血の匂いがした。
とても濃く、噎せ返るような鉄の匂い。
其れ等がする方を向くと、一人勝手に暴れ刀を振り回す女の人影が見えた。
刀は周りの兵士の脳天を貫き、体を真っ二つに斬り、四肢を落としたり等惨たらしい殺した方をしていた。
その度に地面に赤黒い絨毯が広がり、自身も赤く染めていた。
顔に靄の掛かった女は狂ったような笑いを叫ぶように響かせ、枷が外れた獣の様に荒れ狂う。
『おい、止めろって!』
『!』
その女をオポムリアは自身の刀で止めた。
それでも女は笑いながらオポムリアを弾き飛ばした。
オポムリアが止めた理由は、女が斬り殺していた兵士の中にコード008部隊が混ざっていたからだ。
『テメェ……!何してんのか分かってんのか!?止めろ!!止めろよ!!』
『はぁ?テメェこそ何してんだよ。別に良いだろ、すぐに斬られちまう弱い方が悪ぃんだから』
『っ、違ぇだろ……!テメェは……もう……!』
『馬鹿じゃねぇのか?テメェがやった事は過去に流れようが二度と消えねぇんだよ』
女の顔に掛かった靄が徐々に消え、素顔が明らかになる。
その姿は、オポムリアだった。
まるで鏡に写ったような一寸の違いもない自分の姿にオポムリアは顔を顰める。
そして確信したのだった。
この眼の前の自分は過去の自分だと。
『あの頃は良かったよなぁ?好き勝手暴れられてよぉ……。敵も味方もねぇ、俺が斬りたいように斬る、自由気ままに殺しができる。……テメェも思うだろ?あの頃に戻りてぇって』
『ふざけんな……!テメェが、俺があのまま好き勝手してたら俺は今頃……!』
『反乱分子として死んでただろーなぁ?ハハハハ!!』
『なに、笑ってやがんだ!!』
『その代わり弱くなったよな、お前』
『あ゛……?』
『なんつーか、つまらねぇって言うの?周りも見ずに次々と斬り殺していたあの時の方がよっぽど強かった気がするんだけどよ……』
『んな事、ねぇ!』
『そうか?……あぁ、あれか?守る者が出来たから力をセーブして傷付けないようにしてるってか?テメェもサイバトロンの偽善っぷりが板に付いてきたなぁ!』
『うるせえ!!』
『弱い弱い弱い!!だからテメェはあのスカシ野郎に負けたんだよ!』
そう叫ぶ過去のオポムリアの奥には、冷たい視線のシラヌイがいた。
『貴様は弱者だ。弱者に刀を握る資格はない』
───…。
『っ…………』
最悪の目覚めはこれで何度目だ、とオポムリアは眉間に皺を寄せながら起きた。
まだ暗い外を見て再度寝ようとしたが、そこに声が響いた。
「おはようございますオポムリアさん。良い朝ですね」
『どわっ!?テメェは……!?いったいいつの間に……!』
「今日から修行が始まります。ではこちらに、朝ご飯の後に道着に着替えてもらいます」
『おい!話聞けよ!?』
いつの間にか部屋にいたカンナギは淡々と伝達だけ行うとオポムリアを連れ食堂へ行く。
そこには既に隊士達がおり朝食を取っていた。
『ったく……!アイツ話聞いてんのか!?』
起床後の上手く働かない頭で朝食をかき込むと、カンナギに釣れられ修行用の道着を渡された。
「こちらに着替えてください。着替えが終わったら朝礼を行いますのでまたこちらに集まってください」
『は?朝礼?』
「えぇ、一日の修行内容等の確認や伝達事項を話すものです。毎日行ってるものなのでちゃんと参加してくださいね。期間限定とは言え今日から貴女も暁部隊の一員なのですからこちらの隊律に従ってもらいます。勿論隊律違反に関する処罰も受けてもらいます」
『げ……だる……』
「その言葉遣いも直しましょうね。ちなみに修行内容には礼儀作法も含まれますからね。久々の悪童で私も指導のしがいがあります」
『は……?何だそれ初めて聞いたぞ!!?』
「刀を振るうだけが剣の道では無いということです。ほら早く着替えなさい」
言いたいことは色々とあるがカンナギの圧に押され更衣室へと入りヤケクソに着替えるオポムリア。
