キスの日と言うことで、ヒーロー組の託仁くんとたまきちゃんで突発的SS
「キスの日?」
別れ際、彼女の突然の言葉に、俺は大げさな返答をしてしまった。
思ったより大きくなってしまった声をうるさく思ったのか、彼女は怪訝な顔をする。
「そう。今日はキスの日なんですって」
そういえば、私たち、キスはしていなかったわね。
にこりと微笑んで。けどその表情とは裏腹に単調な声色で。彼女は言った。
「キスって……恋人同士がするものだろ……?」
「そうよ。だって私たち、恋人同士じゃない」
一体なにがおかしいの?
彼女はそう言いたげな表情をする。だけど、その裏側の真意は、俺には全くわからない。
「……俺たちは恋人同士だけど。でも、それは……」
恋人たちの愛の証明。
キスとはそのような行為だと(まるで夢見る少女のようにロマンチストな思考だが)、俺はそう思っている。
目の前の彼女の価値観で、その行為がどのような意味をもつのか。それは俺にはわからないが、だけど、普通の少女であれば、キスは本当に大切な人とだけしたいものではないのだろうか。
俺と、彼女は恋人関係だ。
だが、それは仮初め。形だけ、見せかけの関係だ。
普通の人が恋人へ抱くであろう感情。俺はその一切を、彼女に抱いていない。おそらく彼女もまた、俺に対してそのような感情を抱いてはいないだろう。
じっとこちらを見つめる彼女の視線、それに込められた感情を理解することが出来ずに、俺は言葉の続きを紡げずにいた。
彼女が俺になにを求めているのか、なにを期待しているのか、俺は少しも解らない。
きっとそれを、彼女は解っている。それでいて、彼女は俺に言葉を投げかける。俺を揺さぶるのだ。
ふふ、とその口元が歪んだ。
「そうよね。キスは、本当の恋人のためにとっておきたいわよね」
私と貴方は、恋人なんかじゃないものね。
彼女はわらう。
心は微塵も笑ってなどいないのに、本当に綺麗に笑う。
「安心して。私も貴方とおんなじ気持ちよ。これは全部冗談だから、本気になんてしないでね」
恋人ごっこにキスなんて必要ないもの。
そう言うと、彼女はくるりと背を向ける。長い黒髪が艶やかに揺れた。
そして、それ以上はなにも言わず。その背中が遠ざかって行く。
俺たちは少しも、本当の恋人同士には近づけない。きっと、それで良いのだろう。それが、俺たちの正しい在り方なんだ。
少しの名残惜しさも感じさせず、離れていく背中。それを見送って、俺もまた1人の帰り道を歩き始めた。