「棘、今日から1年にお前の妹が転入してくるんだろう?」
「しゃけしゃけ!」
「あー、そういやそうだったな。それでこんなにテンション高いのか」
ここは日本でたったの2校しかない呪術師専門の高等学校。呪術高専だ。古い教室に3つしかない机と椅子を並べて座る男女2人と白と黒のパンダ。禪院真希、狗巻棘、そして突然変異呪骸のパンダだ。
キラリと光る銀のようにも見える白髪に、アメジストのような煌めく瞳を持つ狗巻。呪言を操る狗巻家の人間だ。口元を隠してはいるものの目元や雰囲気で笑顔なのが分かる。普段も温和なのだが、今日はいつにもまして和やかな雰囲気に包まれていた。勿論それを見守るように座る2人も、呆れ顔ではあるが穏やかである。
「しゃけ、すじこ!」
「ほうほう……お昼は一緒に食べる約束をしていると」
「しゃけ」
「いやいや、転入初日だろ?せっかく同級生達と交流を深めるチャンスじゃねーか。邪魔してどうすんだよ」
「おかか!」
「一緒に食べるのは譲らないって?とんだシスコンだな」
呆れたように言えば、プイッと顔を背ける棘。いじけたような態度に笑えば、更に頬を膨らませて怒る。
「ツナツナ」
「悪かったって、お昼ここ来るんだろ?妹来たら私らにも紹介してくれよ」
「お、それいいな。楽しみにしてるぞー」
「しゃけ」
手で丸を作り、大きく頷く。ウキウキとはしゃぐ様子の棘に、お互い顔を見合わせて真希とパンダは苦笑してみせた。
他者と自身を守るために、おにぎりの具以外の言葉を話さない棘。はじめこそ、意思疎通は難しかったが一緒に過ごしていくうちに短い言葉の中にも、沢山の感情や意思が含まれている事に気づく。思いやりの深いいいヤツだ。
(妹……か、)
禪院家に残してきた片割れを思い出し、真希はそっと目を閉じた。
「はーい、じゃあ紹介しまーすっ!今日から転入してきた狗巻葵希(きき)ちゃんでーす。みんな仲良くしてね」
いつものようにテンション高く教室に入ってきた五条悟先生。最強の名のごとくいつも忙しそうにしているが、どうやら今日は任務はないらしい。久しぶりの授業にワクワクしていたが、なんと転入生が来るらしい。先生の言葉と同時に入り口の引き戸に視線が集中するが、なかなか開かない。
隣に座る伏黒と顔を見合わせる。釘崎は呑気に欠伸をして整えられた爪を見ていた。おい、興味ないのがすぐ分かるぞ、それ。
「あれー葵希ちゃーん?」
五条先生が再度声をかければ、ようやくゆっくりと戸が開けられた。俯きながら入ってきたのは室内にも関わらずネックウォーマーをつけた少女。肩甲骨辺りまである白い髪が歩く度に揺れ、太陽に反射するとキラリと光った気がした。五条先生の隣に立つと身長差が歴然とする。まあ、俺も五条先生より小さいけどさ。釘崎よりも小さいのではないだろうか。伏せられた顔からは緊張と不安が見える。
(…………ウサギみたい)
そんな第一印象だった。
「ほらほら、挨拶しちゃって」
背中をバシッと叩きながら言葉を促すと、ようやく少女はゆっくりと顔を上げた。ネックウォーマーをつけているからか、顔の下半分は見えない。それでも、スミレのような柔らかな紫色の瞳と長いまつ毛が特徴的だった。
「…………」
ペコリ、1度深々とお辞儀をすると、再び俯く顔。
五条先生はそれでも満足そうに笑うと、俺の隣に新しく出されていた机を指さして座るように促す。
「今年の1年生は豊作だね!こんなに沢山のいるのも珍しいよ。いやー先生としては嬉しい限りだけど」
手を叩いて大げさに喜ぶ五条先生。
静かに歩いてきた少女は、そっと椅子に手をかけると腰をかけた。
「よろしくな、俺虎杖悠仁って言うんだ」
「…………」
ニカッと笑いながら右手を差し出す。少女……葵希はじっとその手を見ていたが、そろりと日に焼けていない白い手を出すと戸惑いがちに握り返した。細くて、小さな手だった。
「先生、狗巻って言うともしかして……」
「お、恵は良いところに気づくね!そうそう、葵希は2年の狗巻棘の妹だよ」
「「えぇっ!!?」」
