喪主

テレビの音が耳に届いて目を覚ます。ゆるりと重くのし掛かる布団を押し退け、欠伸を一つ。テレビのニュースからは異国の言葉が飛び交い、どうやら政治について論争を繰り広げているようだ。そんなことにさして興味も沸かず隅に転がっているリモコンを取る気にもなれずただ画面だけを見つめていた。ふと、先程まで横で寝ていた男がいないことに気付き、辺りを見回す。

「銛矢…?」

暗い部屋からは何の返事も帰ってこず、ただ放った声が闇に空しく吸い込まれるだけだった。『またか』と心の中で一人ごちる。相棒である銛矢はこうしてふらりと姿を消すことがある。極たまになのだが、行く先の予想は大体つく。

いつもの"狩り"だ。

やれやれと溜め息を一つ零し、九龍は上着を片手に立ち上がった。時刻は深夜零時。ドアを開けると、冷たい冷気に身体が心底竦み上がった。








どれくらい歩いたろうか。当たり前のように辺りには人はおらず、明かりも見えない。それでも己の予感を信じて、外れにある森へと足を進めた。

「まったく…見つけたら文句言ってやる」

恨み言を零すと同時に白い息が天へと向かって掻き消える。ふと、左の方から小さな呻き声が聞こえ振り返る。
確かに、聞こえた。ポケットに潜ませた銃に手を宛てがい警戒しながら、ゆっくりと声に近付き、手が草むらから覗いているのが見える。獣の呻きにも似たその主は血まみれで横たわっていた。動けないことを悟り、銃から手を放してその男の側に駆け寄る。武装から見て間違ない…"秘宝の夜明け"の手のものだ。だがその姿は今や見る影もないほど引き裂かれ、息も絶え絶えだった。

「ぁ…ぅ…たすけ…」
「お前をやったのは誰だ」
「…け……の」
「………」
「青い、ば…けも、の」
「そうか」

助かる見込みはほとんど皆無だが、救急キッドを男の手に握らせ立ち上がった。不気味な空気が森を包む。転がる数人の既に事切れた亡骸を跨ぎ、奥へ進む。

ボトッ

上から不意に何か生暖かいものが降って来て、避け切れずに左腕の服に付着した。

「うっ…!!!」

真っ赤な血だと気付いた時には鳩尾あたりを強い力で抑えられ地面に倒された。背中と頭に衝撃が走り一瞬ぐらりと世界が歪み思考が停止する。かすむ目から上に跨がる物体を捕らえた。

人ならざるシルエット、頭からは鋭利な角が生え笑む口から覗くのはすべてを噛み砕いてしまうような牙、肌は有り得ないほどの青が月明りによって照らされていた。

変生と呼ばれる遺伝子変異…その姿の正体を、九龍は知っている。口許を緩ませ、にこりとその人ならざる者に笑ってみせた。

「やっぱりここにいたのか……銛矢」

その者は黙ったまま、ただ九龍を冷たい瞳で見下ろす。全身を血で濡らし、所々固まったそれは肌にべとりと張り付いていた。銛矢と呼ばれた異形の者は血を拭おうともせず、九龍の頬に手を這わす。

「…っ」

余りの冷たさに身体が跳ねた。囁かれる声は人ならざる唸るような響き。

『来たのか』
「…ああ…また、やってるのかお前は」
『満月の日は、血が騒ぐ』
「また皆殺しか」
『ふん…どうせ僕達のことを嗅ぎ付けて殺そうとした奴等だ。逆に殺したっていいだろう』
「………」
『不満そうだな。さっきもあんな敵に施しをしてあげるなんて、まるで絵に描いたような天使じゃないか』

クツクツと喉で笑う声はまるで小馬鹿にするような声だった。ピリピリとした空気が凍った空気に混ざり合う。



『キミのそういう所が僕は大嫌いなんだ』
「……っ」

シャツのボタンを無理矢理左右に裂かれ、外気に触れる。突然の冷たさにぞくっと肌が泡立ち、力を抜いた隙にジーンズのジッパーを素早く下げ手を突っ込まれてひくっと喉が鳴った。

