初めてヴァルの手を取ってくれたのはエルダエだった。ヴァルは誰かに手を差し伸べられたことはなかったし、ましてや繋いだことなんてなかった。
濡れた靴を履いて、路地裏にへたりこんでいたヴァルははじめ、差し出される手の意味がわからなかった。
不思議そうに、そして警戒を含んだ眼差しで差し出した手を見つめられ、エルダエは半ば強引にヴァルの手を取った。
ヴァルはその時のエルダエの表情を覚えていない。けれど、繋がれた手から伝わってきたぬくもりだけははっきりと覚えている。


カツカツと靴と磨かれた石がぶつかる音が好きだ。
硬質なその音は心地好い。
聖堂にある長椅子に寝そべっていたヴァルは、やってきた男が静かに跪き、頭をたれて祈りを捧げる様を見ていた。
冬の季節。
この辺りは雪に覆われる。
夕方からちらつきはじめたそれは、深夜のこの時間には人差し指の高さほど積もってやんだ。
石造りの聖堂は底冷えし、張りつめた空気に満たされている。
雲間から差し込む月光に男の髪が輝く。
銀の髪だ。
針のように真っ直ぐで、鉄をこれ以上ないというほどに細くのばすことができればこんなふうになるのだろうと思う。
その一房が目を閉じて祈る男の頬をかくしている。
しばらくして男が立ち上がり、ヴァルの方を向いた。
「また私の魔法使いはこんなところで油をうっていたのか」
「せんせー、オレはちゃんと仕事していまーす。いまはちょっとキュウケイ」
椅子の上で体を起こし男を見上げると、男はヴァルの頭に手を伸ばしてきた。
ゆっくりと髪を撫でられる。
数日寝ていないせいで肌も髪も荒れている。それを癒すようにゆっくりと何度も撫でられる。
「いいこだね。私の魔法使い。私の願いを叶えてくれる私の魔法使い。けれど、あまり無理をしてはいけないよ。こんなに髪が痛んでいる。柔らかな触り心地が好きなのに」
「もうちょいなんだ。先生。ずっとまたせたけど、もうすぐだから。期待しててよ」
「ああ。楽しみにしているよ」
弧を描く男の口元に満足する。
世界の解は、もうすぐ手に入る。


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