16/06/28 23:43 (:小説)
  Bloody kiss(天紡)
今宵は黒い絵の具を塗りたくったような真っ暗闇にひとつ、大きな真ん丸の月が浮かぶーー満月だ。
『人間』からしたら幻想的だと思うであろうこの日はボクら『吸血鬼』からしたら辛い日である。
「(参ったな…血が欲しい)」
吸血鬼は満月の光を嫌う。別にその光を浴びて灰になるとかそんなことはないけれど、昔から月の光には人間であろうと植物であろうとボクら吸血鬼にも影響を及ぼすって言われる。
実際今ボクがいつもより酷い吸血衝動に駆られている…これがいい例だ。
「(どこか窓開いてるところ…なんてそんな都合のいい家なんて…)」
衝動を抑えるには人間の血が必要。でも正面から向かって「血をください」なんて言ってくれる人間なんているはずがない。だから窓開いてたりするところ探すんだけど見つかるはずが…あった、少し大きな屋敷のベランダ。そこに一人の女の人の姿が見えた。
「あの人にしよう」
ボクは今いる場所から瞬時に移動してまずは彼女の様子を見るべく死角になるところへ降り立った。


「今日は満月なんだあ…」
もう寝る時間。でも何だか寝付けなくて私はベランダから空を眺めていた。
思った以上に過保護な両親のせいで私は生まれてこのかた外という外へ出たことがない。所謂お嬢様と呼ばれる立場だから何かあると心配なのだろう。
だから私はよくベランダへ出ては町の光景を見たり、空を見たりしているのが日課になっていた。多少は眠気が来るんじゃないか、と思ったが残念ながら全く訪れてはくれなかった。
「今日は夜更かししちゃおうかな…」
少し肌寒いので羽織っていたカーディガンを着なおして部屋へ戻ろうとしたその時だった。
ーーガッ!
一瞬何が起きたのか分からなかった。ただ自分の身に衝撃があったことだけは分かった。それから、今誰かに壁際に後ろ向きで押さえつけられていることも。
ここは二階だ、普通の人間では外から上がってくることは難しい。伝うところがあれば話は別だがそんな上れるようなところなど、あるはずもない。部屋の入り口のドアも開いた音もなかった、ではこれは一体…?
「なんだ、意外と驚かないんだ。普通だったら悲鳴あげてるところでしょ」
「あれ…?声が聞こえます…空耳?」
ぷっ、と背後で空気が漏れる音がした。笑われてる…?
「君ってバカなの?押さえつけられてる感覚、ある?」
「あ、あります…」
「そう、なら声も空耳じゃない。ボクは喋ってるから」
「あ、あの…あなたは一体誰でしょうか?」
「ボク?ボクはーー天」
「天さんですか!私は紡です!」
「紡か、ってボクは自己紹介をしに来た訳じゃない」
天さんは小さなため息をついたのが聞こえた。
「ひゃっ」
不意にさらり、としたものが首元に触れた。恐らく彼(ボクと言ったし声も低いから多分)の髪だ。どうやら顔を肩口に寄せているらしい。
「なっ、何を…」
「話は後にして、あと悲鳴はあげないで…っ、これ以上耐えるの無理…っ」
「っ!!」
切羽詰まったかのような声の後、カッ、と肩口に熱と痛みがはしったーー彼に後ろから噛みつかれたのだ。
「痛…い…っ」
でもその痛みは一瞬だった。だんだん、その痛みが消えてふわふわとした気持ちになる。心地は悪くない。でもなんだかイケナイ気分になる。
「ぅ…あっ…」
何かが抜けていく気がする。立っていられなくなって私は壁伝いにずるずるとくずおれた。
「…おっと」
完全にくずおれる前に私は天さんに抱き抱えられた。その時初めて彼の顔を見た。
一言で言えば、容姿端麗が真っ先に出てくる整った顔だった。夜に映える薄いピンクがかった白の髪に鮮やかなピンクの瞳。
人間には存在しない二つの鋭い犬歯が見える口元にはつ、と一筋の血が顎へと伝っていく。
それを私を器用に抱えながら拭うとそのまま私は横抱きにされる。抵抗する力はなくて、私は彼にされるがままだ。
「…ごめん、ちょっと吸いすぎた」
「天さんは…吸血鬼、何ですか…?」
「そうだよ。存在しないと思ってた?」
「いえ、存在していたらすごいな…って思っていました…」
と、立っていないのにくらり、と目眩がして私は反射的に天さんの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「辛いと思うから、今は眠って。ボクがベッドまで運んであげるから」
「ありがとうございます…」
お礼を言うと何故か彼はふっと笑った。綺麗な笑みだなと思いながらどうしてその反応になるのだろうと私は頭に?マークが浮かぶ。
「君って面白いね。こうなったのは一応ボクのせいなのにその本人にお礼言うんだ?」
「運んでもらうのに…お礼を言わないのは失礼ですから…」
「やっぱり面白い、じゃあどういたしまして。ほら、降ろすよ」
背に柔らかいスプリングの感触があった。そのまま身体が静かに少し沈む。
「さて、美味しい血をありがとう。ボクは行くよ」
「ま、待ってください…!」
そろそろ話すことさえ辛くなってきた。でもすぐに去ってしまいそうな彼を止めずにはいられなかった。
「何?」
「また、来てくれませんか?私、外に出たことなくて…お友だちとかもいなくて…」
「…」
「そのっ、血を飲みに来たとかでいいですから…!」
と、急に天さんが声をあげて笑った。笑いを抑えようとしているのは分かるけどどうやらツボに入ってしまったらしく、なかなか収まらない。
「わ、笑うところですか!?」
「ごめん、最後の理由が不意打ち過ぎて…」
やがてひとしきり笑ってようやく彼の笑いは収まった。
「ああ、こんなに笑ったのいつぶりだろ。いいよ、ボクは君を気に入った。また君に会いに来る」
さっきと違って今度は優しく浮かべた笑みに心臓が一つ、大きく音を立てた。
「今日はボク、帰らないと」
「また会えますか?」
「もちろん、左手をこっちに出して」
突然どうしてそんなことを?と思いながらも私は彼にその手を差し出す。
「ん…」
彼は左手の小指を手にとると…唇を寄せた。
「!?」
「約束のキス、これで信じてくれる?またね」
強い風が吹き、思わず私はぎゅっと目をつぶる。次に目を開けたとき、既に天さんはいなかった。
「…どうしよう」
私、彼のことが好きになってしまったみたいだ。
もう会いたい気持ちが心の奥から溢れて私の胸に満ちていくのを感じながら私は恋い焦がれ始めたーー。

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