が駄目みたいで、マナーモードも解除されないんですよ」

 何度も呼び出されていたのに、メールが届くまで気がつきませんでしたと、ハヤテは苦笑する。
 成る程、それで用事が出来たっちゅう訳かい。成る程なぁ……
 ――って、待たんかい!

「はい?」

 咲夜の剣幕に、ハヤテは、きょとんとした表情で応える。

(それって、まさか……)

 そのハヤテの表情を見た時、咲夜は全てを悟った。

 『今日は』仕事があるけど、一緒におるってことかいな!?

「……」
「咲夜さん?」

 突如フリーズした咲夜を、ハヤテは不思議そうに見た。

「だーーーーっ! うちの感動を返せ!! 今すぐに!! 十倍返しで!! ちゅうか、紛らわしいまねすなっ!!」

 手ぇ繋ぐなんて!
 いたいだけ一緒におるやなんて!!
 うちはてっきり、てっきりやな……、その、なんや……
 そこまで考えて、咲夜は羞恥のあまり「うがーーっ!!」と叫び、ハヤテと繋ぐ右手を振り回し喚き散らした。

「ええい、コラ! 放せ、放さんかい、ボケがぁ!!」

 しかし、リーチで勝るハヤテの腕から逃れられる訳もない。
 ハヤテは、「咲夜さんは我が儘ですねぇ」と笑い、

「妹と手を繋ぐのは普通じゃないですか。咲夜さんも、ご覧になったでしょ?」などと言う。
 確かに見た。だが、あの少女は、どう見ても修学前児童だった。兄の方も、せいぜい小学生低学年。

「けど、十六歳と十四歳でも、八歳と五歳でも、兄妹は兄妹ですよ?」とハヤテは、したり顔で答える。
 ぐうっ……。正論や、全くもって正論や! けどな、

「納得いくかーーっ!!」

 咲夜の雄叫びが商店街に響き渡る、そんな夕暮れ。
 ただ、長く伸びた影だけは、仲の良い兄妹の様だった。


おしまい

祥子さまとドライブ【マリア様がみてるSS】

 その日、福沢家の前に一台の黒いスポーツカーが停車した。


『祥子さまとドライブ』


「お姉さま?」
「ごきげんよう。祐巳、祐麒さん」

 前触れもなく福沢家を訪れた祥子さまに、祐巳は目を白黒させた。
 ちなみに、お姉さまと言っても祐巳が通うリリアン女学院のスール制度による『姉』であり、血縁関係でない。だが故に、先輩であり、親友であり、恋人の様な感情の入り混じった強固な絆として二人を結びつけていた。
 勿論、祐巳は、お姉さまである小笠原祥子さまが大好きである。
 が――

「ご、ごきげんよう。お姉さま。一体、どうなさったんですか? いきなりいらっしゃるなんて」
「ふふ、ドライブしていたら、急に祐巳の顔を見たくなったのよ」

 腰に届こうかとばかりの麗しの黒髪を軽くかきあげ、黒のスポーツカーに寄り添う祥子さまの姿は、モデルも裸足で逃げだすほど様になっていたが、その言葉に、家の留守番を仰せ使っていた二匹の仔狸……もとい、祐巳と祐麒は震え上がった。
 祥子さまの運転!
 それは、福沢姉弟を恐怖のどん底に叩き込むに足る悪夢であり、更に言えば、前回、祥子さまの運転をサポートしていた柏木さんの姿はない。
 つまり――
 生か死か? ではない。
 『死』あるのみ!!
 どうしよう、祐麒。と、祐巳は隣に立つ年子の弟を見るが、祐麒は、祥子の乗ってきた車を凝視して固まっていた。
 はっきり言って、車なんか見てる場合ではない。確かに以前の車と違う様だけど、重要なのは運転手である。
 祥子さまの運転なのよ? と祐巳が絶望感に苛まれていると、隣で祐麒がポツリと呟くのが聞こえた。

