富士青木ヶ原樹海――鬱蒼と生い茂る木々の中、一人の青年が歩いている。遊歩道から外れた、道とも言えない木々の間を迷いなく進む彼はこの場所ではとても異様にうつった。髪は金色に染められ、長身にはバーテン服。何より強い意志を持つ目は、いわゆる「自殺の名所」であるこの森には似合わないものだ。
 
「ちっ、新羅のヤロォこんな所に居つきやがって。」
 
 低い声で彼がつぶやく。どうやら人に会うために森を進んでいるようだ。
 しかし新羅、とよばれた人物。彼の口振りではまるでここに住んでいるようだ。この青木ヶ原樹海に、しかも正規のルートから外れたこんな森の奥に人が生活するなど、普通の人間では理解できない。いったいどういうことなのか――
 
「っと。ここだな。」
 
 不意に彼が立ち止まった。どうやらここが目的の場所らしい。
 だが彼が視線をおくる先には、何の変哲もない木々が生い茂るだけだ。
 
「ふん、セルティの催眠能力(ヒュプノ)で隠してはいるが、こっちだって伊達に80年超能力者(エスパー)やってるわけじゃねぇんだ。
 触れば――。」
 
 青年は何もない空間に手をのばした。
 
「一発でわかる。」
 
 その瞬間、目の前に太い丸太を組み上げたログハウスが表れた。
 
「あいつが動きだしたんだ。もう1人…いや、2人で隠遁決め込めるような状態じゃあねぇからな。」
 
 彼はそう言いながらドアノブに手を掛ける。
 
「なあ、新羅。」
 
 何の抵抗もなく開くドアの向こうには、白衣と眼鏡を身につけた青年がいた。
 
「やあ、静雄。四半世紀ぶりかい?
 元気そうだね。セルティには外に出てもらってるから、とりあえず上がりなよ。」
 
 奥に見えるリビングテーブルにはティーカップが二つ。まるでバーテン服の青年の来訪がわかっていたかのようだ。
 
「用件はわかるな。」
 
 白衣の青年――新羅の言葉を無視し、静雄とよばれた青年は確認のための問い掛けをする。
 
「ああ、君が来たということは奴が…折原臨也が動いたということだろうね。
 簡単に言えば力を貸せってところかな?」
 
「分かってるなら話ははえぇ。一緒に来てもらえるな?」
 
 静雄は鋭い目付きで新羅をにらむ。しかし新羅は怯むことなくその瞳に目を合わせ、口を開いた。
 
「イヤだね。」
 
 新羅がそう答えたとたん、玄関ホールの空気が凍てついた。
 
「僕は、僕等はもう誰かと戦争する気はまったくないんだ。」
 
「俺だってそうだ。そう思ったからB.A.B.E.L.をつくった。」
 
「でも臨也は普通人(ノーマル)や…邪魔をする君たちと戦争するつもりだろ?
 君に協力すれば、必ず臨也は僕やセルティも敵とみなすだろう。
 僕達は巻き込まれるのはごめんだ。」
 
 そういうと新羅は静雄を招くような身振りをし、まあお茶でも飲んでと玄関から微動だにしない静雄に話し掛ける。
 しかし静雄はさらに表情を厳しくした。
 
「協力しねぇなら、超法規的手段をとってもいいんだ。」
 
 超法規的手段、その言葉に新羅が反応したのか、今まで温和だった新羅の顔から表情が消えた。
 静雄はハァと息をつきさらに言葉を重ねる。
 
「俺の誘いを断っても、どのみち臨也はお前を巻き込むさ。」