神域第三大戦 カオス・ジェネシス118

「…………なっ…………」
――次いで漏れた声は、支配主の最後の驚愕の声だった。
ばちり、と開かれた深遠のの瞳は橙色に光り、捻られた腕をさらに捻り、ヘクトールの槍の刃で無理矢理左手をねじきった。千切れた掌にあった要石が身体から離れ、霧散する。
「最後の要石が…!」
そう呟いた藤丸の声は僅かに震えていた。最後の要石の破壊は深遠のによるものと見なされたらしく、凪子の腕同様に緑色の紋章が走り、左腕は石化したかと思えばもろく崩れ落ちた。凪子と違うのは、その左腕が一瞬で蘇生したことだ。たとえ呪いによる破壊であろうと、一切の阻害はない、ということらしい。
「…それはそれで………」
「…う、ああ、あ、ああああガアアアアアアッッ!!」
ポツリ、と呟いたヘクトールの言葉は、ぐ、と身体を屈め、そうして何かを開放するかのように叫びあげた深遠のの声にかき消された。狼の遠吠えのように顔をのけぞらせ、空に向かって吼える深遠のの姿に、思わずヘクトールは凪子を抱えたまま後ずさった。
「あだっ」
ヘクトールはそのままマシュの後ろに凪子を投げ入れると、万が一に備えてマシュの隣で槍を構えた。それだけの気迫がそこにはあったのだ。投げ入れられた凪子は衝撃に間の抜けた声をあげるばかりで、目の前で獣のごとく咆哮している自分の姿には何も感じていないかのようだ。
「だ、大丈夫ですか?!凪子さんも、えっと、」
「あーいってェ……足はともかく腕どうっすっかな……粘土かなんかで作るか……ん?あぁ、別に平気でしょ、私もあっちも」
ぶつぶつと呟きながら自分の身体の様子を伺っていた凪子は、慌てた藤丸の声に少し遅れて気がつき、そして呑気にそう返した。とてもそうとは思えないヘクトールとマシュは思わず一瞬、凪子を振り返る。
「し、しかし…!」
「言ったろ、神様大キライだって。あれの正体がなんであれ、神様だと名乗ったんなら神様と見なすしかないじゃん?なら、嫌いなものだ。バロールは言わずもがな」
「や、あの、」
「だからね、多分もう大丈夫よ」
「アアアアア、うぅらぁぁあああっ!!出てけっ!!!!」
もう大丈夫、そう凪子が言った直後に、吼えていた深遠のはそう高らかに叫び捨て、頭突きでもするかのように、己の頭を投げ飛ばすがごとく、仰け反らせていた身体を勢いよく振り下ろした。
その振り下ろしには多少の魔力も含まれていたのか、衝撃波が三重に広がり、その衝撃波に地面がはぜた辺りで半透明の靄のようなものが深遠のの身体から飛び出した。
『なっ…馬鹿な……!!』
その靄からは、信じられない、と言いたげな声が響く。どうやら先程まで深遠のの肉体を乗っ取っていた外なる神が追い出されたらしい。バロールの支配から逃れるための要石の破壊が、もう一つ身体に宿っていた神格を追い出す手助けとなったことには、どうやら気が付いてはいないようだ。
ぎょん、と音がしそうな勢いで再び身体を起こした深遠のは、自分を乗っ取っていたものの姿を見止めると、ぐ、と拳を作った。直後、橙色の魔力が拳にまとわりつき、渦を作る。
「死にさらせ、くそボケがっ!!!!」
『なぁっ!?』
深遠のは憎しみのこもった声でそう吐き捨てると、凄まじい勢いで地面を蹴り、一息に靄との間合いを詰めるとその跳躍の勢いのまま拳を振り抜いた。即座に攻撃に転じると思っていなかったのか、半透明で実体のない自分に攻撃が通ると思っていなかったのか、靄はもろにその攻撃をくらい、そのまま空中に霧散して消えた。
恐らく本体ではないのだろう。仮にもバロールを復活させたのだ、さすがにそこまで弱い相手でははずだ。
「………はぁ…………」
今まで自分達が相対していた敵が分離したと思えば、瞬く間に片方を消滅させられてしまったので、ヘクトールは槍を構えたままぽかんとした間の抜けた声をあげるしかなかった。その声に藤丸とマシュははっと我に変える。
「………か、勝ったんでしょうか?」
「あのエイリアンは一先ずあれの中からいなくなったし、バロールの支配も要石は破壊したからもう逃れてる。というか、3個壊した時点で弾ける程度にはなってたはずだ」
「…………頃合いってのはまさか、支配に抗って身体を取り戻せる頃合いってことか?…だから左手も、」
「そういうこった」
あれやこれやと凪子達が言い合っているうちに、振り抜いた腕をそのままに止まっていた深遠のはようやく身体を起こした。ぱっぱっ、と身体についた土やら何やらを払い、ボサボサになった髪の毛も気持ち程度に整える。
そうして凪子達を振り返った深遠のの瞳は、凪子と同じ、黄金色をしていた。
「……あの…………」
じ、と見つめるばかりで何も言わない深遠のに、恐る恐るといった様子で藤丸が声をかけた。深遠のは藤丸を見、マシュを見、ヘクトールを見、そしてヘクトールの肩を借りて身体を起こした凪子を見、僅かに驚いたように目を見開いた。
「………………なんかめっちゃ似てる奴がおる」
「おお、似てるも何も2000年後のお前だからな」
「ふーん」
「ふーんて…」
驚きもせずに凪子の言葉を聞く深遠のに、ヘクトールは思わずぼやく。深遠のはぼりぼり、と頭をかきながら、じっ、と凪子を見た。
「…………まぁ、お前が私ならちょっと聞いてみたいんだけどさ」
「おぉん?」
「この格好、趣味悪いと思わない??」
「めっちゃ悪い!!」
「だよなぁ!」
「開口一番聞くことそれか!?」
ついに、ヘクトールは突っ込んだ。