A migratory bird…聊斎 子続集(2)

翌年、葉が緑になり花が赤く咲くと、弟が待っていた燕がまた来た。

二羽の燕は弟の頭の上をグルグル回り、嘴から一粒の瓢箪の種を落とした。

弟が拾ってみると、眩しいくらい光っている。

見れば見るほどいい種なので、窓の前に穴を掘って植えた。

春風が吹き、種は数日で土の中から芽をだし、水をやると二枚の嫩葉がでた。

葉の成長は早く、一枚また一枚と大きな葉に育ち、弟は棒を立て瓢箪の棚をこしらえた。

蔓は棚にからみ、やがてラッパのような小さな花をつけた。

花は雪のように白く輝やいていた。

花がしぼむと瓢箪がなった。

瓢箪は何日もせず刺繍した手毬より大きくなった。

弟はまた水をやり、肥料をやると、六月になって瓢箪は花瓶ほどの大きさになった。

翠に光り棚から吊り下がり、素晴らしかった。

何回か霜が降ったあと、燕はまた南の空に帰って行った。

瓢箪の葉も黄色になり、大きく光った瓢箪も熟した。

割ってみると、アレ−、中はピカピカの金の粒だ。

全部とりだすと、十升もあった。



誰も壁を通さない風はないと言う。

兄は早くもこの事を耳にすると、欲しくてたまらず、もし、俺が燕から瓢箪の種を貰えば、どんなに金の粒を手にできるかと、急いで胸算用してみた。

そうすれば座ったまま暮らせ、働かないで済む。

そう考えると、すぐ弟の家へ出かけ、

「俺たちはおっかさんが生んでくれた血肉を分けた兄弟だ。お前だけ金持ちになって、俺には知らんぷりはないだろう。家を取り替えてくれ」

と言った。



弟はおとなしいから、兄の言葉に逆らわず、その場で承諾した。



藁葺きの弟の家へ引っ越した兄は、毎日燕が帰って来るのを待っていた。

冬が過ぎ春が来て、燕は帰って来た。

燕はやっぱり土をくわえて来てもとの巣を直し、卵を生んだ。

四月の末には雛がかえった。

兄は両目をしっかり開いて見ていたが、子燕は何時になっても落ちて来ない。

ある日、親燕が餌をとりにいくと、兄は一羽の子燕を掴んで脚を折り、布でくるみまた巣に戻しておいた。

親燕が餌をとって帰って来ると、子燕は痛くてチチチと叫んだ。



兄は親切そうに

「親燕さんや、また子燕さんを助けてやったよ。来年は忘れずに瓢箪の種を持って来ておくれ」

と言った。



秋十月になって、燕はまた南の空へ飛んで行った。

そして年を越した春、燕はまた帰って来て、兄に一粒のすべすべ光る瓢箪の種をくれた。

兄はその種を窓の前に植えた。

数日して二枚の嫩葉が芽をだし、葉が育ち蔓が伸びてきた。

兄は太い木でしっかりと瓢箪の棚を作った。

蔓は棚に這い上がり、ある朝、白い花を咲かせた。

花がしぼみ瓢箪がなった。

瓢箪は風をうけて育ち、わずかな間に人の半分ほどの大きさになった。

兄は心の中で……このまま育つと秋にはどのくらい大きくなるか分からない。

弟は金の粒が十升だったというから、俺のは少なくみても二十升はとれる。

こんなに沢山の金の粒は、いくら使っても使いきれない……と考えた。

もともと怠け者の兄は、それから何もせず、ずっと食べたり飲んだり遊び続け、家や財産をすっかり元手にして博打をし、方々に借金をし、秋になったら幾らでも払えるとあちこちに行って、大きな瓢箪の話をして

「瓢箪が熟したら払うからな」

と言って回った。




河岸に柳の黄葉が一杯に散った頃、燕はまた南の空へ帰って行った。

大きな瓢箪も熟し、人の背丈ほどにもなった。

瓢箪を割る日がくると、貸し主たちはみんなきて、家の外から内まで二重三重になり庭に一杯になった。




大きな鋸で切ると、瓢箪はパッと割れて、中から一人の白い髭の老人が龍の頭を彫った杖をついて現れ、溜め息をついた。



見ていた貸し主の一人が

「どうして溜め息をつくのか?」

と聞くと、老人は杖で兄を指して

「わしは、あいつがこんな借金をどうして返すのかと心配しているのだ」

と言った。



兄は目を丸くし口をあけ、何も言えなかった。  

聊斎 子続集






ことばとかたちの部屋
寺内 重夫