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ほぼ、一年と数日ぶりの【ぶつくさ】です。

まあ、たいしたことのない愚痴です。

……つか、【ぶつくさ】自体が本当にしょうもないわたしの考えや、愚痴のはけ口ですが←


興味がありましたら、続きからどうぞ。


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なかなか消えない空虚感


思い出す度に


指先に蘇る


冷たい肌の感触


死人なのに化粧のせいで


まるで生きている
ように見える


赤身を帯びたその面


その錯覚に



縋りたくなった



たとえ、愚かしいと

馬鹿げていると

わかっていても



縋りたくなる……



また、笑顔で



会いたかった



次に会える時は



元気になっていると……



思った。



話題がなくても



ただ少しでも



言葉を交わすだけでも



楽しかった



電話が苦手で



なかなか出ないけど



『誕生日おめでとう』



この言葉を

もう言えないと

考えると



とても哀しい…



『明けまして
おめでとうございます』

この言葉を

もう言えないと

考えると



とても哀しい…



また頭の中が

ぐちゃぐちゃになった




『乗り越えた』

『切り替えた』




そう思っても

思い返せば

まだ哀しみが

伽藍となったはずの

その場所に
集いはじめる



流れに任せて



泣きたくとも



不器用だからか



泣けない












久しぶりの【ぶつくさ】です。

暗いです←

ともかく、忌引届を書いていてまた、じわっと来たので……。

ただ、それだけです←

【自殺】

何かを訴えたい

何かから逃げたい



それらの願望の塊
なのかもしれない



しかし、その方法

遺書がある

また、人に迷惑のかかる
死に方

そう言った方法と

誰にも迷惑をかけず

遺書もなく、潔く死ぬ

その2種類がある

だが、【死】に縋るのは

ただの甘えではないか?





努力しても

打開策を浮かんでも

どうしようもならない

絶望に打ちひしがれて

立ち直れないと

そう思って

別の道が見えなく
なっているだけ
なのではないか?

新しい道が

新しい扉が

どこかにあるはずなのに

探しもしないで

諦めているのでは?


【死】に縋らないで

ほしいと、思う

だって、死んだって

何も解決しない

死んでしまったら

人の【思い出】の
中でしか

生きられないのだから…

歌を歌う

気分がスッキリしたい

何か叫びたい

そう思った時、歌を歌おう

自分の好きな曲や

勝手にテーマを決めて

そのテーマの曲を歌おう

その曲、その曲に顔があるから

自分が勝手にそう思った

テーマに合った曲は

たくさんあると思う。






悲しい時に歌う歌

嬉しい時、楽しい時に歌う歌

大きな声で歌いたい歌






その時の自分の心の状態で

歌いたい曲とかが決まる

それは、直感に似ているのかもしれない

ただその感覚に任せて

歌いたい曲を選ぶ

でも、それに任せても

外れる時がある。

だったら別の歌を歌おう

例え観客がいなくとも

声が嗄れぬ限り

腹筋が疲れぬ限り

歌いつくそう

その心の渇きと飢えが

癒えるまで……









まあ、わたしのストレス発散方法その1です。

あ……、違った。その2かな?

久しぶりに自室でミュージックウォークマンに入れている曲を聞いていたら、とある曲を聞いていたら思わず歌ってしまいました。

母が来た時、ものすごく恥ずかしかったです……(汗)

でも、気分はスッキリ(笑)



【生命(いのち)】


唯一これだけは

数える事ができない

それは、【物】として

見ていないから

しかし、そのように

数える時もあるのではないか?


矛盾している……


誰もが言った事がないだろうか?





「たった一つの命なのだから、
大切にしなさい」


「命の一つや、二つ」





このように、どこかで

言ったり、聞いたりしないか?

【生命】は、誕生する事自体

【神秘】で【奇跡】だという

特に、五体満足で

なんの障害を持たない子供が

この世に誕生する事が。



【子を産む】



それは、母親になる人にとって

何なのだろうか?



【産みたいから産む】


【堕ろすのがめんどくさい】


【ただ単に、子供が欲しい】



どちらなのだろう?



子供の立場からしてみれば


【望んで、産んでくれた】


それが何よりも嬉しいと思う。

それでも、母子共に無事で


子供が五体満足で


障害もなく生まれるのは


本当に【奇跡】なのに

一部の母親は

その灯(ともしび)を

棄ててしまう

自ら消してしまう

こんな愚かしい事を

なぜするのだろう?

【育児に飽きた】


【いうことをきかない】


その他にも

理由があるかもしれない

しかし、棄てていい命ならば

なぜ、産んだのだろう?











今日の新聞に、自転車のカゴの中に、まだ臍の緒が付いたままの赤ん坊が捨てられていて、その赤ん坊が死んでしまったという記事を読んだので、思いついた【ぶつくさ】です。

この記事を見て、すごく悲しいなぁ……と、思いました。

実は、わたしがまだ母のお腹にいたときの話なのですが、母が妊娠中毒によって胎盤剥離(たいばんはくり)を起こし、母子共に危ない状況だったそうです。

お医者さんは、すぐにでも帝王切開をして、わたしを保育器に入れるようとしていたようですが。

お腹にいたわたしは、なんとか母の胎内に張り付いて、踏ん張っていたうえに、母も健康を取り戻したので手術を免れたそうです。

そして、わたしは五体満足で障害もなく産まれ、今まで、これと言った重い病気に罹らず、生きてきました。

そして、両親に望まれて産まれてきた。

わたしのような家族が、わたし自身は【普通】だと思っていても、このような記事やニュースは、世間ではそうでないと言われているようで悲しいです。

それとも、わたしの考えが【お子様】なのだろうか?

むーん……。

では、長々とこんな【ぶつくさ】に付き合っていただき、ありがとうございました。

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