カロル×ユーリ
罪の意識に苛まれるユーリと助けたいカロル先生のお話。
時系列的にはアスピオで再スタートしたちょっと後くらい。
ユーリが弱音を吐いたりしますので注意。
さっきから降り続いたままの雨。
それは特に激しいわけでもなく、しとしとと静かに降り続けている。
それなのに、何故かはわからないが突然、嫌な感じがして飛び起きて時間を見るが、時刻は二時を回ったくらいだ。
さっきから、というのは寝る前からという意味で自分からすれば「さっき」なのだが、時間的には「結構」かもしれない。
「……ユーリ、どうしたの?」
胸焼けのような気持ち悪さに息を整えていると、隣のベッドで寝ていたカロルが眠たそうに目をこすりながら身体を起こした。
「悪い、起こしたか?」
まだ半分ほど寝てそうな彼に、できるだけ柔らかい笑みを浮かべて声をかけると、大丈夫。と言って数回瞬きをしている。
その様を見るに大丈夫そうには見えなくて、悪かったな。と言って寝かしつけようと自分のベッドから降りて、彼のシーツを掛けてやった。
「ユーリは、大丈夫?」
不意に投げかけられた問いに驚いてカロルを見れば、その目はすっかり覚醒していて、しっかりとユーリの瞳を捉えていた。
「……大丈夫だ、」
「うそ」
少しの躊躇いの後に言葉を紡いだユーリに手を伸ばして、冷や汗の伝う頬を拭う。
「ユーリ、ここのところ魘されてるよ」
嫌な夢でも見た?と心配そうに顔を覗き込んでくるカロル。
先程、感じた胸焼けのような苦しさや、明け方に感じる目覚めの悪さ。
その理由は無意識が見せる悪夢のせいで、それをユーリは自覚していなかったのだ。
「悪い、夢、か、」
カロルの言葉を反復して、そっと自分の左手を見つめる。
ラゴウを殺し、キュモールを追い詰め、ドンの首を跳ねた手。
すっかり赤に染まったその手は、落とせども落とせども色褪せることはなく、ユーリの瞳にはくっきりとその色が残ってるように見えていたのだ。
「……ユーリ、ボクに触らなくなったよね」
不意に寂しそうに呟かれた言葉に驚いてカロルを見れば、その瞳は責めるわけでも咎めるわけでもなく、優しい、だけどどこか物哀しそうな色をしていて。
「ボク、ユーリの手、好きだよ」
優しくて、大きくて、みんなを護ってくれる手。
「……オレの手は、そんなんじゃない、」
ユーリの見える彼の左手とカロルの見ているその手。
それは同じもののはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろうか。
「ユーリ、」
今にも泣き出しそうな癖に、歪な笑顔を貼り付けた彼の名前を呼んで、その左手をカロルの両手で包み込む。
触れようとした瞬間、ビクリと彼の肩が震えたが、それも無視してそのまま、祈るように握りしめた。
「ユーリのした事は、赦されないかもしれない。けど、ボクにはそれを決める権利はないから」
人が人を裁く事はあってはならない。
何時ぞやの友人の言葉を思い出し、胸の中で反復する。
それは事実であり、友人が、そして目の前の少年が言うように罪が赦される訳ではない。それに、ユーリは赦されたい訳でもないし、裁かれたい訳でもなかった。だからどうしたいか、どうすればいいのか。その答えは自分でも解らずに、無意識に押し込んでしまっていたのだ。
「……消えねーんだよ、消えてくれねーんだ、」
ラゴウやキュモールを斬った感触よりも鮮明に残っている。
「ドンの感触が、消えねーんだ、」
縋るようにカロルの手を握って胸の中に蟠っていた感情を吐き出す。
泥を被ると、全てを背負うと覚悟を決めたのに。それは思っていたよりも重く、自分の覚悟がどれだけ浅はかなものだったかを思い知らされた。
受け止めると決めたのに、身を喰い千切るような重責に耐え切れず、穢れを知らない無垢な両手に縋る事しかできなかった。
「……ひとりになっちゃ、ダメだよ、」