そしてそれが終わり修行場に戻ると、朝礼が始まった。
「皆様、おはようございます」
「「おはようございます!!」」
「本日も怪我無く、真面目に修行に取り組みましょう。では本日の修行内容は……その前に、貴方方に紹介をしておかなければ。新入りの紹介です、ほらオポムリアさん、前へ」
そう言われ嫌々ながらに前へ行くオポムリア。
他の隊士達はオポムリアのことを物珍しいとばかりにじっと見ていた。
「コード008部隊から修行に見えているオポムリアさんです。今日から皆様と同じ新兵の修行に同行させてもらいます。共に協力し合ってくださいね」
『……ヨロシク』
圧倒的女の隊士が少ない為喜ぶ男隊士や、オポムリアの小ささに馬鹿にする隊士もチラホラとおりオポムリアもそれに気づいていたが、どうせ後でぶっ飛ばす機会はいくらでもあると自身を落ち着かせていた。
そして朝礼が終わると同時に、数名の男隊士がオポムリアの目の前へとやって来た。
「おいお前」
『………………』
「おい!」
『あ?俺か?なんだよ』
「何処の部隊から来たかは分からねぇがよ、随分生意気な態度じゃねぇか」
『あ?あー……そうか?そのつもりはねぇがそう思わせたなら悪かった、じゃあな』
「待てよ!」
『っ!』
特に話す事も無い為早々に立ち去ろうとしたオポムリアの肩を無理矢理掴むと男はニヤリと笑った。
その後ろにいる二人も、ニヤニヤと見下すような笑みを浮かべており、それに対しオポムリアは眉間に皺を寄せた。
「こんなヒョロっちい女がこの暁部隊に修行とはご苦労なこった。厳しい修行だが新兵の修行は毎度やることは同じだから飽き飽きしていたところだ……。お前の実力、俺が見てやろう!」
「きゃー!かっこいい!かっこいい子が来たわ!」
「ねぇオポムリアさん!剣を握ってからどれぐらいなの?」
『さぁ?覚えてねぇ』
「女の子の隊士って少ないから仲良くしましょ!」
『おー、いーけど修行で対戦しても容赦はしねぇぞ』
「「是非!!」」
「聞けよ!!」
木刀を構える男の事等見向きもせずオポムリアは寄ってきた女隊士達と話し始めていた。
女隊士達を無理矢理退かし、再びオポムリアの前へとやって来る男にオポムリアはまた眉間の皺を深くした。
「ちょっと止めてよ!今私達が話してるでしょ!」
「うるさい!邪魔だ!」
「きゃっ!」
『!』
男に突っかかった女隊士は突き飛ばされた衝撃で体制を崩してしまった。
その体を即座に受け止めたのは、オポムリアだった。
『大丈夫か?怪我ねぇか?』
「は、はい……!ありがとうございます……!」
『……おいテメェ……ちょっとオイタが過ぎるんじゃねぇか?』
「なんだ?ようやく俺と対戦する気になったか?」
『…………まぁいーだろ。これも修行の一環としてやっても構わねぇんだろ?』
「さぁ来い新入り!ちなみに俺はこの中では実力は一番!まぁ女相手だから多少の手加減はしてやろう!」
『ほー、そりゃありがてぇな。んじゃレディーファーストっつー事で……』
修行場に置いてある木刀を掴み、オポムリアは無邪気な笑みを浮かべる。
しかしそれは瞬時に変わり、悪魔のような笑みへと豹変した。
『先行でぶっ潰してやる。あ、まぁ後攻のテメェの番なんざ回って来ねぇだろうがよ』
「ではいざ尋常に、勝負────」
審判役の隊士が始まりの合図を言い終わる前に、男の鳩尾に華麗な突きが決まったのだった。
「ぐっ……!?」
痛みで悶える男に追い打ちをかけるかのように木刀で斬りつけるオポムリア。
オポムリアの実力を知らない者の先走りとはいえ、見ている方は可哀相と思える程の一方的な力攻めだった。
審判の「しょ、勝負あり!そこまで!」と締めの言葉が響くも、オポムリアは楽しそうに男を甚振っていた。
これはまずいと思った新兵の一人がカンナギを呼び、急いで現れたカンナギの目の前には数名の男隊士が伸びて床に倒れていた。
