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寝れないなあ。いつもと枕が違うからじゃない。つれないなあ。いいから寝てくれ、こっちはすごく眠いんだ。ひどいなあ、私が珍しく甘えているのに。隣の奴はついに無視を決め込んだようだ。まあいいけどね。ところでここからは寂しい思春期男子のひとりごとだから気にしないでほしい。つい最近こなした課題はすごくきつかった、一日半の道を全力で駆け抜け、厠にいく暇もなく屋敷に潜入し、女をたぶらかす余裕もなく一日半の道を全力で駆け抜けて学園に戻ってきたはいいものの、風呂に入ってもなかなか汚れが落ちない、皮膚がひりひり痛んだところで仕方なく上がったんだけど、汚れが気になって眠れないんだよなあ。そこまでいうと、兵助はやっとこっちを向いて、おつかれさま、とぐずった。何を泣く必要がある、同情してくれたの?と茶化すと。うん。と鼻声が返ってきた。おつかれさま、そのよごれは皮膚を剥がしてもおちないが、おちないからいいんだ。意味不明なことをやっぱり鼻声で呟いて、兵助は私の頭を撫でた。振り払おうとして、ためらってやめた、私の手はよごれで汚れているからだ、代わりにやめてと泣いた。
夢をみた。のどかなむらで、兵助は大好きなお豆腐を売っていた。みんなにこのおいしさとしあわせを分けてあげたいと毎朝言って毎日笑っていた。お豆腐屋さんのとなりでは八左ヱ門が小さな農場を営んでいた。八が興味があるのは、熟れたトマトより孵化したちょうちょうや脱皮した蝉だったけど。三郎はというと、隣町は割と栄えていて、そこで舞台役者をやっていた。彼の演技はまるで別人に化けているみたいと評判を呼んだ。ぜんぶ同じ顔なのにね。僕はというと、むらから町へ、そのお座敷へ案内する仕事をしていた。うきうきうかれたひとたちが迷わぬよう正しい道を迷わず歩いて連れてゆき、毎日、夕時、定刻に僕は帰路についていた。家は四人家族だ。豆腐屋と、農民と、役者と、案内人。お味噌汁には取れたての白菜とつやつやしたお豆腐が入っていて、おいしかった。
生徒がひとりいなくなった。正確にいえば学園から去っていった。彼が失ったものは五年の月日と、意地と、四肢。忍者としてのそいつはただの負け組だった。でも俺はただかわいそうだなあと思った。だってまだ卵だから。俺もそいつも。そいつに関しての情報は名前と家族構成ときらいな食べ物と好きな女の子と一緒に夢を語り合った記憶くらいだったので、俺は一筋涙をながすことで済んだ。