五大強化修練。
サイバトロン暁部隊に代々受け継がれている修練の事である。
主に新兵達の修行がある程度進んだ後開始される。
通常の修行と違い実戦に向けての本格的な立ち回りを学ぶ為に行われるそれは、その時の各隊の隊長が修行内容を考える特殊な機会であった。
その過酷さは普段とは桁違いのものになるが、達成することによりとてつもない力を得る事になるのだ。
この場を良い機会と取るか、果てしない地獄と取るか……それは自分次第なのであった。
───…。
カチャ……。
カチャ…………。
いつもと違い静かな食堂には食器が擦れる音がよく響いていた。
寧ろそれぐらいしかしていないのではないかという程静かなそこには人が居ない訳ではない。
何十人もの新兵達が青白い顔をして機械的に食事を取っている異様な空間。
『おかわり』
そんな中三杯目のおかわりをハナムスビに頼むオポムリアは周りからは有り得ない、というような視線を向けられていた。
『んだよお前等その目はよ。食わねぇのか?』
「オポムリアお前……どんなメンタルしてたらそう平然としてられんだよ……」
『あ?』
「明日から強化修練だぞ!?明日から今迄の倍以上きつくて死にそうな修行待ってんだぞ!?それがいよいよ始まるってのに……!」
『だから何だよ』
「だ・か・ら!だからこんなお通夜ムードなんだろ!こっちは心配で夜寝れるか不安なんだからよ……!」
「俺先輩からようやくかって憐れみの目で見られたわ……」
「先輩方からのアドバイスを聞いたけど……
一、死ぬ気でかかれ
二、剣を離すな
三、常に前を見ろ
四、一度した間違いは二度犯すな
五、一日が終わったらとにかく休め
って不安にしかならないアドバイスを貰ったわ……」
「俺なんてこれ食べる直前に"最後の晩餐だな"って言われてるの聞こえちゃったよ……」
『くだらねぇ』
うじうじと明日のことを嘆く隊士達の言葉を一蹴すると、お茶を一気に飲み干した。
『どう言ったって明日は来るんだからどんと構えてりゃいーだろーがよ。まだ見たこともねぇモンに怯えて泣いてる方がみっともねぇわ』
「そりゃ、そうだけど……」
『お茶おかわり』
「……お前のその性格、今は羨ましいわ」
『?』
他隊士達がそう言っているのを他所に、空の食器を台に返しオポムリアは自室へと戻るのだった。
『なんでアイツ等あんなに怯えてやがんだ。隊長クラスとやり合えるなんてラッキーじゃねぇか』
「あっ、オポムリアさん!」
『ん?お、カザハナじゃねぇか』
オポムリアを見つけた途端笑顔の花を咲か せ近寄ってきたカザハナ。
会うのは久しぶりの事であり、嬉しそうに笑うカザハナを見るとオポムリアもつられて笑顔になるのだった。
まだ消灯まで時間がある為、オポムリアはカザハナの部屋で少し話をすることにしたのだった。
「いよいよ始まりますね、強化修練」
『らしいな』
「こちらも医療物品の確保は万全です。オポムリアさんは大丈夫そうですが……怪我をした場合は無理せず救護室へ来てくださいね」
『俺はヘマしねぇわ』
「ふふ、良い機会になるといいですね」
『あぁ、どんな修行かは知らねぇけど吸収できるモンは吸って俺のモンにする』
「楽しそうですね……ちなみに、明日は何処の隊から始まりますか?」
『確か肆番隊……あ、あのいきなり喧嘩吹っかけてきた野郎の所か』
「まあ、ナルカミ様とイダテン様の」
『お前は例年の修行内容知ってるか?』
「はい、細々とした内容は多少違いますが……それぞれの特性に合った修行を課せる筈です」
『特性……そういや前に言ってたな……つーことは肆番隊ってスピードを鍛える修行って事か?』
「おそらくは」
『へー。んじゃあ他の隊に行けばもっと色々な能力が伸ばせるって事か!面白そうだな!』
新しい玩具を貰った子供の様にキラキラと目を輝かせるオポムリアを見て、カザハナはクスクスと笑う。
笑われた事に対しオポムリアは眉を寄せ、再度元の表情へと戻した。
『笑うなや』
「ごめんなさい、案外可愛らしい笑顔で笑うんだなって思って」
『うるせぇ』
「ふふ、だからごめんなさいって言ってるじゃありませんか」
宥めるように話すカザハナにフンッと鼻を鳴らしそっぽを向くオポムリア。
そしてカザハナならば、と気にしていた事を聞いた。
『……なぁ、俺達は各隊に行くんだろ?……壱番隊が当たり前の様に除外されてるのはやっぱり……』
そこまで言うとカザハナは静かに頷いた。
