帝国との戦いが終わり、やっと落ち着いて休憩を取る時間が出来た。
まだ各地での混乱や小競り合いはあるようだが、国という大きな組織を相手にしていた頃を思うといくらか気が楽だ。
そんな日常を手に入れてからも生真面目に働いてばかりのヴァンを見かねたリグレッドの提案もあって、ガイはヴァンと2人で海辺のコテージに2泊3日の旅行に来ていた。ビーチが目の前にあるため夏は予約が難しいらしいが、幸い今は冬だ。予約もすぐに出来たし、2人で落ち着いて思い出話をしたりこれからの事を話すには、人気のない冬の海はちょうどいいだろう。
そんな日の短い季節だからか、ケリュケイオンから下ろした荷物を整理し終わる頃にはもう日が沈みそうになっていた。空と海がオレンジ色に輝き、白い砂浜が暖かい色に染まっていくのを、ガイは懐かしい気持ちで見ていた。
「何か暖かい物でも飲もうか」
ガイと共にキッチンに来ようとしたヴァンに「ソファで待っててくれ」と言うと、ヴァンは仕方がないなと少し困ったような顔をして「ありがとうございます」と笑った。
アメニティとして置いてあったインスタントの飲み物をマグカップに淹れて、ガイはリビングのソファへと向かう。
ソファに座っていたヴァンの、夕日を眺める穏やかな横顔を見てガイは眼を細めた。
「はい、お待たせ」
「すまないな。…ところで甘い匂いがしているようだが」
ヴァンはガイから受け取ったコーヒーを一口飲んで、甘い匂いはガイの手にしたマグカップからしているのだと確信する。
「ああ、ココアが置いてあったから久しぶりに飲んでみようと思ったんだよ。ガキの頃はこれが好きだったんだなぁって…おまえが居るからかな、すごく懐かしくなったんだ」
そう言って甘い湯気をふぅと吹き飛ばしたガイは、一口飲むと眉間に皺を寄せて「甘いな」と笑った
「変な感じだな。昔はあんなに美味しかったのに」
「それだけ貴公が成長したという事だろう」
「さすがに5歳の頃と比べたらなぁ」
貸してくださいとヴァンはガイの持っていたカップを受け取り、一口飲んでその甘さに眉を顰めた後、自身の持っていたコーヒーをガイのココアに注いで軽く円を描くように混ぜてカップを返した。
「ああ、さっきより飲みやすくなったよ。ありがとう」
コーヒーの入ったココアの味を確かめるために一口だけ飲んだ後、2人で笑い合いながら沈んでいく夕日を眺める。
上空の闇が濃くなっていくほど、海に面した空のオレンジは鮮やかな赤色に変わっていく。
懐かしい
世界は違っても、空と海の色が時間と共に変化する様子は変わらない。2人はティルナノーグの景色を見ながら、同じホドで見た景色を思い浮かべていた。
2人で手を繋ぎ、冷えていく気温とは対照的に暖かい色に染まっていく海と空を見て感動し、帰ろうと振り返ったホドの白い建物が夕日に染まる美しさに息を呑んだ。
その光景は色鮮やかな写真のように記憶に残っているが、あの時繋いだ手の体温も、潮風の匂いも、帰ってから飲んだココアの味も、今日ここに来てから思い出す事が出来た。些細なことかもしれないが、思い出せて良かった。
「…ありがとう、ヴァン」
「どうした急に」
「ホドでの事、覚えてるつもりだったんだけど、忘れてる事も結構多かったんだなって…今日をおまえと過ごせたから、いろいろ思い出せたんだ。」
「そうか…私もこんな日が来るとは思わなかったからな、不思議な気分だ」
デミトリアスとの決戦を前にヴァンが見たと言う惑星預言、その預言が覆らなければローレライごと自分の事を消してくれ、とヴァンは言った。元の世界で、預言は覆らないものとしてレプリカの世界を作ろうとしていたヴァンだ。異世界とはいえ、惑星預言が人の努力で覆されるとは思っていなかったのかもしれない。
「なぁヴァン」
「どうした?」
「もしまたローレライが預言を見せてきたら、どうするんだ?」
「……無論、覆すまでです。」
「…それが幸せな預言でもか?」
「はい。」
「………そうか…。」
ヴァンの返事はわかっていたが、わかっていただけに寂しくもなる。預言の結果がたとえ幸せなものだったとしても、成就してしまえばヴァンはまたローレライと共に命を断つつもりなのだろう。マグカップを握る手に自然と力が入る。
「…ヴァン、また預言を見たら知らせてくれないか?俺にも覆す手伝いをさせてほしい」
「それが、幸せな預言でもか?」
「幸せにもいろいろあるだろ、預言とは違う幸せを、みんなで叶えていけば良いんだ。」
「…貴公は強いな。いや、強くなられた」
眩しいものを見るように目を細めて笑みを浮かべるヴァンに、ガイも笑顔で返す。
「強くならないと、お前とこの世界で生きていけないからな。一緒に見たい物やしたい事がたくさんあるんだ」
ガイが指折り数えて具体的な言葉にしていく
「ソフィに教えてもらった花畑だろ、ジュードの世界の夜景も気になるし、自分で釣った魚の美味さは格別だってキサラが言ってたから一緒に釣りに行くのも良いな。ハロウィンとかクリスマスとか、俺達の世界になかった面白い祭りもいろいろあるんだぜ」
「ではなるべくガイラルディア様の望む休暇が取れるよう、私も予定を組むとしましょう」
水平線で光っていた赤色の線が名残惜しそうにすうっと消えていくのを見届けて、ガイはカップに残っていたコーヒー入りのココアを飲み干すとソファから立ち上がった。
「さて、日も落ちたしそろそろ晩飯作るか」
「私も手伝おう」
ヴァンもガイに続いてカップのコーヒーを飲み干してガイの後ろを歩く。
ヴァンがこうやって自分の後ろを歩いてくるのもどこか懐かしい。けれど、こんな日常の思い出を自分達はこれからこの異世界でたくさん作っていくのだろう。さっき2人で見た夕日も、コーヒー入りのココアの味も、きっと今から作る料理だって、忘れたくない思い出になっていくに違いない。