釘崎と虎杖の驚いた声が重なって響く。突然の大きな声に驚いたのか、葵希の肩がびくりと震えた。
「棘と同様、狗巻家相伝の高等術式である呪言℃gいだ。故に普段話せないのは理解してやってね。それに葵希は棘と違ってシャイだから」
注目されてひと回り小さくなったのではないかと思えるほど背中を丸め、顔をほんのり赤らめる葵希。首元のネックウォーマーをギリギリまで上げて顔を隠す。
「さて、自己紹介も済んだことだし……授業を始めますか!君たちにはもっともっと強くなってもらわないとだからね」
そう言って笑う五条先生。
午前中はどうやら座学らしい。
「あーやっと終わったぜ……」
「やっぱり座ってばかりだと身体痛くなるわね」
授業終了を告げる鐘がなり、大きく伸びをする虎杖と釘崎。伏黒と葵希は淡々とノートや教科書を片付けている。
「お疲れー、午後は呪術実習だよ。裏門集合」
黒板を消し、教科書を持ってさっそうと去る先生。散らかる机の上の鉛筆やノートを片付けながら、隣をチラリと見る。葵希はすでに机の上にお弁当が入っているであろう小さなポーチを出していた。
「狗巻……だと、先輩と同じだしな。葵希、って呼んでもいいか?」
「…………」
話しかければ、チラリとこちらを見て小さく頷く。それを肯定ととって、机の上に乗っているポーチを指さした。
「お弁当、良かったら一緒に食べないか」
この後いつものように皆でお昼ご飯の予定だ。釘崎と伏黒の方を見れば、構わないと肩をすくめる。しかし、誘われた葵希は少し困ったように紫色の瞳を揺らした。視線を彷徨わせ、1度俯くとゆるゆると首を横に振る。
「…………」
「ちょっと、あんたね。少しは協調性ってやつを……」
「しゃけ、しゃけ!」
拒否した葵希に対し、思わず抗議の声を上げた釘崎を遮るかのように、ガラッと大きく戸が開いて教室内に声が響いた。狗巻棘だ。
「……!」
その声が聞こえた途端、葵希の表情が大きく変わった。パァッと花咲くように明るい雰囲気になり、ポーチを手に駆け出す。駆け寄る葵希を手を広げて抱きとめた棘。少し心配そうに、顔を覗き込む。
「こんぶ?」
「…………」
葵希は顔を横へ振り、否定を伝える。それを見ると満足そうに頷く棘。そのまま手を引き教室の外へ出ようとする。葵希はそれを制止し、虎杖達の方を見ると両手を前で合わせて謝罪を伝え、頭を下げる。
「しゃけー」
それに合わせて虎杖達に向かって片手を上げる狗巻棘。まるで嵐のように去っていった2人に、ポカンと口を開けた3人だった。
「悟」
「お、学長ー。暇なの?」
「アホか。それより……今日から編入してきた狗巻棘の妹はどうだ?」
中庭でボーッとしていた五条に話しかけてきたのは、以前は担任で今は上司でもある夜蛾正道。
「どうと言われても……まだ初日だからね」
「……確か今は3級術師だったか。狗巻家で呪言持ちの術師としては低い階級だと思ったが……もしかして訳ありか」
「あー……それね、」
夜蛾の指摘に一瞬渋い顔をした後、いつもの笑みを浮かべ、手にしていた紙を手渡す。事細かに分析され、書かれた狗巻葵希のプロフィール。
「呪力も、身体能力も申し分ない。コントロールも良好。やや体格が小さめな所はあるけど、単純な呪力量だけで言えば去年の棘より多いくらいだ。すでに2級相当の実力はあると言っていい」
「なら何故……」
「……戦闘向きではないんですよ」
「…………」
「訓練ではできても、いざ呪霊を前にすると固まってしまう。恐怖に打ち勝てない。それでも、普通は何度か任務をこなすうちに慣れるもんでしょ。けど、彼女にはそれができなかった。ポテンシャルは高いのに勿体ないって思いません?」
「…………」
「けど、人間何がきっかけで変わるか分からない。ここへ来て色々な人間と関わる中で、何かきっかけがあれば……きっと化けることもあるでしょう」
どこか遠くを見つめて話す五条。夜蛾はその様子をチラリと見るとそっと息を吐いた。
「……そうだな」
きっかけ1つで、良くも悪くも人間は変わる。それなら、良い方へ変わって欲しいと願うのは傲慢だろうか。
「…………」
