考えてみれば、西浜なんてどうしようもないほどにろくでもない。ろくでもないのだ。
あの暑い日、ひよかはある種の覚悟を決めようとしていた。
菜々花から西浜を奪い去りたいと思う反面、本当に西浜が菜々花を好きなのだとしたら、西浜の幸せを願うべきなんじゃないかと。自分は引くべきなんじゃないかと。そんなふうに思って。
ひよかは背中に伝う汗で気持ち悪くなりながら、道端に落ちていたタバコを踏みにじっていた。また少し火が残っている。
もし西浜が菜々花を好きなら?
それを意識の範疇に入れることは恐ろしいことであり、最低な感情であり、吐き気を催す。たとえ西浜を奪えたとしても、奪えなかったとしても、ひよかは幸せになれない。永遠に幸せになれない。
永い永い時は恐怖。西浜を失えば、もしもその後に誰かと愛し合えて、好きになれたとしても、それは「幸せ」ではなく「幸せのようなもの」。まがい物の幸せしか手に入らない。手に入らないまま、死んで、生まれ変わって、死んで、生まれ変わって、死んで、生まれ変わっていく。永遠に西浜と幸せになれない。永遠に。
粉々になったタバコ。サンダルの裏がジリジリ熱い。
だけど、そんなことはどうでもよくなった。
西浜がろくでもなく、自分と簡単に寝てしまう。身体を任せながら、ひよかは世界とか価値観とかが崩壊していくのを感じた。
西浜がろくでもない。
じゃあ自分の信じた人はどこにいる。どこにもいない。永遠に現れない。怖い。
あの部屋が怖い。
恐怖を思い出す。思い出していく。
新宿線沿いの部屋の間取りが、西浜の部屋に酷似していたこと。
それだってひよかがその部屋を選んだ理由。だから、黒島が現れたのは必然的。
だから、クロシマも。クロシマが、そこにいる。目の前にいる。
大きな身体を揺らしながら、クロシマと女は歩いていく。道路を挟んで向こう側。歩く二人を横目に追いかける。追いかける。