天界のとある部屋にて。
ラッセルとタカツキの間に微妙な空気が流れたとき、カチャリと扉が開く。
「……戯れているところ悪いが、タカツキ、お前に客人だ」
喜怒哀楽の無い表情で姿を現したのはスィーヅだった。
その横には薄いピンク色のナースキャップと同色のミニスカのナース服を身につけ、白いタイツを履いた小柄な少女の姿をした天使がいた。
左側に寄せてサイドテールにした色素の薄い金の髪が揺れる。
その水色の丸い瞳は不安そうに辺りを見回していたが、タカツキの姿を捉えてはっと見開かれる。
「もうっ、ドクター! このような場所におられたのですか!」
ぷんぷんとむくれて怒る姿が実に可愛らしい。
ラッセルはきょとんとしてタカツキを見る。
「やれやれ……しーずんのお節介」
彼は眼鏡のフレームをくいっと持ち上げ、嘆息する。
一方でスィーヅは涼しい顔で受け流した。
「スィーヅ様のどこがお節介ですか! いつもどこかにいなくなると思っていたらこんな一般天使じゃ来れないような場所に逃げ込んで油を売るばかりかラッセル様の邪魔までしてっ!」
そのままぷんぷんと怒りながら叫んだ後、はっと我に返り、スィーヅに向かってペコペコと頭を下げた。
「スィーヅ様、お忙しいところを案内してくださってありがとうございました」
「……戻るついでだったからな。気にせずとも良い」
静かに呟き、スィーヅは部屋に入る。
一方で少女は部屋に入らずにその背を見送り、僅かに嬉しそうに口元を緩め頬を染めたあと、はっとしたように熱を持った頬を押さえてふるふる首を振り、タカツキを見る。
その姿はスィーヅには見えなかったが、ラッセルは口をぽかんと開けて目を丸くし、タカツキは口元をへの字にした。
「……どうした、二人して?」
その視線を受け、スィーヅは訝しげに目を細める。
「納得いかん」
「しーずんの誑し」
「……なんの話だ?」
呆れたように目を細めるラッセルと拗ねたようなタカツキの反応にスィーヅは小首を傾げる。
そのままタカツキはスタスタと入り口に向かった。
「あーあ、見つかっちゃったね、ポニテちゃん」
「ぽ、ポニテじゃありません! あと、その呼び方はやめてください! わたしにはっ」
再びぷんぷんと怒り出した彼女の講義の声にタカツキはくすくすと笑う。
「はいはい、ポニテちゃん」
「もうっ! ドクターの意地悪っ!」
そのやりとりを見ていたラッセルは意外そうな顔をしていた。
「じゃあ、またね、しーずん、るんるん」
長めの白衣の袖に隠れた手を振りながらタカツキは少女と一緒に歩いて帰って行った。
そのまま、パタンと扉が閉まる。
「そういえばあいつ……上層部管轄外組織《知恵(コクマー)》の管理者だったな。すっかり忘れていたが」
複雑そうな表情でラッセルは呟く。
「無理もない。余程重要な事象がないかぎりあいつは常に本来の持ち場を離れているしな。まぁ……あいつが好き勝手できているのは主に部下がしっかりしているからなわけだが」
呆れたような眼差しでスィーヅは扉を見ていた。
「正直、意外すぎる……」
苦虫を噛み潰したような渋い表情でラッセルはうーんと唸りつつ顎に手を当てる。
「タカツキは何気に部下の育て方が上手いようだな……無茶ぶり・丸投げと引き換えかもしれないが」
「はっくしょん!」
廊下を歩きつつタカツキは大きなくしゃみが出た。
「ヤダ、風邪ですか、ドクター?」
少女は立ち止まり、タカツキを見上げる。
「違うと思うよ」
「あっ、噂されてたんじゃないですか?」
「そうかもね」
そのまま、ふと思い出したようにタカツキはにやにやとした笑みを浮かべる。
「あっ、そういえばさ、ポニテちゃん、しーずんのこと好きなの?」
その瞬間、少女の顔がポンッとりんごのように真っ赤に染まった。
「なっ、いやっ、その、ええっと、ちっ、違いますよ!?」
あわあわじったらばったらと少女は両腕を振る。
「ぷふっ……わかりやすい」
「ち、違いますってば!! 好きなんてお、畏れ多いこと言わないでください!
スィーヅ様は凛々しいお顔立ちをしておられて常に冷静沈着で、でもわたしのような未熟な天使にも優しくて穏やかで、わたしの中ではドクターよりも憧れている唯一の天使様です! 今日だって心臓ばくばくで大変だったんですから!」
腕をぶんぶん振りながら、彼女はマシンガン並みの早口で
そう言った。
「うわぁ……すっごいべた褒めだね」
「当然です!」
そのままぜぇぜぇと荒い息を吐き、彼女はタカツキをじっと見上げる。
「ドクターもスィーヅ様の真面目さと勤勉さを見習ってください」
「えー嫌だよ。僕にそんな堅っ苦しいものは要らないよ。しーずんだからいいんだよ」
「ああもう! スィーヅ様です! というか、そんな風にあの方を呼ぶのはドクターくらいですよ!」
「だって、しーずんは僕の友達だしぃ」
「ああ、スィーヅ様……なんて寛大な……」
祈るように指を絡め、彼女は感極まったようにうるっと瞳を潤ませた。
「何気に失礼だよ、ポニテちゃん……」
はぁっとわざとらしく嘆息したあと、タカツキはやれやれと首を振り、彼女を見下ろす。
「ドクターはそれくらい癖が強い方ってことです」
「まぁ、よく言われるよ」
へらっと笑い、タカツキは再び歩き出す。
少女はニコニコと明るく笑いながらその後ろについていく。
「ドクター、いつか眼鏡取った顔、見せてくださいよ」
「ポニテちゃんが一人前になったらねー」
「えーっ! ドクターの意地悪! 先輩達が言ってましたよ! ドクターは眼鏡がないほうが格好いいって!」
「そんなお世辞に乗るほど単純じゃないよー僕は」
「えーっ、気になるじゃないですかぁ」
「はいはい」
軽くあしらい、タカツキはくすくすとおかしげに笑った。