「待ちなさい、これはいったい……?」
「カ、カンナギ様!あ、あのー……オポムリアさんを止めようとした他の隊士が、その……オポムリアさんに一瞬で締められて……」
「オポムリアさん、どういう事です?」
『あ?向かってきたから退治した』
「……はぁ……皆さん、一旦落ち着きなさい」
カンナギの冷静な一言に全員の動作が止まった。
そして咳払いを一つ、その後にカンナギは話し始めた。
「何処から言いましょうか……。まず、人を見た目で判断して見下す事はお止めなさい。身内だろうと敵だろうと、そのような無礼な行為は認められませんし、敵の場合は自身を滅ぼす結果に繋がる事もあります。ちなみに、特別扱いではない事を強調する為に敢えて言いませんでしたが……オポムリアさんは今回の修行の為だけに新兵クラスの皆様と同じ枠に入れましたが……まだ木刀でのみの修行の貴方達とは違い、オポムリアさんは真剣を扱い実際に前線に出ているんですよ。実力の差が有り過ぎるのは当たり前です」
カンナギのその台詞にザワつく新兵達。
そして新兵の一人が「そんな人が何故、新兵の修行に……?」と聞くとカンナギは淡々と答えた。
「単に新兵の修行が一番厳しいからですよ。剣術の基礎から応用、礼儀作法等基礎の基礎から叩き込む為です。えぇ、お互いに学びを深めていくのも有りでしょう。ですから……以降争い事等無いように。オポムリアさんも、あんまり新兵をどつき回さないように」
『はいはい』
「はいは一回で宜しい。あぁ、あと貴方達は歴史の勉強もまだまだの様ですね。コード008部隊がどのような兵士達の集まりか理解していないようで。後で追加の修行を言いましょう」
カンナギは最後に喧嘩を売ってきた男にそう言うが、意識を飛ばしている為に聞こえてはいない様子だった。
伸びている新兵数名がハナムスビに救護室に運ばれて行き、それを横目で見ながらカンナギは手を叩き他の新兵に修行を始めるように声を掛けた。
『やり過ぎちまったか?』
「ありがとうございますオポムリアさんっ!凄い強いのね……!私も貴女みたいに強くなるよう頑張るわ!」
「是非私と修行に付き合ってくださいっ!」
「私も!」
『?まぁ良いけどよ……お前等怪我すんなよ。ただでさえ男トランスフォーマーより女トランスフォーマーは脆く出来てるんだからよ』
「「はーい!」」
と、既に数名の女隊士を虜にしているのだが……オポムリアはそれに気づいていないようだった。
───…。
午前の修行が終わり昼食を取っている間もオポムリアの周りには数名の隊士達がおり、修行の相談や他愛も無い話をしていた。
『へー、じゃあここに来た兵士達は直々に名前を貰ってまず新兵から始めんのか』
「ええ、新兵から木刀のみで修行を初めて五年。それでようやく刀を貰い更なる修行積んでから各部隊へ振り分けられるの。成績の良い隊士は行きたい部隊を決められたり、逆に隊長から選ばれたりする事もあるわ」
『ふーん、じゃあお前等行きたい部隊とかあるのか?』
「そりゃもう!ツクヨミ様の部隊に行きたいわ!」
「何言ってんだよ!ナルカミ様の部隊に決まってんだろ!」
「いやいや、クロユリ様の部下になりたいだろ……へへへ……」
「えー、私はムラギリちゃ……じゃなくて隊長の処がいーかなぁ」
「俺は性格的にウツセミ隊長がいいな……なんとなく……」
『意外と各部隊の希望者いるんだな』
「最終的には自分の能力に見合った処に振り分けられるんだけどな。能力が均一で前線にバリバリ出るなら弐番隊、トリッキーな攻撃方法が得意なら参番隊、速さが一番なら肆番隊、力自慢なら伍番隊、隠密行動とか暗殺方面が得意なら陸番隊とかな」
隊士達から丁寧な説明がされる中、ここでも壱番隊の話題が出ない事を不思議に思ったオポムリアは思わず聞いてしまった。
『壱番隊に希望する奴はいねぇのか?』