「壱番隊、シラヌイ様を恐れる隊士様が多く、シラヌイ様の実力に見合った修行に付いていける訳がないと諦める意見が多く飛び交った結果です。勿論以前は壱番隊の修行もあった為"六大強化修練"と言われていました」
『………………』
オポムリアはますます謎が深まったとばかりに頭がグチャグチャになっていた。
露骨過ぎる壱番隊の忌避、しかしカクエンやカンナギはこの事を守るように敢えて壱番隊を残しシラヌイ一人で隊を存続する事を許しているちぐはぐした環境にどこか自分が納得する様な理由は無いのかと余計な首を突っ込みたくなってしまったのだった。
『……もう寝る』
「え?あぁ!すいません!私が呼び止めたばっかりに……!明日から修行なのにすいません……」
『いや良いんだ、俺も話したかったし』
じゃ、と手を振るオポムリア。
消灯時間も近い為自室に戻る……筈だったのだが、オポムリアは方向を変えとある場所へと向かった。
『(一度聞いてみてぇ、アイツの言葉を)』
───…。
巡回の為色とりどりの提灯を持ち歩くハナムスビ達を掻い潜り、オポムリアは壱番隊の屋敷前まで来ていた。
もう消灯時間が過ぎ、辺りは石灯籠のぼんやりとした灯りのみが光っていた。
『(でけぇ……他の隊の屋敷と同じぐらいの敷地だな……ここに一人でいるってか?この周りだけハナムスビの巡回も居ねぇ……あんまり手入れもされてねぇみたいだな……。本格的に、人を避けてやがんのか)』
綺羅びやかな外装な多い暁部隊だったが、壱番隊の屋敷周りは何処か荒んでおり、植物も伸び放題であり門や塀は新たな塗装がされておらず剥げやひび割れが目立っていた。
固く閉じられた門を前に、オポムリアはどうやって中へ入るか考えた末……壁をよじ登り始めた。
『(中にシラヌイが居なきゃ帰りゃいい。居たとして話がちゃんと出来る奴だとは思えねぇし……でも、何か聞かなきゃいけねぇ気がする。このままずっとあいつが孤独でいる訳にはいかねぇ理由が……)』
塀をよじ登り天辺まで行き跨ごうとしたその時であった。
「そこで何をしているんですかっ!」
『うお!?』
「降りなさい!不審者ですか!?今隊士様を呼び……あら、貴女は……」
そこに居たのは巡回用の提灯を持った少女だった。
ハナムスビと何処か似ている風貌だが、自分達より小さいがハナムスビよりはやや大きい上に言語を喋っている。
それよりも見つかった事に舌打ちをし、大人しく地面へと降りた。
「確か今見えているお客様……オポムリアさんでしたよね?」
『あぁそうだ。お前は?』
「初めまして、私はアサガオと申します!ハナムスビ達を取り締まる給仕長です。以後よろしくお願い致します!」
『おー、よろし──』
「ところでこの場所で一体何を!?消灯時間はとっくに過ぎていますよ!暁部隊隊律第十六条:巡回職員以外の消灯時間以降の外出を認めず!これは立派な隊律違反です!」
『うるっさ』
小柄な体からとは思えない程の大声が静かな夜に響いた。
そしてガシリとオポムリアの腕が掴まれ、グイグイと引っ張られて行った。
「それに貴女明日から強化修練でしょう!今休まないと体調に支障が出ますよ!しかし隊律違反は隊律違反!カンナギ様に報告させていただきます!」
『げ』
今この場を振り切って逃げる事も可能だっが、更に面倒事になると感じ取り大人しくアサガオに連れられオポムリアはカンナギの元へと連れて行かれた。
「……本当に貴女って子は……」
『ケッ、なんだよ。隊律違反で反省文でも書かせる気か?』
「本来ならばそうです。しかし今回は……不問にしましょう」
『あ?』
「え!?何故ですカンナギ様!?」
「落ち着きなさいアサガオ」
『……どうしてだよ』
「いえ………………明日から強化修練ですし、早めに休まないといけないと思って。それに今回の反省文なら後々でも書けるでしょうし」
『……んだよ、拍子抜けだわ』
「わかったなら早く帰りなさい。今度は真っ直ぐ自室に向かうのですよ」
『はいはい』
「はいは一回で宜しい」
面倒臭そうに去るオポムリアを見送るカンナギを、アサガオはじっと見ていた。
そしてオポムリアが見えなくなると即座に口を開いた。
「カンナギ様!何故あの子の違反を不問に!?いつもならばどんな時でも違反者には罰則が課せられるのに……!」
「えぇ……私もそうしなければならないのは、分かっています。……分かっていますが……」
言葉を濁すカンナギ。
それに何かを察したアサガオは冷静さを取り戻したように落ち着いた声色へと戻る。
