きっと、その時僕の時間は止まってしまったんだ。
透明な硝子瓶を光に照らしてみる。中には綺麗な水色と黄緑の間の色をした液体。その液体は使われたことがあるのか、残りがほんの一滴ほどだった。
「おやひどい。僕には致死量は残してくれないのですか。」
どこかで聞いたような台詞を言ってみる。確かロミオとジュリエットでは一滴で死ねた。
しかし君の残していった液体は僕を殺すには少なすぎた。
彼女が死んだと知らされたのは埋葬が済んでからだった。
だから君が死んだと言われても全く実感がわかない。その辺からひょっこり現れてきそうだ。「驚いた?」と悪戯っぽく笑いながら。
けれど君はもういない。
君が僕にくれた最後の手紙には
僕との美しい思い出だけが綴られていて、僕が君にした辛い思いはインク一滴分でさえなかった。
そんな美しい過去なんて要らないから。
辛い未来でもいいから。
「お願い。帰ってきて下さいよ。」
綺麗な言葉で飾り立て、貴方はどこへ行くのでしょうか。
華美な言葉で書かれた過去はナイフのように僕を切り裂く。
その傷を癒すために、君が必要なんだ。
「ずっと、一緒にいたくもなかった。」
そう言う君の肩は震えて、今にも壊れそうだった。
無理な笑顔作ってるのも分かるよ。
君が僕に迷惑かけまいとそういってるのも知ってる。
だけど…
「それが、君の答えなのかい?」
意地悪な質問だと思う。君はそんなつもりないだろう?
ほら、また泣きそうな顔になる。
「…えぇ。」
喉の奥から絞り出された声には涙が混じっていた。
「……そう、か。」
じゃあ、お別れだね、と僕が言わなきゃいけないのに。
そんな顔されたら言えるわけないじゃないか。
でも、これは約束だから。
「さよなら。愛してる。…いや、愛してた。」
本当は抱き締めたかった。君のその震える肩が愛しかった。
でもその時の僕には、そんな勇気はなかった。
ごめんね。僕も直ぐにそっちに逝くから。
ぽたり、ぽたりと液体の落ちる音がした。それが、自分の涙の落ちる音とわかるまで時間はかからなかった。
壁に身を任せると自然とため息が出て、次第に嗚咽へと変化していった。
「好きだ、好きなんだ。愛してる。あなたと一緒にいたい。」
嗚咽と一緒にあの人への想いを吐く。
どうしてあの人を好きになってしまったのだろう。きっと、あの人も私のことを想ってくれている。その思いがちくりと胸を刺す。
胸を刺される度に愛しさが頬を流れる。
ただ、幸せになりたいのに。
あなたと一緒にいるだけでいいのに。
でも、あなたの幸せの障壁は、私なんだよ。あなたにもう辛い思い、させたくないから。
だから、私はあなたに微笑んで、
「ずっと、一緒にいたくもなかった。」
(好きだと泣きながら。嫌いだと微笑んで。)
傷つけてごめんね。
好きにさせてくれてありがとう。
絶対に、幸せになってね。
ねえこっち向いてよ誰を見てるの私以外の人見ないでよねぇねぇ
そうだ、僕以外の人を見る
君
の
目
な
ん
て
い
ら
な
い
よ
ね
?
僕以外見られなくしてあげる
だって言うじゃない
恋は盲目って
ああでもまだ心配だなぁ
いっそ、君を殺して僕のものにしてしまおうか。
君が浮気するからいけないんだよ。
ねぇ?
会いたいって伝えられたらどんなに楽だろう。
伝えられないから苦しいんだね。
気持ちが胸の奥で塊になって僕の息を邪魔する。
僕が窒息死する前に、君に、好きだよって伝えられたらいいな。