その言葉に一瞬にして食堂が静まり返り、時が止まったかのような空間が出来上がった。
新兵達以外にもその場にいた先輩隊士達も有り得ないものを見るかのような目でオポムリアを見ていて、流石のオポムリアもこの場で聞く事じゃなかったという空気を悟った。
『……居ねぇのかよ』
それでもオポムリアはその話題を続けた。
いくら場の空気が悪くなろうと、オポムリア自身が別に気にする理由が無いからだ。
壱番隊の話題が余り良くないものであることはカザハナからの話で何となくは理解していたが、まさかここ迄とはと呆気に取られていた。
「あー……いや……ま、まぁな?壱番隊は……ほら、今一人だし、俺等一人二人立候補した所で気まずいっつーか……な?」
『じゃあ壱番隊からは推薦取ってねぇのか?シラヌイからの選抜もねぇって事か』
シラヌイの名が出た途端更に空気が重たくなった様だ。
周りにいる他隊士が「そいつを黙らせろ」とばかりにオポムリアと話している隊士達を睨み付ける。
その視線に耐えきれなくなったのか、呼ばれていた、午後の訓練前に自主トレ、とそそくさとオポムリアの周りから立ち去って行くのだった。
ぽつんと一人残されたオポムリアは『何だありゃ』と呟き残りの昼食を平らげ、修行場に戻ったのだった。
───…。
「おッッ前!!頼むからその話題は止めろよ!?俺止めてくれって空気出してただろ!!?」
『出してねぇ』
「空気読めよお前は……!!」
修行場に戻ったオポムリアは先程一緒にいた隊士にそう怒鳴られ目をパチクリさせた。
食堂にいた時とは真逆の真っ赤な顔をしてオポムリアを怒鳴る隊士は息を切らして更に続けた。
「来たばっかりで何も知らないだろうけどな、壱番隊やシラヌイ様の話題は禁止されてんだよ……隊律とかじゃなくて、暗黙の了解ってやつだ」
『何でだよ』
「……………………」
『……もしかして、あれか?シラヌイが過去に隊士達を斬り殺したって話』
「!お前、知ってるのかよ!?」
『カザハナから聞いた』
「だったら分かるだろ……?そんな恐ろしい奴が居る所に入りたい奴なんか居るわけない。向こうも新入りを取ってないみたいだし……」
ざわざわと喧しくなる場にも怯まずオポムリアは真っ直ぐな目で率直な疑問をぶつけた。
『聞いた、だからどうした?シラヌイが隊士を斬り殺した、お前等それ実際に見たのか?それとも見たって奴居るのかよ』
「い、いや……俺達はまだ居なかったし、先輩方にも事情は聞いたが誰も知らない。カクエン様やカンナギ様には……恐ろしくて聞けもできない……」
『じゃあ噂なんだな?』
「……まぁ……」
『はっ、噂ってだけで事実は誰も知らねぇのかよ。出鱈目の可能性だってあるんじゃねぇのか?』
「そ、それは」
『実際そうだったら除隊モンだろ。それでも現にアイツはここに残ってるし現トップのカクエンも何も処罰を下していねぇだろ?』
「し、しかしその事件に関してシラヌイ様は弁明も何もしていないと聞く、それは一体……」
『何かしら話したくない理由があるんじゃねーの?お前等だってそういう秘密は一つ二つあるだろ?』
「「………………」」
オポムリアの青い瞳が周りを見渡すと、隊士達はそっぽを向き黙り込んでしまった。
『真実を知らねぇのにただの噂に惑わされてる方が俺は嫌だね。事実が明らかになった後だったらソイツをどう思おうが個人の自由だ。だがたかが噂で悪ぃイメージ勝手に付けてビビってんのはすげぇダセェって俺は思うぜ』
べ、と舌を出して次の修行に向かうオポムリア。
今の発言でオポムリアに対する好感度が左右されているだろうが、オポムリア自身はそんな事を微塵も気にするような性格では無い為誰の表情も見ずに去って行った。
自分の発言は何一つとして間違ってはいないとばかりに堂々とした態度、曇りなき真っ直ぐな目、そんな姿に残された隊士達はどう感じたのか…………それは今は各々自身しか分からないのであった。