「……さーて、そろそろ午後の授業の始まりだ」
教室に戻りながら手を上げる五条。
何も言わず、その後ろ姿を静かに見送った。
「じゃあ、午後の実習はペアで行ってもらうよ」
裏門に集まった4人に対して指を4本前に出し、次にはそれを2本づつ前に出す五条。
「恵と野薔薇、そして悠仁と葵希」
言われた通りに別れ、近くに集まる。虎杖の隣に葵希が移動するが、人1人分間の空いた空間が少し寂しい。
「現場までは補助監督が連れて行くよ。僕は別の用事があって引率出来ないけど、まあ低級呪霊らしいから大丈夫でしょ。死なずに頑張れ!」
「軽いな、おい」
「まあまあ、じゃあ皆……行ってらっしゃい」
そういうと、片手を上げる五条先生。
隣の葵希に視線を向ければ、ネックウォーマーを握る手が微かに震えていた気がした。
「海、好きなのか?」
「…………!……」
「ずっと窓の外、見てるからさ」
「…………」
虎杖からの問いに、コクンと小さく頷く葵希。現場まで車で移動中、外を見ていた葵希は再び視線を窓の外へ向ける。何処までも続く水平線上に広がる海。今日は幾分穏やかな波に見える。白と青が混じり合い、消えていく。水面は太陽に反射してキラキラと光っていた。静かに見つめる紫の瞳に青が映る。
(海は好き)
初めて海を見に行ったのは、確か5歳くらいの時。
その頃から呪力を自覚し呪言を使えるようになって、変わりに話すことを止めた私を兄が海へ連れ出してくれた。私を喜ばせようと2人だけで電車に乗り、さらに自分のお小遣いからジュースを買ってくれたり一緒にかき氷を食べたりして1日中遊んだ。お金がなく気にする私にお兄ちゃんに任せろ、ってジェスチャーをしながら笑ってくれたけど、本当はゲームを買おうと一生懸命貯めていたお金だったって後から知った。
忘れたくない、大切な思い出だ。
(あの時兄は、私が初めて海へ来たと思ってたけど)
実は、何度も海へ行ったことがあるんだと伝えたら、驚くだろうか。それとも笑って受け入れてくれるだろうか。言うつもりもないのに想像して苦笑する。
「…………、」
私には狗巻葵希≠ニしての記憶とは別に、かつて夏希≠ニいう普通の女の子として生きてきた記憶がある。
自覚したのは、呪言を使えるようになったのと同時だった。突然頭の中に知らないはずの記憶と感情が溢れ出し、狗巻葵希である前に夏希として並盛町という所で生きてきたことを自覚した。しかし、ここには並盛町という場所は存在しない。以前の人生とは異なる世界なのだと後に知った。
夏希として過ごした日々は、とても平和で温かかった。戦闘からは縁遠く、仲の良い家族に囲まれ、信頼のおける友人と他愛もない話をして過ごす日常。そして……愛した大好きな人がいた。その人とはよく海へ行った。波打ち際を手を繋いで歩き、夕日に染まる海を隣に座って見つめた。キラキラと眩しいくらいの輝きを放つ夕日と、同じ色の瞳を持つ貴方と過ごした時間は、決して長くはなかったけれど、それでも幸せだったのを覚えている。
穏やかな日々がどうして終わりを告げたのか、それだけははっきりと思い出せない。夏希としての記憶は寒い冬の日に、別れを告げる大好きな人の声で終わる。私は……なんて答えたのだろうか。その後どう生きて死んだのだろう。気にはなるがそれを確かめる術はない。前世の記憶があるなんて他に聞いたことがないし、1番信頼のおける兄にすらこの事はずっと秘密にしてきた。最も、今は呪言師であるが故に普段は話せず、筆談もできない状況でこんな複雑な事を伝えることは出来ないけど。
それなら気にしなければいいのに、夏希として生きてきた記憶を思い出してからは、私は夏希≠ネのか葵希≠ネのか分からなくなった。どう答えて行動するのが私≠ネのだろう。
思い悩み、ずっと兄の後ろで縮こまって生きてきた。
「…………」
そんな自分を変えたくて呪術高専へ来たけど、どうすれば変われるのか。答えはまだ見えてこない。
「……、……」
「そろそろ着きますよ」
伊地知さんの声が静かな車内に響く。
葵希は、視線を窓から反らした。
「よし、これでおしまいだな!」