「やめ…銛…ッ」
『善者のように振る舞う偽善者』
「…ァ」
『綺麗ごとばかり抜かして』
「は…、ア」
『虫酸が走る』

強く芯を握りこまれて、快感に力が抜ける。抵抗しようにも変生を遂げた銛矢に抗える訳もなく無駄に終わった。

「はっ……んん」
『濡れてきたな。相変わらず淫乱な身体だ』
「…ァ…ッ」

上下にゆるりと扱かれれば口から漏れるのは甘い吐息。囁かれる言葉につい頬が染まってしまう。その様子を楽しそうに観察し、銛矢は手の力を強めた。下半身から徐々に熱が這い上がり冷えた身体を暖めていく。

『この姿になると理性に抑えが利かなくなってしまうんだ。キミを悲惨なまでにめちゃめちゃにしてやりたくなる。なぁ、助けてくれよ』

愉悦に滲んだ表情はあまりにも残酷。そして何かいいことを思い付いたと言わん許りに目を輝かせた。

もしかして――。

「っちょ…!」
『そういえばこの姿でキミを抱いたことがないな。どうだろう、愉快じゃないか?』

どこが…!
九龍は漏れる声を我慢しながら、九龍は身の危険を察知し身じろいだ。だがそれよりも早く銛矢は九龍の足を掴み、身体を反転する。容赦ない手はジーンズを下げ、腰を高く上げる格好にさせた。むき出しになった蕾を指で軽く触れられただけで緊張が走る。

「銛矢…悪ふざけは…!!」
『今日は物凄くイライラしてるんだ。無駄口は叩くな』

いつも優しくないだろうと喉まででかかった言葉は、後ろに宛てがわれたものによって遮られた。焦りに冷や汗が溢れ、喉が渇きを訴える。

「や…やめッ…銛」

容赦なく銛矢の硬く張り詰めたものは九龍の蕾を割って挿入されていく。慣らされていないそこは当然のように受け入れる態勢を取れていず、ミシミシと鈍い音が聞こえて来るようだ。

「ぁぁあ…ッ」
『ほら…どんどん飲み込んでいく』
「痛…いッ痛…」

いつもの質量の倍はあるであろうグロテスクな銛矢のものは裂けるのもお構い無しに腰を進めた。ぐちゅと音が響き、奥まで入ったのが嫌でもわかる。異物に圧迫される息苦しさに、涙が滲む。

『ああ、締め付けがたまらないな』
「ぁ…ア…」

ズルッと引き抜かれ、再び中に押し戻される。

クレフィ


「っ………ぁ」

ギシギシとベッドが激しい音を立て揺れる。薄暗い部屋にはランプが一つ隅に置かれ、申し訳程度に辺りを照らしていた。

「あぁ…ッァ、ンん」
「く…」

赤毛の男が栗毛の男の華奢な足を掴み高々と肩口に掲げ、更に深い律動を繰り返す。その動きに栗毛の男は堪らないと言わん許りに身体を震わせた。赤毛も中の窮屈な締め付けにより脳天から力が抜けるような快感に夢中になって突き上げる。

「ぁっあクレ…ア」
「ん?ここがいいのか?」
「ッんん」

ある一点を突いてやると面白い程反応を返す栗毛。内腿が痙攣し、絶頂を迎える一歩手前だ。

赤毛

クレフィ


幼馴染みが久し振りに帰って来た。

各地を転々とするそいつは滅多に姿を現さない。そして現す時はいつも神出鬼没だ。


「なぁ、フィーロ。俺は時々思うんだ」

「…何を」

「いいか心して聞け。この俺様の言葉なんだからな」

「いいから、なんだよ」

「俺はシャーネを愛している。それはもう。早く結婚式をあげたいとも思っているくらいにだ」

「その台詞聞き飽きた」

「まぁ、聞け。シャーネを愛してる気持ちと同時にな」

「?」

「俺はお前も愛してるんだ。フィーロ」

「へー…………………は?」

「どうだ驚いたか」

「いや驚くだろ普通」

「普通じゃない俺は別に驚かないのだが、驚いてくれたのならそれもいい」

「つまらないジョークだなそれ」

「ジョーク?」

「どこの喜劇も雇ってくれないぜ」
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