――「んー? 仲間なんて足手纏いになるだけだよ。守るモノは要らない」
――「勝てば良いの、勝てば。負けは許されない」
――「ちょっと美味しい話があるんですけどどうですか?」
――「……お前は見事に騙されたんだよ!」
――「ひ、あっ。やだ、やだ、やだ。しにたくない。しにたくない、しにたくないいいい」
緑青が鬱蒼と生い茂る雑木林の中を、『逃げる者』が駆けていた。黒く美しく艶やかな長い髪を乱しながら逃げる。幼さが残った瞳は虚ろで、光を映していない。口を小さく開き、荒く不定な息を吐き続ける。何かに脅えながら時折後ろを振り返り、自分を『追う者』がまだ遠くに在る事に安堵し、そしてまた足を動かす。此処で捕まったら死を受け入れたも同然。今まで『逃げる者』が犯してきた報いをその身体に刻まれる事だろう。
林を死に物狂いで抜け出し、その先にあった小さな木製の家へと駆け込む。
「助けて!」
と叫びながら入ったものの、返答が無い。
不審に思い、窓から漏れる光を頼りに小屋の中を歩き回れば、もう此の小屋は何年も使われていない事を悟る。やっと一段落着いた、と此の場で初めて希望というものを心の中に憶える。急に膝の力が抜け、ぺたりと床へ座り込み、そのまま仰向けになり天井を仰いだ。天井には蜘蛛の巣がはりめぐされ、梁の上を小さな鼠が走っている。
「……もう私、死んじゃうのかな。見つかったら、死んじゃうのかな。こんな事になるなら、あの人達の忠告を聞いておけば良かった。もう、遅いかな。遅いのかな、きっとこのまま誰にも知られずに、死んじゃうんだ、私。」
ぽつりぽつりと呟けば、今更どうしようもない遣る瀬無さが何度も胸を走り、頬から首へと雫がなぞる。苦しい胸を押さえながら、必死に腹から喉へと込み上げてくる想いを飲み込み、ぐつぐつと喉から嗚咽のような音を洩らす。あはは、と自虐的に笑ったと思えば、右手を頭の上へと翳し自分の事を貶してその手を床へと強く打ち付けて痛みに思わず顔を歪ませた。目を閉じるが、止めなく流れ落ちる涙に情けなくなり頭を掻き毟る。暫くして、指の間に挟まった毛髪を見ながら「汚い」と呟いて乾いた笑い声を小屋に響かせる。
その時、小屋の奥から音がして――
数人の『追う者』に囲まれた『逃げる者』は、もう抵抗する事無くされるがままになる。赤い飛沫が小屋中を赤く染め、憂いを帯びた甘い声で助けを求めるものの、すぐに塞がれる。遠退いていく意識の中で『逃げる者』はさようなら、と誰かに告げた。
「コイツ!剥いでも生きてやがるぜ! しぶてぇ女じゃねぇか、まだ死ねないってか!? 身体に教えてやるよ、俺らの怖さって奴をなぁ! もう人前に出れねぇようにしてやるよ」
「……すいやせん兄貴。これくらいにしておいた方が――」
「お前もやられてぇってんのか!? 良いぜ、俺は構わねぇけどよぉ」
赤く染められた。
『……ガッ、ガガガッ……、次のニュースです。ガガッ……に起こりました指定暴力団……、ガッガガッ…………含む十数名惨殺事件、未だ……は不明であり警察は生存者……ガッ……調べを進めている模様です。死亡者ガガッ…………一名。重傷者である女性は意識は戻らぬものの、……ガッ…………ガガガッ……。続きまして――』
/昔書いた因幡の白兎
【朱】に染まる広大な大地。
圧倒的な力で捻じ伏せ、粉砕し、全てを彼方へと葬り去った巨兵。
消え入る寸前まで国に奉公し一人の戦士。
氷のように冷たい眼差しの奥に潜むは、何時かに朱く燃え滾る闘志。
その瞳、光失うまで遠方を見つめ、静かに太刀を振るい絶つ。
全てを人々の記憶に美しいままに留めるその業の継承は不可。
全てを記憶せぬ人々の心に、今はもう戦士の姿は無い。
儚く散った幾千もの戦場の魂。
朱き国に栄光あれ。
氷の戦士、死して尚勝利の栄冠に輝かんことを。
/版権(ゲーム)