絵を描く才能があると信じているが、美大に行って潰しの利かない人生を選ぶ度胸の無かった清水あやめは、同じ高校出身の鷹野の友人で、絵が凄く上手な田辺颯也を意識する事で、今までの“生活感を憎む”ような、画面の外で人が生きている感じがしない自分の絵に疑問を持ちはじめてしまい…。
「しあわせのこみち」他二編。
辻村深月作品の有名どころの登場人物が出てくる、その後を垣間見れる短編集。
『光待つ場所へ』
著者
辻村深月
発行者 株式会社講談社
ISBN 978-4-06-216251-7
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
「しあわせのこみち」
絵を描く事は、清水にとって「普通」ではない私になる事で、人に愛され、「普通」の幸せを手に入れているのであれば、描く事にこんなに必死にならないと思っていた。
“私は、自分ではない誰かになりたい。”
賞を取ったことのない清水は、沢山の賞を取ったことのある田辺と話す事で、自分の絵の方向性を固める。そんな田辺もまた、悩みを抱えていた。
“どこに行っても、俺より描ける人に会わなかった。”
田辺の友人の小さな展覧会に誘われ、一緒に行った清水は、改めて田辺が生きてきた世界を知る。
「俺があそこにいるのを結構苦痛だと思ってることわかる?」
あいつらの事が好きだよ。でも駄目。俺だけがね、あそこの場所を心底楽しいと思えないんだ。
彼らにとって、小さなあの展覧会がゴール地点だ。そこより先がない。
絵を描く事を逃避だと思ってる清水を見抜いた田辺。
「最初見て、思った。世界が痛々しくて残酷だということを心底理解している人でなければ、あそこまで世界を閉じてしまえない。残酷なことを知ってる人の嘘だ」
「憧れていたお姉さんと同じ年になって、冷静な目で自分の初恋を振り返る時が来るはずだ。果たしてあの『お姉さん』は、今の自分の目にも魅力的だろうかと考える。好かれるっていうのはハイリスクだ」
「それでも彼を幻滅させない初恋相手になれないわけ?っていうか、ならないと駄目でしょう。間違ってる?」
同じ絵画教室の生徒・田島翔子は嘗ての田辺の恋人で、そんな彼女と友達になれないまま、絵画教室を去っていく。
親友の彼で、昔好きだった鷹野にモデルを頼んだ清水は、コンクールに向け絵を一から描きなおす。
恐らく辻村深月からの電話で、ゼミの発表会に田辺を連れ出した清水は、嘗て田辺は自分の友達を紹介してくれたように、紹介する。
最優秀賞を取った清水は、田辺に気持ちを伝えるため、屋上へのドアを開けた。
「チハラトーコの物語」
冬子は人形の様な綺麗な顔立ちをした芸能人だ。大したヒット作もないまま事務所のお荷物になりつつあるが、自分のプライドが捨てられない。
そんな時、赤羽環の脚本のオーディションに挑戦しないかとマネージャーに言われる。綺麗すぎて受けない、売れない女芸人の脇役。『女子は強く、迷いながら、孤独に魂を燃やして生きていくものなのです』というキャッチコピー。
冗談じゃない。そんなみっともない役はしない。
突っぱねた冬子にマネージャーは「ここからどうなりたいわけ?」と投げ掛ける。「人生は短いよ」と。
ストリートで露出して被写体になっている磯山ミオを助け、自分のなりたい方向性を考えた冬子は、赤羽環のオーディションを受ける。
少しずつ開けていく道。
「樹氷の街」
合唱コンクールで伴奏をすると立候補した倉田梢は、ピアノがさほど上手ではない。おまけに自由曲がしこたま難しい曲になってしまった為、いつも練習はピアノがつっかえる。
指揮者の天木は倉田の努力しない姿勢を見抜き、どうにかしなければと考えあぐねていたところ、クラスメートの秀人や秀人の彼女で違うクラスの伴奏者である椿の助けで、自分のクラスに実はすごくピアノが上手い松永郁也が居ることを知る。
世界的に有名な指揮者の愛人の子である松永は、てっきり身体でも弱いから学校を休みがちなのかと思っていた天木は、彼が時たま海外のコンクールに出ていると椿から聞く。
何とか伴奏者をやってほしいと頼む天木達に負け、引き受けた松永は椿の助言もあり、自由曲のみを伴奏する事になった。ピアノの出来ない倉田に松永が中心となって教え、課題曲はこなせるようになった倉田。
そんな矢先、松永の親代わりでもあるお手伝いさんの多恵さんが倒れるが、松永は多恵さんの家族ではないため、見舞いにも気を遣い、泣けないでいた。
“泣けよ、と思う。お前、何をそんなに耐えて、呑み込んでるんだよ。”
そこで松永の姉的存在であるカメラマンの芦沢理帆子さんに連絡を取ろうと考える。
倉田の観察眼と椿の機転により海外から理帆子さんを呼び戻せ、合唱コンクールには多恵さんも元気になって戻ってきた。
多恵さんの為にも、自分が留学して多恵さんの家族に多恵さんを返さなきゃと考えていた松永に、多恵さんは「多恵のワガママも聞くだけ聞いてくださいな。お坊ちゃん、外国に行くのはもう少し先でもいいんじゃないですか。自分できちんと決心出来るまでは、多恵のために日本にいてくれませんか。多恵はまだお坊ちゃんと暮らしたいですよ。身体が動く限りは、ずっとね」
泣き出した松永は、完璧に樹氷の街を弾ききった。
いや〜泣きました。「樹氷の街」。他者の作品になりますが、有川浩さんの図書館シリーズで、柴崎が主人公を純粋培養と愛あるからかいの言葉をかけるシーンがあるのですが、天木が松永宅へ行った際、“こいつのこの純粋培養の素直さは何なんだろう。言われた天木の方が反応に困ってしまう。”という一文があり、同じような言葉で、大きく分ければ同じプラスの意味なのに、こんなにも感じ方が違うものか…と改めて言葉の深さを考えさせられました。
どっちがどうっていう話じゃありませんが、凄いなぁって思いました。
「しあわせのこみち」は凄く良かったです。珍しく二度読みました。初恋について田辺が言うシーンでは、私も気を付けようと思ったり。笑
面白かったです。きっと『冷たい校舎の時は止まる』や『スロウハイツの神様』、『名前探しの放課後』を読んだ人はもっと楽しめると思います。
鷹野や清水、環、天木、椿…等々、懐かしい彼らの成長を見たようで、凄く嬉しくなりました。気分は親戚のおばさんでした。笑
本当に面白かったです。ありがとうございました。