ガラス越しの夢
君がくれた景色を、守るためにいるんだ。
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異世界なんて非現実的だと考える暇もなく目の前の現実に走り出すしかなかった。ここではない現実からきた私は、この世界の片隅で君たちを思うだけの日々を過ごせたらどんなに幸せかと思ったんだ。
それすらも許してくれないというのだから、どこかの誰かは随分と心が狭いと思う。
「だと思いませんか、アクター」
その演者は私と同じ顔で笑う。私と同じ顔の君は、私と同じ表情をしているのだろうか。
テイルズオブジアビス。私はその物語を愛している。愛しているから関わりたいと思い、愛しているから彼らの選択に介入しないことを選んだ。はじめに降りたのは土砂降りの街中だった。どうしたらいいなんて誰も答えてくれないから。何をすればいいなんてヒントはどこにもなくて。やりたいようにやれるこの自由さが、この預言の世界で酷く歪な自由だった。それでよかった。
それなら生きる為の選択をしようと思った。楽観的で駄目なら考えを変えればいいと思った。技術が、力が必要だというなら、死ぬほど恥ずかしくてみっともなくてもそれを得る為に努力した。誰かの為ではなく、本気で自分の為に、ただそれだけに走り続けるのはどちらかというと楽だった。誰かの目を気にするのも、自分に矛盾せずにただ動くのは楽だった。時間が経って誰かとの縁ができて、そこでようやっとその楽さが罪になることを実感した。間違っていないけれど、その正しさを肯定し続けられるほど私は強くはなかったから。
「結局のところ、外の存在は外の存在らしく、彼らの舞台の裏側でひっそり終わっていくくらいが丁度いいんだよ。主役になれなかった誰かの日常みたいに。過ぎ去っていく何かになるくらいが、一番丁度いい」
「そう思ってないくせに。本当は欲しかったでしょ、大好きな人たちと送る日常が、そこで交わす自分だけの現実が、そこにいるんだという実感が」
「うん」
「これが何から生まれているのか、もう分かっているでしょ」
「うん」
この世界に存在しなかった黒い何か。それは人々を狂わせたり、動物や魔物を問わず暴れさせた。何度か報告に基づき、私しか対処できないそれに出向いたことがあった。その先で問題となっているのは、必ずと言っていいほど人間が相手だった。魔物も動物もそれを纏うことがあるのに、報告例としては圧倒的に少なかったのだ。
それがずっと不思議だったけれど、今なら解る。これが私の形をしている理由も。
彼女は、世界から弾き出された影だ。誰にも何にもなれなくて、望みを持てなかった残りかす。主体性を失って動くこともできなかった世界の残骸が、異世界に来た私への反応として意思を持った。正確には、世界の防衛機構。外部の存在を弾く為の、この世界での私だ。それはとても受動的だけれど、きっとこの世界に来たばかりの私だったなら、何の抵抗もなく殺されたことだろう。残骸で影である彼女はそれをよく知っている。だから羨んだのだ。私が消えれば自分も消える。それだけのための時間を、そんなことの為に生きる。それは自分の意思とは無関係に、受動的な使命。だから、世界から弾き出されても、個人として生きている私が羨ましかった。奪いたかった。
私はこの世界を愛している。その愛はきっと嘘ではなかった。だからこそ尚更、彼女の思いも深くなった。私がルークと約束することが、ティアと空を見ることが、ガイと世間話をすることが、ナタリアと肩を寄せ合って眠ることが、ジェイドと並んで歩くことが、アニスと笑いあうことが、イオンと未来を想像することが。それだけじゃない、誰かと縁を結び、いつかの未来に繋がるように進んでいくことが。
同じ外の存在なのに許されているような生き方をしていることが、憎くて仕方なかったのだろう。だから今彼女が投げる言葉はよくわかる。それは私が望んだことだから。もっともっと、一緒の現実を歩いてみたかった。ここにちゃんと生きていると、誰かに証明してほしかった。自分でちゃんと、それでいいのだと許してみたかった。
「でもそれを選ばなかったのは、私への同情?憐れんでくれるの?」
「冗談でしょ。なんて、言えないことはよくわかってるよ。それがいかに自分の居場所を維持するのに有用か、よく分かってるからね。そして私がそれを何より嫌っていることもさ」
「じゃあどうして」
「君のおかげで分かったからね。どうにかするべきは誰かの選択じゃなくて、自分の選択なんだって」
そうだ。彼らの選択に私の選択を上書きしたところで、きっと納得できない。私の選んだことが彼らの選択と交差することはあっても。だってそうだろう、私は預言のように彼らを先導したいわけじゃない。私が皆を、ルークたちもヴァンたちも助けたいと思うのはどこまでも傲慢なエゴだ。そうなるように彼らの選択の延長に自分を置くなんて卑怯だろう。だから私は自分で自分の選択を貫いた。それで見える世界が変わっても、得られるはずのものを取りこぼしても、それが自分の歩き方だから。その選択の先に彼らの道があって、それを彼らが選択肢に入れてくれるならきっと私は何より嬉しいと思う。けれど現実はもっと難しかったから。だから、私は私の選択を信じるしかなかったんだ。
いつかの空想じみた未来より、血を吐くほど苦しい現在を生きると決めたのだ。
「負ける気しなかったよ。本当、私ってものが全開で生きた時間だった。今なら、元の世界に行って皆に嫌われても仕方ないし、それくらいじゃ動じない自信があるよ。君がいてくれなかったら、こんなに真剣に向き合えなかった」
だから、と右手の剣を相手に突きつける。これが最後になるのだろうか。それとも私にまだ未来はあるのだろうか。怖がりで、臆病で、逃げてばかりの私に、本気で向き合ってくれるたったひとりの残骸。
「ああ、悔しいなあ」
それは歪に笑う。それが清々しいと思ってしまうのは、きっと君のことが分かってしまったからだ。
「本当に、君になら殺されてもいいなんて、思えるようになってしまった」
「それはとても光栄。だから私も君に嘘なんてつかないよ」
声が重なる。愛していたのだ、この世界を。感情は裏表に、けれどその本質はいつだって同じ形をしている。
「愛した世界に、終末を!」
こんなに素敵な世界を、いつか誰かに話せるとしたら、それはきっとなんて事の無い日常の、ちょっとした思い出話なんだろうと。
(夢よりも現実よりも、それは私の胸を打った)