「オレと結婚しろ」
あいつが言ったこの一言が、全ての始まりだった。
「……はああぁ゛?」
「何だそれは」
「なんだはこっちの台詞だぁ、まだ寝ぼけてんのか?」
同じベッドで寝起きしているオレとこいつ――XANXUSは、別に恋人同士だとかそういう事では無くて。昔からの習慣的に身体を重ねて欲を満たして眠るってだけの、ただの上司と部下。それに以上も以下も無い。
今朝も遅くまで絡み合って眠り、目覚めて一言目がこれだ。
まさしく、理解不能。これに尽きる。
「ムチャ言うなぁ!何なんだよてめえは!!」
「朝っぱらから喚くな煩ぇ」
「う゛お゛っ」
ベッドから蹴落とされて、上質な絨毯の上に投げ出された。それからあいつは『同じ事を二度言わせるな』と言わんばかりに睨んでから、浴室に姿を消した。取り残されたオレは絨毯の上で正座をしながら考えた。そもそも何故あいつは「結婚しろ」と言ったのか……嘘?ウソ……ん゛ん!?
「……ははーん、そぉ言うことかあ!!」
そうだ、今日はエイプリルフールだ。だから恋人でも無いオレに結婚しろだなんて言ったのだ。どうせオレが騙されて狼狽える所が見たかっただけなのだ。全く、何て男だろう。これが女相手の嘘だったなら皆尻尾振って飛び付いたろうに……まあ、その辺りを考慮した上で無害なオレを選んだに違い無い。――ならばきちんと騙された振りをしなければ。
……ん゛ん??でも待てよ、そもそもどう答えれば良いものなのだろうか。オレってあいつとしか付き合ったこと……いやっ、ちょっと待て!それじゃあオレが可哀想過ぎるだろ!!違うっ、あれはオレのせいじゃ……だって……他の奴に触るとか触られるとか有り得ねーし無理だし、キモいしうざいし無理だっただけで、別に……。
そうだっ、オレってやっぱり潔癖症なんだ!そうだそうだ。ウンウン。
「……きっと、そうだ」
「カス、いつまでンなとこに居やがる。さっさとシャワー浴びろ」
「ん、今行く」
シャワーの音に混じって聴こえた声に促されて浴室へと向かう。いつもの調子で無遠慮に中へ入ると並んで降り注ぐシャワーの雨に打たれた。
「う゛お゛ぉい、洗い終わってんなら退けよ。まだ時間あるから湯船にでも浸かってろぉ、……あっ、てめっ!」
「オレに指図すんな」
「ん゛ん……ア、やめろって……XANXUS、」
「聞こえねえ」
「聞きそびれた!!」
ダンッ、とテーブルに掌を叩き付けた。いつもの様に奴に流されて綺麗さっぱり忘れていたのだ。何たる不覚とばかりに肩を震わせて居ると、腕を回された。それに連なる様に数人の気配。
「なーにやってんのかなー?カスザメセンパイは」
「うるせぇっ!!」
「私はどうでもいいんだけどそのテーブル、壊さないでよ?」
「なかなかの品だね、オーダーメイドかい?」
「そうなのよマーモンちゃん!」
嬉しそうに声を上げたルッスーリアを尻目に、肩に絡んでいた細い腕をやんわり外す。ただからかいに来ただけのベルフェゴールは興味を無くしてマーモン達へ歩み寄り、レヴィはレヴィで相変わらず暑苦しい嫉妬の眼差しを此方へ投げて寄越していた。
「――あら、ボス。早かったわね」
「XANXUSっ!!」
幹部達に続く様にXANXUSが姿を現し、皆で出迎えたが、オレだけXANXUSへと詰め寄った。正面から向き合うとXANXUSは何も言わずに、ただただオレを見詰めている。向けられた双紅を覗きながら口を開いた。
「今朝の話……オレ、あれから色々考えたんだけどよぉ……」
「何だ」
「なんでオレなんだ?」
「てめえしか居ねえからてめーなんだろ」
「オレしか……」
「何々?何の話なの〜っ?」
他のメンバーも気になるのか視線を送って来る。中でも一番強烈な視線を送って来るレヴィからの眼差しに後頭部がいよいよ焦げ付きそうな錯覚を起こしながら、今言われたばかりの言葉を胸の内にて反芻してみた。オレしか居ない……やっぱりこいつの右腕はオレしか居ないのだ。当然にも程がある、いくらあいつ――レヴィが頑張ったって、オレに敵いっこない。
段々と気分も良くなって来て、最早嘘とかどうでも良くなっていた。
「わかったぜぇXANXUSっ、オレ……おまえと結婚する!!」
例え嘘でも、選ばれて嬉しくない訳が無い。
「ああ、そっか!今日ってエイプリルフールだったっけ。ビビったー」
「でも、例え嘘でも素敵っ!」
「嘘じゃねえ」
「何言ってんだぁXANXUS、もういいんだぜぇ?」
「嘘じゃねえ」
「…………」
「…………」
ベルフェゴール、ルッスーリアに続きXANXUSが口を開いたがその一言を皮切りに室内を妙な空気が包み込む。問題発言をした当の本人はしれっと事も無げに言い張ったが、言われた当人――もといオレは沸々と焦燥が胸に疼き始めていた。まさか、そんな。
「今日はエイプリルフールだろ?だから言ったんだろっ?」
「何でエイプリルフールに嘘をつかなきゃならねえ?オレは誰の、何の指図も受けねえ。まあ、たまたま今日言っただけの話だ、気にすんな」
「気にするだろ普通に!」
「それともてめー……オレに“嘘”を吐きやがったのか?」
「な゛っ……」
4月1日、エイプリルフール。それがオレ達の結婚記念日。
嘘のようなホントの話。
-END-
今回はぷち賢いスクと、その斜め上を行く自由人ボスのお話。
あんなに2人の生活が密接にも関わらず恋人では無いと言い張るスクはやっぱり鈍いです。そんな鈍感スクアーロに対し、交際一段飛びの結婚に至るボスも大概変わり者です。
やる事やってるのに妙なところでプラトニックとか良いです。