帰ってきた威織の様子は、酷く疲れているようだった。咲の顔色の悪さからもそれは簡単に判った。後味の悪い仕事だったのだろう、3人揃っているというのに、居間には居心地の悪い空気が漂っている。
「おかえり」
「うん」
威織は淡々としていた。表情も挙動も落ち着いている。こいつにとってこの状態は限界に近い合図でもある。
「咲、体調は?」
「問題ない」
元々端的にしか返さない奴だが、今日の声は少し掠れている。
何か、はあったのだと思う。けれど、俺はそれを聞く事はない。彼等が自ら話そうとするまでは、俺が質問を投げ掛ける事はない。
仕事のことを全く知らない訳じゃないし、関わりが無いと言えば嘘になる。だが、彼等と俺には絶対的な境界線があって、この先に進むことをどちらも望んでいない。
ドラセナも、組織も、俺を上手く使っている。境界線の上から動けなくすることで、彼等をも縛り付けている。
(いや、俺の問題か)
知っていて、気付いていて、動かないのは自分の責任だ。どちらに動くことも怖いから、成り行きに任せている。
ドラセナは俺を名前で呼ばない。咲もそうだが、俺は役持ちのようなものだ。あの男にとって、そういう役割の人という程度の認識であって、名前のある個人じゃない。
(どういう基準なんだかな)
お気に入りかそうでないか、くらいの話なんだろうが、それにしたって一生懸命生きている人間に対して失礼だとは思わないのだろうか。
(咲には、もっと扱いが悪い)
今回の依頼も、どこから奪ってきたのか、ドラセナが持ってきたものだ。そう易々と情報を奪われる組織もどうかと思うが、最早あちらも黙認の域に達しているのかも知れない。
「何か飲むか?」
「炭酸」
「お前は?」
「カフェオレ」
注文を聞いて、俺は台所へと移動した。
いつもの内容だ。用意するのに時間は掛からない。
(このままで)
手を止めることなく、思考を纏めようとする。それでも頭の中は、曖昧なままだった。
(いいのだろうか)
答えが出ない。自分で出せない。改めて自分の頼り無さに呆れたが、それを責めることすら厚かましいように思えた。
(結局俺は、何もできていない)