神域第三大戦 カオス・ジェネシス116

「……あぁ、そういえば、確かに“そうらしい”ね。成る程、下克上とやらの可能性があるということは認めようか」
「?」
軽やかに着地した相手は某かを思い出したようにそう言い、あっさりと発言を覆してきた。その発言に違和感を覚えなくもなかったが、不意に相手が繰り出してきた攻撃に凪子はそれを口にする暇はなかった。
振り下ろされた拳を最低限の動きでかわし、残っている要石に触れないようにしながら追撃も避けていく。身体全体に渡る弱い痺れに邪魔されないように、気持ちオーバーにかわしながら、凪子は最後の大振りの攻撃に合わせて少し距離を取った。
「…とはいえ、だ。勘違いを抱えたまま吠えている、というのはあまりに哀れで、痛々しいだろう?」
「イキッテるってやつか?」
「さぁね、下等な言葉はよく知らないんだ」
「……まぁ、なんだっていいけどもさ。要するに、決着をつけよう、って言いたいことか?」
「決着をつける、だなんて!面白いことを言うね!――――まるで君と僕が対等であるかのような口振りじゃあないか!」
「!!」
凪子の言葉にコロコロと鈴を転がすように笑った相手は、瞬間、凪子が開けた距離を瞬きのうちに詰めてきた。凪子は反射的に膝を落とし、首を落とす勢いで振るわれた足蹴をギリギリかわす。反射的に動いていなければ首は確実に飛ばされていただろう。
それだけ、鋭い一閃だった。これまでの出力とは段違いだ。成程決着をつけよう、という凪子の推測は的を得ていたらしい。
「そうら!!」
「!」
振り抜いた――と思われた相手の足はぴたりと止まり、返す足で凪子の頭部は思いきり蹴り飛ばされた。
「凪子さん!!」
藤丸の悲鳴が響く。蹴り飛ばされる直前、凪子は再び反射で両腕を盾にして衝撃を殺していたが、それでも凪子は離れたところにいた藤丸の目の前まで吹き飛ばされた。ガンっ、と鈍い音を立ててマシュの盾に衝突し、とっさにマシュがそれを受け流したことで空に飛び上がり、そして、落ちた。
「凪子さん!!」
「……生きてるよ、いてぇな……」
続いたマシュの叫びに、凪子は埋まった地面から億劫に身体を起こした。
回復魔術は戦闘が始まる前にあらかじめかけておいたが、流石に生身の再生能力よりかは劣るし、間に合っていない。じくじくと痛む節々に眉間を寄せながら、相手の姿を探す。決着をつけるつもりなら、この隙を逃さないはずだ。
ー案の定、相手は高く飛び上がり、追撃をかけようとしている最中にあった。凪子は弾丸のごとく降ってきたその攻撃を転がって避ける。
「おい、凪子…!」
「距離詰めて悪かった!二人を頼むぞ!」
「っだが!」
「いいから!そろそろ頃合いだ…!」
「…?!」
焦ったヘクトールの声に怒鳴り返すように言葉を送る。彼も、相手が本気を出してきたらしいことを今の攻撃で認識したのだろう。助力を再度申し出たが、返された凪子の言葉に困惑したように槍が揺れる。
「頃合い?なんのだい?あの光神が、助太刀に来るとでも!?それは残念だったね、彼はまだバロールを倒せてすらいないよ!」
嘲笑うように相手は吐き捨てた。だが凪子はむしろ、その言葉にきょとんとしたような顔を浮かべ、困ったように肩をすくめる。
相変わらずの鋭さで繰り出される攻撃を一つ一つ確実に避けながら、凪子はぽり、と頬をかいた。
「いやそんなことは全く思ってないんだけど……んー、もしかしなくてもお前さん、結構鈍い?あるいは遮断してる?」
「なに…?」
「あいにくと私の身体にはちゃんと痛覚がある。だけどお前さん、斬ってもはぜても全く反応しない。ということは痛覚諸々、感覚器官遮断してんのかな、と。そうなると、まぁ、その鈍さにも納得がいくというか」
「…?何が言いたい?」
「あるいは、そちらさんは私より星の影響を強く受けてるそうだったから、そのせいかもしれないけどね」
「…!」
「どわっ!!」
さぁっ、と。相手の顔色が変わる。そうしてすぐに苛立ちに顔を染め上げると、凪子の羽織っているフードをひっつかみ、勢いよく後方へと投げた。
攻撃を交わしたつもりでいた凪子は掴まれることを避けられず、投げられたままに飛び、藤丸たちの前に出ていたヘクトールに衝突した。
「いでで、」
「ごめェん」
「……失礼、らしくもなく狼狽えてしまったよ。星、星だって?これを差し向けて敗北し、そして君を呼び出して力のほとんどを使いきった、それに!何ができると?」
ヘクトールはどうにか凪子を受け止め、尻餅をつくことはなかった。動揺をごまかすように勤めて冷静に言う相手に、凪子は衝突でぐわんぐわんと揺れる頭を持ち上げる。打ち所が悪かったのだろうか。
「…いんや。ぶっちゃけ、その鈍さを生んでる正体がなんであるかはどうでもいいんだわ。問題はお前さんが鈍いってことで、そんでそろそろ頃合いだろうってお話さ」
「……ふん、負け惜しみを。頃合いというのなら、君のその仮初めの身体の限界の方なのでは?」
「ほ、」
凪子が相手の小馬鹿にしたような言葉に気の抜けた声を漏らしたとき。

ずるり、と。
凪子の左足、膝から下が溶解したようにべちょりと落ちた。