葵希が呪霊を呪言で止めている間に、虎杖で攻撃する。それを繰り返すとあっという間に呪霊を倒した。伊地知さんに帳をおろしてもらってから時間にして20分も経ってないだろう。
「…………」
「葵希?」
(おかしい……)
目の前で倒れている呪霊はピクリとも動かない。それでも何か違和感で身体がピリピリとする。早く気づけと、本能の部分で何かが警鐘を告げる。
呪霊の呪力、形、行動パターンを記憶から思い出す。
虫型、糸、段々鈍くなる動き、最後の何か上を見上げるような視線……。
(……っ、まさか)
「どうしたんだよ、早く帳の外へ……」
「……にげ、」
ろ、と言い終えるよりも先に虎杖の身体が後ろへ吹っ飛んだ。続いて自身の身体も宙へ浮く。虎杖と同じように後方へ吹き飛ぶ身体を空中でいなし、そのまま受け身をとって着地する。
「……っ、」
着地と同時に素早く前を見れば、先程倒したと思っていた呪霊が姿を変えて羽ばたいていた。その姿はまるで羽化した蝶にも獰猛な鳥のようにも見える。
(……っやっぱり、倒れたんじゃない。羽化するタイミングを見計らってたんだ)
背中にヒヤリと冷たい何かが伝って落ちた。不自然に手が震える。しかも、最悪なことに羽化したことで呪霊のレベルが上がっている。先程まではただの低級呪霊だったが、成長し今は恐らく2級レベル……いや、もしかするとそれ以上か。
「……っ、葵希!」
後ろから虎杖が走ってきたことを確認するが、身体が動かない。呪霊の闇のように深く暗い瞳から目が離せない。震えが手から全身へとうつる。そんな葵希をニヤリと笑って見た呪霊。ホバリングすると一気に下降してくる。
「……、ぁ……」
「葵希ッ!!」
庇うように、前に出る虎杖。呪霊の研ぎ澄まされた爪が振り下ろされるのをスローモーションのように見えた。
(っ動け……、っ動いて!!)
「……ッぶっ飛べ!」
呪言は言霊を増幅して、相手に行動を強制させる狗巻家相伝の術式だ。非常に強力な術式だが、なんでもかんでも自由に使える訳では無い。相手が格上だったり使う言葉によっては術者の声帯や舌に負担をかけ、最悪術師本人に返ってくる。だから、気をつけないといけないと兄から何度も何度も絵のフリップで説明された。
「ッ、ごほっ」
「葵希!」
喉の奥から溢れ出た血が膝をついた地面に流れ落ち、血溜まりを作る。さらに呼吸をするだけで喉に強烈な痛みが走り、再度吐血。真っ赤な血が更に地面を汚した。冷汗がポタポタと意識とは無関係に額から流れ落ちる。
「……ッ……、」
「大丈夫かッ!?」
駆け寄る虎杖を手を前に出して制し、まだ力の入らない身体を振り絞って立ち上がる。強引に口元に付いた血を服の袖で拭うと、ポケットへ手をいれる。
(確かここに……っ)
心配性の兄が持っていけとお昼にくれたのど薬*{来は、患部に吹きかけるタイプのものだが根本のキャップを捻ると蓋を取りそのまま飲み干した。メンソールの効いた薬液がすっと喉を通り抜ける。焼け爛れたような痛みが僅かだが和らぐ。体内を流れる残りの呪力全てを集め、言葉と共に出るように操作する。
(お願い……っ)
口を大きく開く。
「……っ、落ちろ!」
声が響く。
本来反射するものがない屋外は、屋内に比べて音が小さくなりやすい。それでも、必死に振り絞った声は呪力と混ざり合い、呪われた言葉として飛んでいった。
空を滑空していた呪霊が、一瞬にして下へ勢いよく落ちて潰れる。動かなくなったのを確認したかったが、それは出来なかった。全身の力が抜けてその場に倒れ込む。再び口角から血が流れ出たのを感じたが、拭う力すらなかった。
「…………」
(やっぱり……私に呪術師なんて、無理なのかな)
涙が、一筋頬を伝って流れ落ちた。
痛いのは嫌だし、血や怪我もできれば見たくない。呪霊だって見るだけで怖い。だって、あんなものはいなかった≠フが普通だったから。どうしたって足がすくんでしまう。それでも、尊敬する兄のように呪術師として人を助ける仕事につきたい。それが呪言という術式を得た私の役割りで……。
「…………、」
私≠チてなに?