潤んだ声に顔を上げてカロルを見れば、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
慰めようと、その頬に触れたいのに、穢れを重ねた手はそれができずに、伸ばした手は宙を彷徨うだけだった。
やがて、彼が包んでいた左手の温もりが消え、また、悪夢に感覚を支配されそうになる。
「ユーリ」
そっと瞳を閉じようとすれば、途端に視界が暗くなり、柔らかで温かな陽だまりのような何かに抱きしめられた。
いつかユーリが彼を慰めるために抱きしめたように、今度はユーリがカロルに抱きしめられていたのだ。
「頼む、離してくれ、」
「いやだ」
ベッドから降りて、座ったユーリと同じ高さになるように膝を立てて目一杯ユーリを抱きしめる。温かくて優しい体温は自分の弱い部分にじくりじくりと染み込んで、蝕むように凍えた理性を溶かしていく。
「おねがい、だから、」
誰かに赦されたら、甘えてしまったら、それこそ全てが崩れてしまうような気がした。
「ユーリ、」
絞り出すような声で名前を呼ばれたかと思えば、自分のものではない暖かい雫が
頬を伝った。
「泣くなよ、カロル、」
「ユーリが、泣かない、からだよ、」
泣かせたかった訳じゃないのに、彼の笑顔を護りたかったのに。
思い描いていた理想とは真逆の事を突きつけてくる現実。
それはとうの昔にわかっていたはずだ。
「ボクは、ユーリのてが、すきだよ」
そう言って、また小さな手で左手を握りしめる。
「ユーリが何と言おうと、ボクにとっては、やさしい手だから」
だから、前みたいに抱きしめて欲しい。
「……カロル、」
優しいその言葉に耐え切れなくなって、小さな身体を痛いくらいに抱きしめる。
ラゴウを斬った日から無意識に触れないようにしていた。それは、彼が無垢で穢れを知らないから。自分の汚れた手で穢したくなかったから。
なのに、たった一言で簡単にそれは崩れてしまった。一度触れたら、温かいそれから離れられないことはわかっていたのに。
「ごめん、ごめんな、」
顔を見せないように小さな彼の肩口に顔を埋めて静かに涙を流す。
「ボクは、大丈夫だから」
慰めるように呟かれた言葉に、何も言えずに頷いて、嗚咽を殺す。
声を上げないようにと必死に堪えるユーリ。
今にも壊れてしまいそうな彼を優しく抱きしめる事しかカロルにはできなかった。
その罪を、その悪夢を、半分分けてくれたらいいのに。一緒に背負わせて欲しいのに。きっと、頼んだとしてもユーリは首を縦には振らない。
だから、今のカロルには彼が壊れないようにこうやって受け止める事が出来る精一杯のことだった。
「ユーリが迷子にならないように、ボクがいるから、」
悪夢に連れ去られないように。と祈るように、そっとユーリの背を撫でる。
「だから、今はおやすみ」
そう言って、彼に体重を預けるように眠りにつけば、ありがとう。と優しい声が鼓膜に響いた。
今だけは、どうか、彼が安らかに眠れますように。
祈るように願ってそっとカロルは瞳を閉じる。
そして、その温かく優しい体温に甘んじて、ゆっくりとユーリも瞼を閉じる。一面の暗闇と降り続く雨の音。けど、いつもの違うのは優しい陽だまりが迷わないようにと手を繋いでいてくれる事だった。
終
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悪夢に惑うユーリと悪夢から連れ出したいカロルのお話でした。
時系列的にはジュディが帰ってきた後くらいかなとふんわりしています。
カロル先生が眠れないようにユーリも眠れない日があると思いますが、ユーリは絶対他人に弱音を吐かないよなぁと思います。けど、感極まってどうしようもなくなったら先生の優しさで包んで上げて欲しいと思いました。
というかドン崩御あとからの先生の包容力ってなんだろう…12歳って何だろう……(哲学)