深夜0時過ぎ、プールから”バシャバシャ”と水音がするのに気付く。

地表より高いプールの地面、そこから伸びる柵に、手を掛けて中を見ようとゆっくりと近付くと違和感に気付いた。

鼻をつく特有のあのニオイではなく、ふんわりと嗅いだ事のあるような馨しい空気が満ちていると。

疑問符を浮かべつつ中の水音に目を凝らす。

緩やかに流れる雲にぼんやりした月明かりが、プールにシルエットを浮かび上がらせる。

此方に背を向け長い髪の女の後ろ姿。
どうやら下半身はプールに入ってるのか肘を縁に掛けているのが分かる。


後ろ姿なのに思わずうっとりと魅入ってしまう、長くふんわりとした髪をスルスルと弄って一つに束ねるようにして前へと流した、背中のマーメイドラインがよく見えて最早、目が離せない。
”ふわっ”と前へと流した髪を元に戻す仕草と舞う、艶やかな髪。キラリと髪飾りが目に反射した。

”ゴクリ”と飲み込んだ空気が美味しいと云うのはおかしいかもしれないが、喉に抜ける馨しさに、身体の強張りが緩んで行く。

リラックスに似た感覚に力の少し抜けた身体が前にバランスを崩し上半身が柵に密着して"ギュとしなる。

微かな音に気付いた女がゆるりと振り向いた。
タイミングを見計らったように雲が流れ、月光が女を照らし、その背後で"うねるナニカ"が勢い良く頭上から柵を容易く越し、反応出来ない自分を絡める。

地面から両の足が離れ、感じた事のない浮遊感と引っ張られる衝撃。

あっという間にプールの上へと連れ込まれた。
”ナニカ”に捕らわれた状態で無防備に浮いた身体、驚愕してる間もなく見下ろす形で女と目があった。

突然の出来事で真っ白になった頭。

そんな自分を緩やかに微笑み見上げる女の目。

それはとても特徴的で、パッチリとした眼の瞳孔は丸くはなく、長方形のように横に広がる。
光彩は月明かりと水面を吸収したように色を変え。

凄艶な笑みをたたえて女が"うねる”


「ぁっ、」

全身に絡みつく吸い付くような強い拘束。

”ギチギチ”と肉が捻られて締め付けが上がる、骨が軋む音が全身からしている、肺から空気が押し出されて気道が上手く酸素を運ばない。

『〜〜〜〜〜』


自分を締め付ける女は歌うように美しい旋律を紡いでいるが、何を言って居るのか理解が出来ない。

酸素が足りなくて鼓膜が”ボォー”と音を発してるからかもしれない。

”ハクハク”と無様に酸素を求め始めた口、すると絡みつくソレが少し緩んでゆっくりとプールへと誘われた。

「はっ、、、はぁ」

少し呼吸が出来てクラクラしながら今度は自分を覗き込む女を見やる。

頬に”ニュルリ”と何かが這うのを横目で見て驚愕し納得する。

これは”タコ”だ、赤茶色っぽいような説明出来ない色だが子供の頃、海水浴で岩場をスルリと泳ぎ過ぎて行った記憶が瞬く。
縦横無尽に動く均一に並んだ吸盤が身体に密着して捕らえられているのだとようやく理解した。

やっと追いついた恐怖に荒く呼吸をしている脳裏で現実逃避したい思考が冷静に一つの謎に気付く。


ーーー辺りに充満する馨しい香りは”紅茶”だ。



その思考も、直ぐに現実に引き戻される。
大きな吸盤が顔を這い回りだして、何か確かめるているようだった。
唇の辺りを一番細い先が滑るのを感じて衝動的にありったけの力で噛み付いた。

『っ〜!!!』

思ったより柔らかな弾力と口に収まらない太さに顎がすぐに疲れて、離してしまうと口から逃れた足先を見て”ぷくっ”と方頬を膨らまして眉を顰めた。

「うぇっ、、」

口に残った別のぬめり、噛んだ足先を目の前で”フリフリ”して怒っているような仕草と、なけなしの抵抗で噛んだそこは少しだけ傷付いたようで、小さな傷口からトロリと滴る一歩手前の”青い血”に固まる。


色を変える足が朱に染まり相反する青と真っ直ぐに捕らえる細められた目。


『〜〜〜〜!!!』

ぷくっとした表情で何かを紡ぐと一気に先ほどとは比べモノに成らない圧力が全身を締め上げると≫ゴキリ≪と首元で音が破裂した。





白目を向いたソレは口から垂れ流した唾液に混じった青が一滴、薄く赤茶色に薫るプールに音もなく混じった。

女は興味なさげにソレをポイっとプール脇に投げて傷口を”チロチロ”と舐めて、紅茶のプールへと潜って楽しげに泳ぎ出した。


脇のソレは小さな痙攣を暫ししていたが、月が黒い雲に飲み込まれる時には、静かになっていた。




end?


(2018.7/29)