「……もしかしてカンナギ様、彼女があそこへ行こうとした理由で引っかかってます?」
「……申し訳ありません。副隊長という立場であるのに、私情で不平等な真似をしてしまい……」
「いえ……」
ここに連れて来られる道中、アサガオは何故あの場に居たのかオポムリアに聞いた。
そしてオポムリアは
『シラヌイに話がある。アイツは嫌がるだろうが、絶対に話さなきゃいけねぇと思ったんだ。お前等は疑問に思わねぇのか?シラヌイだけが何でこんなに忌み嫌われてんのか……確かにアイツは性格は嫌な野郎っぽいけど、剣の腕は確かだ。妙な噂が出回ってるらしいがそれも真実か分からねぇ。俺にはどうも何かを必死で隠しているような気がしてな。このままじゃシラヌイは…………きっと自身を滅ぼす何かにぶつかる気がする』
と、言ったのだ。
「……シラヌイ……あの子の事をどうにかしようと思ってくれている子が居る、そう思うと心が揺れ動いてしまいます……。アサガオ、貴女の性格上隊律違反について見逃すなど言語道断と言うでしょうが……今回の件はどうか、どうか無かった事にして頂けませんか」
深々と頭を下げるカンナギを見てアサガオは慌てたように手を振った。
「や、止めてくださいカンナギ様!分かりましたから!今回の事は私は何も見ていない!そういう事にしますから!で、では私はまた巡回に戻ります!」
「ありがとうございます」
アサガオも去り一人になった部屋で、カンナギは別の部屋に行き本棚を見た。
ツツツと背表紙をなぞり、そこから一冊のアルバムを取り出した。
「…………シラヌイ……ヤマカゼ……」
そして最後に誰かの名前を呟くと、そのアルバムを開きとある写真のタイトルに触れた。
【第○○期生 壱番隊推薦組と隊長】
───…。
翌日朝六時。
中央広場に早々に集められた新兵達はざわざわと騒いでいた。
「つ、ついに朝が来てしまった……始まる……俺達の地獄が始まる……!」
『震えてんぞ』
「だ、大丈夫だ!」
「フンッ、情けねぇなテメェ等」
『テメェも震えてんぞ。それにすげぇクマ、寝たのかよ』
「う、うるせぇ!これは武者震いだ!それにワクワクし過ぎで寝れなかっただけだ!」
そう騒ぎ立てるのは修行の初日にオポムリアにボコボコにされた隊士であった。
そこに注意が入ると、新兵達の前にはカクエンとカンナギ、その後ろには隊長達が並んでいた。
「おはよぉ新兵ちゃん達。元気?ちなみに俺は昨日飲みすぎて二日酔いオ゛ェェェェ」
「今更でしょうが新兵に見苦しい真似を晒さないでください」
バチンッとカクエンの後頭部を容赦無く叩くカンナギ。
吐く用の桶を乱暴に叩きつけると新兵に向き直り、口を開いた。
「皆様、本日から予定通り五大強化修練を開始します。班の振り分けは確認頂いてますよね。始業式が終わったら班毎に分かれ真剣を受け取ってから今日修行する隊の屋敷に向かってください。そこから一日かけて修行を行います。昼休憩は一時 間、食堂に行くのはタイムロスになるのでハナムスビ達がお弁当を持って行きます。夜は修行を行った隊の屋敷内で過ごし、翌日次の修行場に向かってください。途中の辞退は"認められません"。ただし負傷の場合は遠慮無く救護室へ行っても構いません。修行には達成目標があり達成度によって渡している手帳に隊長より判が押されます。可、良、優、秀、合格……皆様には合格を目指していただきますが……目標達成度に"到達できなかった"者には不合格、負傷等にてそもそも修行に"参加出来なかった"者には不可の判を押させていただきます。五日間が終了後に終業式を行います。必ず全員参加……は、"無理"でしょうから、参加できる隊士はなるべく参加をお願いします。では、これにて始業式を終了致します。今の説明で何か質問は……?…………ありませんか?………それでは皆様……くれぐれも、清く正しく美しく、己の信念を強く持ち真面目に修行に取り組むよう。では、ご武運を祈ります」
所々不穏な単語が飛び交いつつ、カンナギの挨拶が終わり妙な静けさが訪れた。
それを崩すかのようにオポムリアは刀を受け取りに動き、それに釣られて一人、また一人と体をようやく動かしていた。
『(やっと暴れられる……!!隊長クラスがどんな能力持ちだが知らねぇが、俺の実力をぶつけるチャンスだ!やるだけやってやらぁ!)』
楽しそうに久しぶりのツインブレードを持つオポムリア。
その姿をカクエン達は不敵に笑いながら見つめるのであった。