何が本当の私なの……?
どうして、こんな記憶があるんだろう。
大好きな人達に囲まれて、幸せに過ごす夏希≠ニしての私。いっそ全部忘れて、ただの狗巻葵希≠ニして生きられたらいいのに。そうすれば兄に心配をかけることも、仲間に迷惑をかけることもなくなる。呪霊が怖いなんて思わず、戦うことに戸惑いを感じることもなくなる。
それに……
夏希ちゃん
(……っ貴方は、ここにいない)
どんなに思い出して想いを募らせても、
貴方はいない。
「…………っ、……」
言葉には出来ない名前。
伝えられない過去と想い。
「葵希っ!」
「…………」
虎杖の大きな声が段々と近くに聞こえてくるのに、視界が霞む。涙で揺れる景色が、次の瞬間暗転した。
「……て、……し、」
「いえ……ん、」
(な……んだろ……)
ふわふわとした意識の中、誰かの声が近くで聞こえた。まだ瞼重く、開けられない。身体に力も入らず、酷使した喉は燃えるように熱かった。
「……家入さん、お願いします。狗巻葵希、3級術師です。本日の呪術実習にて負傷。特に呪言を無理に使ったことによる喉の傷が深いかと」
「……分かりました、後はお任せ下さい」
「すみません、私は今回の呪霊の突然変異について五条さんへ報告しなくてはいけないので、先に失礼します」
「はい」
伊地知さんの声が聞こえる。
もう一人は……男の人だろうか。
「……よく頑張ったね、もう大丈夫だよ」
頭に優しく触れる手の温もりを感じる。
兄よりも大きな手が、まるで幼子をあやすようにそっと撫でる。それだけなのに、何故か泣きそうになった。
「…………、……」
ボウッ
喉元へ何か温かいものが触れた。
それと同時に、痛みがすっと……まるで雪が溶けるかのように消えていく。陽だまりの中にいるみたいな安心感に包まれる。
そっと瞼を開ける。
視界いっぱいに見えたのは、柚子色。炎のように煌めく反転術式の膜。一気に記憶がフラッシュバックした。
「っ、」
(そんな、はず……ない)
夏希ちゃん
(っ、ありえない)
心臓の鼓動が速くなる。反転術式を操る目の前の男性は短い茶色い髪に、同じ茶色い瞳。恋い焦がれた金の瞳ではない。顔立ちも、以前の彼とは全く違う。
(……けど、)
煩いくらい高鳴る心臓が、ぎゅっと苦しくなるほどの胸の痛みが彼≠ネのだと告げている。
夏希ちゃん
「…………っ、かいと……せんぱい…?」
「…………え、」
「……っ!」
しまったと自覚して口を押えたが、遅かった。困惑したような表情を浮かべた男性が、次の瞬間には崩れるようにその場に倒れる。
「……っ……、」
「!」
「海月(みつき)さん?今大きな音が……っ、海月さん!」
「っ、」
ガラリと空いた戸。入ってきたのは見知らぬ補助監督。倒れたままの男性に駆け寄ると、何度も声を呼ぶ。私は呆然とただその様子を見つめることしかできない。
「……君は……狗巻葵希だったね、彼に何があったか説明できるか?」
「……、……」
説明、できるはずもない。
けど、この状況を作ってしまったのは間違いなく私の呪言だ。何の言葉が呪いになるか分からない。だから、話してはいけなかったのに。10年生以上ずっと耐えてきたはずなのに。
「まさか、君が海月さんを攻撃した……なんてことはないよね」
震えながら黙る私の様子に低い声を出す補助監督。無言を肯定ととった彼は、深いため息とともに胸元から術師拘束用の呪札を取り出す。
「……君を拘束する。処分は追って伝えられるだろう」
「…………」
私は彼を、呪ってしまった。
***
呪術廻戦にハマりすぎてついにやってしまった……。初めて呪術廻戦ものを書いたので各キャラの言動おかしかったらすみません……。でも、やっと書けたので満足。
夏希ちゃんと海人くんの死んだ後の転生先が、呪術廻戦だったら……という設定です。最後書ききれていませんが海人くんは家入硝子さんの双子の兄でさしす組と同級生。家入さん同様反転術式による他者への治癒が使えます。夏油サイドでもいいかなーと思いましたが、ダークサイドのように救われる未来が見えなかったので、高専サイドにしてもらいました。
駄文失礼しました。