「黒の……ポンティアック・ファイヤーバード・トランザム?」

 へぇ、そんな名前なんだ、この車。流石、男の子だ。この手の情報では、女の子にはない知識を持っていると祐巳は感心した。もっとも、祐麒は、「まさか……、いや、しかし」などと自問自答を重ねていたが。
 兎に角、今はそんな場合ではない。生き死にがかかっているのだ。折角、瞳子とスールになったのに。一年の大半をツンデレのツンで過ごされ、これからやっとデレてくれると思ったのに。あぁ、可愛い瞳子、私のドリル。と、トリップしかけた祐巳だが、お姉さまを見捨てる訳にもいかない。
 それに、祐巳が瞳子の事を考えていた事を感じたのか、心なしか、祥子さまの視線がキツくなった気がする。これはやばい。

「それでね、祐巳」
「は、はい、お姉さま」
「私は、もう少し走りたい気分なの」

 にっこりと微笑み、のたまう祥子さま。

(……き、きた! 恐れていた事態が、変化球なしの真っ向勝負で!!)

 は、走りたいと言うのは、夕日に向かってとか、お正月の箱根路とかじゃなくて、所謂、頭文字D的な……と、頭の中でぐるぐると巡る思考を止めたのは、意外にも弟の祐麒だった。

「ドライブに行ったらどうだ? 祐巳。留守番は俺がしとくから」
「ゆ、祐麒!?」
「そう? 悪いわね、祐麒さん」

 我が意を得たりと、祥子さまはにっこりと祐麒に微笑みかけ、「さあ」と祐巳を助手席に促す。

(う、裏切られた。姉でも妹でもなく、実の弟に!!)

 祐巳は信じられない思いで弟の祐麒を見た。だが、祐麒は何やら熱っぽく車を見つめていて、祐巳の非難の視線に気付かない。
 しかし、しかしである。確かにこれは薔薇の運命かもしれず、小笠原祥子が逝くなら福沢祐巳も逝くべきであるのだろう。佐藤聖が逝くなら藤堂志摩子が逝くのが必然の様に。
 ……乃梨子ちゃんの非難の声が聞こえた気がしたけど、多分、気のせいだ。
(ごめん、瞳子。先立つ私を許して……。お姉さまと二人で待ってるからね)

 覚悟を決めて、決死の思いで助手席に向かおうとした祐巳に、祐麒がコソコソと話しかてきた。

「多分……、大丈夫だと思う。カンだけど」
「祐麒〜」

 カンって何よ? と祐巳は弟に救いを求めて最後の懇願をするが、「ごめんなさい、祐麒さん。この車、二人乗りだから……」と祥子さまに一蹴されてしまう。

「そうですね。残念ですけど……」

 そう答えた祐麒の言葉に嘘はない様に聞こえた。


   †††  †††  †††


 祐麒は、二人が乗り込んだ黒のスポーツカーを惚れ惚れと眺めた。
 乗りたかったな。と真剣に思う。
 もっとも、既に助手席に収まっている祐巳は、嘘おっしゃい! と言う表情で睨んでいるが、この車にはそれだけの価値があるのだ。おそらく。
 祐巳が乗り込んだ際にフロントボンネット下の赤色インジケーターが右から左へと点滅し、それを見た祐麒は確信した。

「祥子さん」

 自ら運転席、いや外観はスペースシャトルの操縦席も真っ青なコクピットに乗り込んだ小笠原祥子に、祐麒は念の為、この車の入手先を尋ねた。

「確か……、祖父の友人で、ナイト財団とか言ってたわ」
「そうですか。姉をお願いします」

 予想通りの答えを得て、祐麒は安心して姉を送り出した。
 黒のポンティアック・ファイヤーバード・トランザムは急加速して祐麒の前から姿を消す。
 姉の祐巳の悲鳴が聞こえたが、あの車に乗っている限り心配はあるまい。

(確か、ゼロヨン加速は時速480km/hで4.286秒。時速110km/hからの制動距離は4.2mだったけな?)

 ちなみに、最高速度は322マイル(時速約520キロ)、スーパー追跡モードでは450マイル(時速約720キロ)。
 通常、有り得ないスペックだが、その車は存在する。
 多分、祥子さんの運転技術の拙さを危ぶんだ柏木優が手を回したに違いない。

「ナイト2000か……」

 そう、祐麒は呟いて、玄関に戻って行った。


※関連記事ナイト2000(Wikipedia)
ja.wikipedia.org
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