春隣【はるとなり】
……春がそこまで来ていること。

白井明大
『一日の言葉、一生の言葉』


ぽかぽかしてましたね。
一月から菜の花がひっそりと咲いていたのを知りながら、知らないふりをしていた私ですが。
夕焼けもゆっくりやってくるし、風がぬるいし、もうごまかしようがなく春ですね。
「四月は残酷な月」とあたたかい車の中でつぶやいていました。(※まだ二月)

今日は職場の人とランチに行ったんですよ。途中で梅の花が咲いていて、立派な木を前に梅なのか桃なのかわからなくなって(国文学科失格)、一瞬「うめ……もも、いや梅……?桃。やっぱり梅!」と言っていたらその人におおいに笑われました。
ランチに行った先で、べつの同僚たちと遭遇して離れて座って、あーだこうだいいながらご飯を食べていて、急に疑問が心にうかぶ。
なぜこの人は私なんかとご飯に行ってくれるんだろう。他の誰かとも出かけているかも知れなくても、どうしてときどきは、私なのか。なにかの配慮なのか……。
なによりもなぜ、私がこんなふうにしか考えられないのか?
疑問をいだかなければ何事もただ楽しいだけなのに。

春の花の咲く陽気……さくらの花の咲く容器。スターバックスのさくらフレーバーを今年も頼んで飲んでいる。シフォンケーキも食べている。思えば進学で地元を離れることが決まった春にはじめて飲んでから、毎年なにかの儀式のようにさくらフレーバーを身体にいれる。
さくらラテ(もしくはさくらフラペチーノ)を飲むと春が来て、新しい生活が幕を開けていく。私の中でさくらフレーバーが、春の暦となっている。

春の訪れを知るとさみしくなるんですよね。
秋も冬もさみしさはあるけど、はじめからさみしい顔でやって来るから逆に謎の安心感がある。
でも、あたたかい顔をしながらやって来る春のほうがずっと恐ろしいような気持ちがします。
秋や冬みたいに季節のせいにできない感じもあるからかなあ。春という季節はどこにも逃げ場のないようなざわめきがあります。
何かが終わっていくことの多い季節だし、始まってしまうことがすぐそこで待ちかまえている。そういうことが、春の花や空気からはっきりわかってしまうから、春が憂鬱なのかもしれない。


メランコリーって言う言葉のひびきも春っぽいね。みんな幸せだったらいいのに。

『飛ぶ教室 第56号 転校生』

このテーマこの表紙、すてきすぎませんか?

『Maybe! Vol.6 学生時代』

著名人の学生時代を特集したムック。
これもいいですねえ。何となく懐かしい気持ちになる構成でつくられているような。90年代とか00年代初頭みたいな。雑誌そのものがアナログだからそんな思いがするのかな。


『Hanako 3月号』

この実物のピンクがとてもかわいい。

『一生困らない女子のための「手に職」図鑑』

こういうタイトルの本は無くなっていくんですかねえ。それとも女子、は永遠のムーブメントなんですかね?中身はたいへんよいとおもいます。